Ωの愛なんて幻だ

相音仔

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本編

※戸惑う心

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 リュミエールは返事をしなかった。
 俺の口づけに応えるように、彼は俺の頭の後ろに手をまわしてきた。そして、より深く口を合わせてくる。
 主導権はあっという間に彼に取られてしまった。最初は、探るように丁寧に、俺の良いところが分かってきたら、少し強引に。
 あぁ、この人は上手だって分かって、どこか安心した。
 なんだ、運命だ、たった一人だって言ったって、他にも相手をしたことくらいあるんだろう。
 そっとあいた片手で頬を撫でられた。彼の指先も少し震えていた。
(いつぶりですか? 少し緊張してる?)
 俺の言葉に彼は、照れくさそうに笑う。
(君は笑うかもしれないが、この年まで夢見がちでね。これはと思う相手にだけしたかった。だからキスも君が初めてだよ。実は初めて薬を使うとき、かなり緊張していたんだ)
(うそでしょ?)
 じゃあ、何でこんなに気持ちいいんだよ。
 嫌悪感なんて少しもなかった。こんな優しい口づけは初めてだった。
(いつか、全てを捧げたい人に出会った時、下手だと思われたくはないだろう。恥を忍んで、兄や親しい友人に色々聞いたよ。実際するのは、全く違うな。つい、好きなように君を暴きたくなる)
 今度はもう一度彼から、口づけをしてくれた。

 あぁ、そうか。リュミエールは、全く自分本位じゃないんだ。
 いつも、君はどうしたい? って聞いてくれたのと、同じように俺のペースに合わせてくれている。
 彼からいつも香っていた、華やかな香りが強くなる。
 仕事の相手が付けていたキツイ香水の香りは嫌いだったのに、なんでこの香りは好きなんだろう。
 全身に熱がまわる。
 このままだと立っていられなくなりそうだった。

(ベッドにいこう? それともここで続きする?)
 ちょっとだけ挑戦的に笑ったら、彼はさっと俺を抱き上げた。
 俺の部屋かな?と思ったら、連れて行かれたのは、彼の部屋だった。まだ夕方で、少しカーテンから日の光が入ってきていた。
 そういえば、初めて入る。
 入ったらいけないとか言われていなかったけれど、入る必要性もなかった。話すのはいつもリビングだったから。
 思えば、彼も俺の部屋に勝手に入ったりはしなかった。
 ご飯が出来たと、起こしてくれる時も、外から呼びかけてくれたっけ。
 
 彼は、そっと俺をベッドへと降ろした。より一層、香りが強くなった。
(エクレ、本当に……)
 何か言いかけた彼を遮って、俺はキスをしながら、するすると彼が着ていたシャツを脱がした。
 いつもだったら指先は冷え切っているのに、今はこんなにも熱い。
 俺は自分で脱いだ方が良いだろうか?
 考えたのは一瞬で、スルリと彼の手が、俺の素肌に触れた。
 触れられた所から、カッと熱くなるみたいだった。
 息継ぎの間はちゃんとあるのに、なんだか頭がクラクラしてきた。

 気が付いたら、上は全部脱がされていたし、下もほとんど引っかかってるだけみたいだった。
「あっ……」
 兆しかけてた前をそっと触られて思わず声がこぼれた。
 自分の声ながら、か細くて弱弱しい、色気の欠片もない声だった。
 彼の大きな手に全体を抜かれて、あっけなく出してしまう。
 たしかに、こっちに来てからご無沙汰だったけど、こんなに堪え性なかったっけ。

 失敗したと思った。これじゃ、俺がされてばっかりだ。
 呆れてないかな?と彼の顔をうかがった。
 リュミエールは熱っぽい瞳で俺を見ていた。なんだ、ちゃんと興奮してくれている。
 少しだけ足で探ると、彼の中心もちゃんと反応してくれていた。
 下着の中にそっと手を滑り込ませる。
 触れようとすると、ビクッと一瞬震えた。
 俺の手ではあまるくらいだった。軽く包んで擦るだけで、驚くほど反応がかえってきた。先端の方を集中的にせめて、親指で少し強く押してみた。
 彼は、グッと唸るとすこし腰を震わせて、達してしまった。
 なんだ、堪えが効かないのはお互い様か。
(……ふふっ)
(笑わないでくれよ)
(ごめん、なんか……ふふっ)
 なんだろう。学生のカップルみたいな初々しさじゃないか?
 あんなに立派でカッコイイ人が、緊張しながら触れてくれているのが分かる。

 爛れた関係を重ねて、俗物的な消費しかされてこなかった俺には、新鮮で勿体ないくらいだった。

(一緒にいいかい?)
(お好きにどうぞ)
 こんなに時間をかけて、愛撫されたことなんてなかったなぁと思う。
 彼の動作、一つ一つに労わりと優しさがあった。
 大きな手が、俺の手の上から重なって、二人分を一緒に包んだ。
(んっ……はっ、いい、きもち……)
 そうだ。気持ちいい。意識しなくても、勝手に声がでた。 
 どんどん、高まってきて、わけが分からなくなる。
 止められない、全部気持ち良い。
 俺は2回目もあっさり達してしまった。俺ばっかりされてる気がする。

 (はっん……。あ、咥えようか? そこそこ上手いと思うけど?)
 (魅力的な申し出だけど、今日は私にさせて)
 (えっ?ちょっ、待っ)
 信じられないことに、彼はあっさり俺のモノを口に含んだ。
 αがΩにそんな事する!? 余裕ぶってたくせに、俺はいっきにパニックになっていた。
 (あぁぁっ、待って、って!ほんと、だめっ!!)
 出していいの?この人の口に出すの?
 それは、たまらない背徳感だった。
 (……ッッ!!ムリッ、ごめっ)
 あっさり陥落してしまった。フェラされたのは初めてだった。こんなに気持ちいいのか。
(俺がするんだったのに……)
(私に好きにして良いって言ったじゃないか)
(そうなんだけど……)
 なんだか、調子が狂う。

 リュミエールはそれからも、好きに触ると言って、俺ばっかりいかされた。
 熱に浮かされて、ふわふわとした気分だった。
 途中から、自分が何を言ってるのか分からなくなった。
 勝手に後ろが濡れてきて、びしゃびしゃだった気がする。仕事の時は、ローション使わないと全然滑らなかったのにな。
 触って、入れて、って口走った気がする。でも彼が指を入れたのかすら分からない。
 何度目か、射精のあとに俺の意識はプツンと途切れてしまったから。
 
 

 気が付いたときには、もうとっぷりと日が暮れて夜だった。
 嘘だろ、俺途中で寝た? 
 違う、久々に気をやりすぎて、力尽きたんだ。
 さっと青ざめて、辺りの様子をうかがう。
 寝ていたのは、自分の部屋のベッドだった。
 リュミエールの部屋のシーツは、ぐちゃぐちゃだっただろうから、こっちに移されたのだろうか。
 慌てて起きだして、部屋を出る。立った時の感覚で分かる。彼は意識のない俺に、続きをしようとは思わなかったらしい。
 本番無しなんて、仕事だったらクレームものだ。
 


 リビングにいくと、彼はすぐに俺に気づいた。
「朝まで起きないかと思った。少し遅いが、スープくらい食べれるかい?」
 いつも通りの彼だった。全く怒っていない。

 おずおずと、彼の手を取って、背伸びをして、軽く口を合わせるだけのキスをする。
(ごめん。俺、ちゃんと最後まで出来なかった。俺が誘ったのに)
(謝らないで、私も君も、フェロモンに酔ったんだ。君は特に耐性が薄いみたいだから、キャパオーバーだったんだろう)
 くらくらして、訳が分からなくなっていたのは、彼のフェロモンに俺が反応していたかららしい。

(少し、大事な話をしようか)
 彼は真剣な表情をしていた。少しだけ身構える。やっぱりこんなΩとはいられないのだろうか。
(私がはっきり告げていなかったから、君を不安にさせたのではないかと思ってね)
(俺が、不安に思ってる?)」
(違ったかい? 私には焦っているようにも見えた。君は、本心から私に抱かれたかったわけじゃないだろう)
 浅はかな俺の考えなんてお見通しというわけだろうか。

(一つだけはっきりさせておこう。エクレ、私は君が好きだ。生涯をかけて愛していきたいと思ってる)
 膝をついて、俺の手をとり、彼はまっすぐこちらを見据えてそう言った。

(俺たち、まだ会ったばかりだよ。それに、俺は何も出来ないし、取り柄もない。Ωなだけだ)
 そう、Ωなだけだ。それとも、Ωだったら誰も良かったんじゃないだろうか。
(君の価値観だと受け入れがたいかもしれないが、直感的に君しかいないと思ったんだよ。他のΩじゃ駄目なんだ。あの日、君に会った日、私は確信したんだ。君が私の唯一の相手だって)
 焦がれるような声だった。
 勝手に顔が熱くなる。こんな風に真剣に愛を囁かれたのは初めての経験だった。
(君には時間をかけて、それを伝えていきたいと思っていた。そのせいで、不安にさせたんじゃないかと。身体を許してくれなくても、私の気持ちに応えてくれなくても、君をいきなり放り出したりはしない。ただ、君が許してくれるなら、私はずっと君の傍にいる)
 彼は俺がいきなり誘った理由に気づいているみたいだった。 
 身体だけでも繋がったら、すこしでも長くここに置いてくれるかなって、確かにそんな打算はあった。
 でも、そんな事はしなくて良いという。
(俺、貴方が好きなどうか、分からない。ごめんなさい。そういう気持ちを持てない環境で生きて来たから)
 ここで、嘘でもいいから俺も好きだって、すぐに返事ができれば簡単だったのに。
 でも、気が付いたら、そう呟いていた。

 特定の誰かを好きになったら、仕事で抱かれるのは辛くなる。
 それに、一時の相手に囁かれる、軽々しい愛の言葉なんて、いちいち相手にしていられなかった。
 リュミエールの言葉を、そんな奴らの言葉と一緒にしてはいけないものだって事はくらいは、分かっている。
 今まで、一度だって、そんな真剣な気持ちを受け取った事がない俺は、それに応える気持ちの余裕がなかった。

(君が戸惑っているのは分かっている。でも、良かったよ。やっと君の本心が聞けた気がする。本当は、中途半端な状態で君に触れるつもりはなかったんだ。でも、好きな人にあんな風に触れられたら、止められなかった)
 充分、理性的にみえた彼は、必死に色々抑えていたらしかった。
(拒否されてたら、それはそれでショックだった気がするから、俺は別にいいよ)
 精一杯誘ったのに、それを拒まれたら、身体にすら価値が無いって思われたと勘違いしたかもしれない。
(本当に嫌じゃなかった? 最初は君の身体がこわばってたように思えてね)
(最初は、でしょ? 途中から俺、前後不覚になるくらい、ぐずぐずだったはずだけど。俺たち身体の相性、悪くないのかもね)
 そうおどけて笑ったら、リュミエールは、はぁぁとため息をついた。
(本当に、そういう事を迂闊に言わない。すぐまた触れたくなるから)
 くしゃくしゃっと、すこし荒っぽく頭を撫でられた。
(ねぇ、スープ、飲みたいな)
 お腹が空いてきた気がして、改めて俺からそう頼んだ。
(すぐ用意するよ)

 少しでも身体を重ねたら何か変わるのかと思ったけど、彼はいつも通りだった。
 変わらず、ただ俺を大事にしてくれようとしているのが分かった。

 なんだかそれに、泣きたくなるくらい安心したんだ。

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