36 / 96
10.もう一人の隊員
006
しおりを挟む
「この斧馬盆地の下、松山側に御洲市があるでしょう? ここはおそらく出雲系の移民が拓いた土地だと思うの」
「なんで?」
「出雲系の神である少名毘古那を祀ってる古い神社があるわ。そして、市の西側を流れている大きい川は〝日地川〟でしょ? これって多分島根の斐伊川からきてるんじゃないかしら」
薬子は乙女の席の対面に座った。
「出雲の人々は斐伊川によほど思い入れがあるんでしょうね。武蔵野に移住した出雲の人々が、須佐之男を祀った氷川神社の名も出雲の斐伊川が起源よ。……そういえば記紀の出雲神話に登場する八岐大蛇は斐伊川の神格化だという説があるわね」
「あー。東京に氷川神社っていっぱいあるよなー」
薬子は、乙女の相槌に対し穏やかに微笑んだ。
「ええ。面白いわよね。出雲の神が遠く武蔵野の地であんなに広く信仰されていたなんて。それでね、その御洲の日地川にはここで少名毘古那が渡河の途中で溺れ死んだ、という伝承が伝わってるの」
「へぇー、神様なのに死んじゃったんだ」
「そういう話が残ってる、ってだけよ。これって私は多分〝出雲系の人々の進攻がここで土着の斧馬勢力に阻まれた〟ってことだと思う」
薬子は目の前の地図にある一点、日地川の大きく蛇行しているところを指差した。
「ほら、見て。日地川を越えたらすぐに兎坂峠に入るわ。御洲側から斧馬盆地に入ろうとするなら、このルートしかない。兎坂峠は戦国時代にも中国地方から来た毛利氏の小早川と、土佐一条氏が激突して激しい戦を繰り広げた場所よ。戦略上の要地だったんでしょうね」
「ほえー、そりゃ面白いね。……いや、今までも面白かったけど」
乙女は慌てて付け足したが、薬子は気に下様子もない。
「でも結局、大和政権の力がここまで及ぶようになると、一緒に吸収されてしまうんだけど。戦国時代でも豊臣政権が平定に乗り出したら四国全体があっという間に飲み込まれてしまうし。……今度はそうならないように気をつけないとね」
「今度?」
「ええ。いわば大和政権も豊臣政権も都市の勢力なの。今この地は地域おこしをしてるんでしょう?」
薬子はどこか他人事のように言った。
「地域おこしなんてものはね、都市との戦いなのよ」
乙女は黙って聞きながら、眼をくりくりさせて薬子を見つめている。
「都市の機能は生産地の管理。そのために人や物資、情報を集積する消費地になる。その過程で都市は本能のように膨張し、生産地を呑み込んでいく。生産の場にとって、都市は収奪の機構でしかないわ。……このシステムの中で斧馬が何かを得ようと思うなら、戦って勝ち取らなきゃね」
「いやー、戦っちゃダメでしょ」
笑顔で自説を真っ向から否定する乙女を、今度は薬子が見つめ返す。
「出てった人間戻すにしても、観光客呼ぶにしても……まぁ、移住希望者増やすにしてもさ、なんか面白いことやってんなー、って思わせねーとダメだよ」
薬子は無言を貫きつつ、視線で先を促した。
「なんで?」
「出雲系の神である少名毘古那を祀ってる古い神社があるわ。そして、市の西側を流れている大きい川は〝日地川〟でしょ? これって多分島根の斐伊川からきてるんじゃないかしら」
薬子は乙女の席の対面に座った。
「出雲の人々は斐伊川によほど思い入れがあるんでしょうね。武蔵野に移住した出雲の人々が、須佐之男を祀った氷川神社の名も出雲の斐伊川が起源よ。……そういえば記紀の出雲神話に登場する八岐大蛇は斐伊川の神格化だという説があるわね」
「あー。東京に氷川神社っていっぱいあるよなー」
薬子は、乙女の相槌に対し穏やかに微笑んだ。
「ええ。面白いわよね。出雲の神が遠く武蔵野の地であんなに広く信仰されていたなんて。それでね、その御洲の日地川にはここで少名毘古那が渡河の途中で溺れ死んだ、という伝承が伝わってるの」
「へぇー、神様なのに死んじゃったんだ」
「そういう話が残ってる、ってだけよ。これって私は多分〝出雲系の人々の進攻がここで土着の斧馬勢力に阻まれた〟ってことだと思う」
薬子は目の前の地図にある一点、日地川の大きく蛇行しているところを指差した。
「ほら、見て。日地川を越えたらすぐに兎坂峠に入るわ。御洲側から斧馬盆地に入ろうとするなら、このルートしかない。兎坂峠は戦国時代にも中国地方から来た毛利氏の小早川と、土佐一条氏が激突して激しい戦を繰り広げた場所よ。戦略上の要地だったんでしょうね」
「ほえー、そりゃ面白いね。……いや、今までも面白かったけど」
乙女は慌てて付け足したが、薬子は気に下様子もない。
「でも結局、大和政権の力がここまで及ぶようになると、一緒に吸収されてしまうんだけど。戦国時代でも豊臣政権が平定に乗り出したら四国全体があっという間に飲み込まれてしまうし。……今度はそうならないように気をつけないとね」
「今度?」
「ええ。いわば大和政権も豊臣政権も都市の勢力なの。今この地は地域おこしをしてるんでしょう?」
薬子はどこか他人事のように言った。
「地域おこしなんてものはね、都市との戦いなのよ」
乙女は黙って聞きながら、眼をくりくりさせて薬子を見つめている。
「都市の機能は生産地の管理。そのために人や物資、情報を集積する消費地になる。その過程で都市は本能のように膨張し、生産地を呑み込んでいく。生産の場にとって、都市は収奪の機構でしかないわ。……このシステムの中で斧馬が何かを得ようと思うなら、戦って勝ち取らなきゃね」
「いやー、戦っちゃダメでしょ」
笑顔で自説を真っ向から否定する乙女を、今度は薬子が見つめ返す。
「出てった人間戻すにしても、観光客呼ぶにしても……まぁ、移住希望者増やすにしてもさ、なんか面白いことやってんなー、って思わせねーとダメだよ」
薬子は無言を貫きつつ、視線で先を促した。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
校長室のソファの染みを知っていますか?
フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。
しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。
座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る
蘇生魔法を授かった僕は戦闘不能の前衛(♀)を何度も復活させる
フルーツパフェ
大衆娯楽
転移した異世界で唯一、蘇生魔法を授かった僕。
一緒にパーティーを組めば絶対に死ぬ(死んだままになる)ことがない。
そんな口コミがいつの間にか広まって、同じく異世界転移した同業者(多くは女子)から引っ張りだこに!
寛容な僕は彼女達の申し出に快諾するが条件が一つだけ。
――実は僕、他の戦闘スキルは皆無なんです
そういうわけでパーティーメンバーが前衛に立って死ぬ気で僕を守ることになる。
大丈夫、一度死んでも蘇生魔法で復活させてあげるから。
相互利益はあるはずなのに、どこか鬼畜な匂いがするファンタジー、ここに開幕。
令嬢の名門女学校で、パンツを初めて履くことになりました
フルーツパフェ
大衆娯楽
とある事件を受けて、財閥のご令嬢が数多く通う女学校で校則が改訂された。
曰く、全校生徒はパンツを履くこと。
生徒の安全を確保するための善意で制定されたこの校則だが、学校側の意図に反して事態は思わぬ方向に?
史実上の事件を元に描かれた近代歴史小説。
スライム10,000体討伐から始まるハーレム生活
昼寝部
ファンタジー
この世界は12歳になったら神からスキルを授かることができ、俺も12歳になった時にスキルを授かった。
しかし、俺のスキルは【@&¥#%】と正しく表記されず、役に立たないスキルということが判明した。
そんな中、両親を亡くした俺は妹に不自由のない生活を送ってもらうため、冒険者として活動を始める。
しかし、【@&¥#%】というスキルでは強いモンスターを討伐することができず、3年間冒険者をしてもスライムしか倒せなかった。
そんなある日、俺がスライムを10,000体討伐した瞬間、スキル【@&¥#%】がチートスキルへと変化して……。
これは、ある日突然、最強の冒険者となった主人公が、今まで『スライムしか倒せないゴミ』とバカにしてきた奴らに“ざまぁ”し、美少女たちと幸せな日々を過ごす物語。
小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話
矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」
「あら、いいのかしら」
夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……?
微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。
※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。
※小説家になろうでも同内容で投稿しています。
※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。
寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい
白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。
私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。
「あの人、私が
【全話挿絵】発情✕転生 〜何あれ……誘ってるのかしら?〜
墨笑
ファンタジー
『エロ×ギャグ×バトル+雑学』をテーマにした異世界ファンタジー小説です。
主人公はごく普通(?)の『むっつりすけべ』な女の子。
異世界転生に伴って召喚士としての才能を強化されたまでは良かったのですが、なぜか発情体質まで付与されていて……?
召喚士として様々な依頼をこなしながら、無駄にドキドキムラムラハァハァしてしまう日々を描きます。
明るく、楽しく読んでいただけることを目指して書きました。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる