Ωの愛なんて幻だ

相音仔

文字の大きさ
上 下
2 / 22
本編

迷える子ども

しおりを挟む

「彼の様子はどうだ? 困っている様子は無いか?」
「はい。特に不満を訴えるような様子はみられません。とても物静かな方です。言葉が分からないために、遠慮されているなら可哀相ですが……」
 施設の警護についている部下は、そう彼の事を心配していた。
「本来なら、まだ大人に庇護されているべき年齢のはずだ。心細く感じていなければいいのだが」

 街の外れの街道で、迷子の子どもを保護したという報告が上がってきたのは、三週間前の事だった。

 我が国だけでなく、世界全体で出生率の低下が加速している今、子どもは殊の外大切にされる。
 深夜で、そのうえ盗賊や獣の脅威にさらされる城門の外で子どもが一人でいるとは、事件以外に考えられなかった。

 すぐに我々警備隊に保護されたその子どもには、不可解な点が多かった。

 まず、言葉がまったく通じなかった。
 意思疎通は出来る、こちらが問いかけると、この国の言葉ではない言語で反応があった。
 動揺はしていたが、泣きもせず年の割にとても落ち着いている様子だったのが印象深い。

 そして、調べてみたが身寄りが無かった。ブラウンの髪にブラウンの瞳、我が国でもよく見られる配色だったため、行方不明の届けが出ている子どもがいないかは当たったのだ。だが、該当者はいなかった。
 保護してから現在にいたるまで、あらゆる情報機関に当たっているが、ヒットするものはない。
 国民は大切な国の財産。生まれてすぐに、管理番号が振られ、入出国は厳しく管理されている現状、少なくともこの国の者ではない可能性が高い。

 何より、この事件の最大の問題点。
 擦り傷もあったし、他に傷は無いかと警備隊にいる医師に診せた所、子どもはΩ性だったのだ。
 もっと悪いことに、医師は暴行されたような痕があると、深刻な表情で告げた。
 また栄養状態も悪く、薬物を使用された反応もあると。

 我が国でΩを害することは重罪である。
 ましてやその尊厳が損なわれる事は絶対にあってはならないと、女神の下で定められている。
 これは、ただの警備隊の抱えられる問題ではないと、すぐ上にお伺いを立てた。

 劣悪な環境にいたと思われる身寄りのないΩの子どもがいる。しかも言葉は通じない。
 
 他国から犯罪に巻き込まれて逃げて来た可能性もあった。
 外交問題ならば、私たちの手に負える事ではないし、かなり長期的な観察が必要になる。
 もし仮に、その子はうちの国のΩなので帰して下さいと言われても、はいそうですか、と安直に頷けるわけもない。
 それが本当だったとしても、こんなめに合う事を良しとする国に彼を帰せるわけがない。
 
 対応は迅速だった。すぐに緘口令が敷かれ、子どもは手厚く保護される事となった。
 我が国ではΩ性の子どもはある一定以上の警護の体制を整えられる、それこそ貴族でなければ、基本的に国の管理下にある区域で家族と暮らす事になる。
 子どもはただでさえ、人身売買等犯罪に巻き込まれやすい。そのうえΩともなると、その危険が跳ね上がる。

 その区域の一角の屋敷で、ひとまずの生活をおくれるように整えた。
 Ωを支援保護する政府機関から人手がでて、彼の身の回りの世話をしてくれている。
 そして、現場で接触した私を含めた数人は、通常業務から、彼を警護する業務へと移された。

 国としては、一刻も早く彼に番を見つけて欲しいようだった。
 αとΩの番関係は、何よりも優先される。神話の時代からの不文律だ。
 いきなり保護者だと名乗り出てくる怪しい人物や、自国のΩだと急に主張してくる外国の要求を退けるのが簡単になる。

「はやく番が見つかると良いのですが。毎日、訪れるアルファの方々は、彼の気を引こうと一生懸命です。彼の方は、いつも穏やかに頷くだけですが」
 ほとんど毎日、こちらが促せばアルファとの面談を彼が断ったことはない。
 彼がはいと言いたいのか、いいえと言いたいのかくらいは、言葉が通じなくてももう分かる。
 いつだって彼は、嫌がる素振りもみせずに、ただ頷くのだそうだ。
 まるでそれが仕事だとでも言うように。
「今日でもう20人を超えたんだったか?」
「残念ながら一人も、良い反応をしめした方はいなかったそうですよ。私には分かりませんが、専門家が言うには、もし番と対面したなら部屋のフェロモンを測定する装置に目に見える反応があるそうですから」
 この国にも番を求めるαは多い。
 人生の伴侶、運命の相手。βである私でも憧れる。
 αにとっては特に、番がいない状態は未完成で欠けたような感覚を覚えるらしい。
 それでも、ここ数百年Ωの数は減るばかり。
 いまでは10人に1人、番がいるかどうかといった具合だ。

 もちろんβと結ばれて子供を作るαもいる。いるにはいるのだが、本能が求めるのだろうか、αはΩと番になりたがった。
 βと結ばれるのは一定の適齢期が過ぎて、番を持つということにある程度の諦めをもったαが多い。
 その中でも、温かな家庭を築いている者も多いし、そういう人々によっても国は支えられている。
 ただ、αやΩは、その性を持つ両親からの方が生まれやすい。国としても、その確率をあげるために番関係を結んだ者が多くなることは歓迎すべきことだった。
 近年では長く、国内のαと番関係が望めなかったΩのために、国際的な交流会なども盛んになってきている。
 番は他国にいた。なんて話はもう珍しいものでは無くなった。
 この世界にたった一人、貴方には運命の相手がいる。そう言われて、その一人を捜さない者など極少数だった。

「本当に彼にもはやく見つかると良いのだが」
 また、僅かに関わっただけだが、苦労してきただろう事が伺える子どもだった。
 こちらからの提案に一度も拒否を示さない。いつも淡々と受け入れている。
 その様子は、拒むことを許されなかったようにもみえた。
 まだ子どもだろうから、正式な番関係を結ぶというわけにはいかないだろうが、信頼を寄せられる庇護者が出来るなら、少しは安心できるのではないかと思う。



しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

可愛くない僕は愛されない…はず

おがこは
BL
Ωらしくない見た目がコンプレックスな自己肯定感低めなΩ。痴漢から助けた女子高生をきっかけにその子の兄(α)に絆され愛されていく話。 押しが強いスパダリα ‪✕‬‪‪ 逃げるツンツンデレΩ ハッピーエンドです! 病んでる受けが好みです。 闇描写大好きです(*´`) ※まだアルファポリスに慣れてないため、同じ話を何回か更新するかもしれません。頑張って慣れていきます!感想もお待ちしております! また、当方最近忙しく、投稿頻度が不安定です。気長に待って頂けると嬉しいです(*^^*)

伸ばしたこの手を掴むのは〜愛されない俺は番の道具〜

にゃーつ
BL
大きなお屋敷の蔵の中。 そこが俺の全て。 聞こえてくる子供の声、楽しそうな家族の音。 そんな音を聞きながら、今日も一日中をこのベッドの上で過ごすんだろう。 11年前、進路の決まっていなかった俺はこの柊家本家の長男である柊結弦さんから縁談の話が来た。由緒正しい家からの縁談に驚いたが、俺が18年を過ごした児童養護施設ひまわり園への寄付の話もあったので高校卒業してすぐに柊さんの家へと足を踏み入れた。 だが実際は縁談なんて話は嘘で、不妊の奥さんの代わりに子どもを産むためにΩである俺が連れてこられたのだった。 逃げないように番契約をされ、3人の子供を産んだ俺は番欠乏で1人で起き上がることもできなくなっていた。そんなある日、見たこともない人が蔵を訪ねてきた。 彼は、柊さんの弟だという。俺をここから救い出したいとそう言ってくれたが俺は・・・・・・

番、募集中。

Q.➽
BL
番、募集します。誠実な方希望。 以前、ある事件をきっかけに、番を前提として交際していた幼馴染みに去られた緋夜。 別れて1年、疎遠になっていたその幼馴染みが他の人間と番を結んだとSNSで知った。 緋夜はその夜からとある掲示板で度々募集をかけるようになった。 番の‪α‬を募集する、と。 しかし、その募集でも緋夜への反応は人それぞれ。 リアルでの出会いには期待できないけれど、SNSで遣り取りして人となりを知ってからなら、という微かな期待は裏切られ続ける。 何処かに、こんな俺(傷物)でも良いと言ってくれる‪α‬はいないだろうか。 選んでくれたなら、俺の全てを懸けて愛するのに。 愛に飢えたΩを救いあげるのは、誰か。 ※ 確認不足でR15になってたのでそのままソフト表現で進めますが、R18癖が顔を出したら申し訳ございませんm(_ _)m

宰相閣下の執愛は、平民の俺だけに向いている

飛鷹
BL
旧題:平民のはずの俺が、規格外の獣人に絡め取られて番になるまでの話 アホな貴族の両親から生まれた『俺』。色々あって、俺の身分は平民だけど、まぁそんな人生も悪くない。 無事に成長して、仕事に就くこともできたのに。 ここ最近、夢に魘されている。もう一ヶ月もの間、毎晩毎晩………。 朝起きたときには忘れてしまっている夢に疲弊している平民『レイ』と、彼を手に入れたくてウズウズしている獣人のお話。 連載の形にしていますが、攻め視点もUPするためなので、多分全2〜3話で完結予定です。 ※6/20追記。 少しレイの過去と気持ちを追加したくて、『連載中』に戻しました。 今迄のお話で完結はしています。なので以降はレイの心情深堀の形となりますので、章を分けて表示します。 1話目はちょっと暗めですが………。 宜しかったらお付き合い下さいませ。 多分、10話前後で終わる予定。軽く読めるように、私としては1話ずつを短めにしております。 ストックが切れるまで、毎日更新予定です。

αなのに、αの親友とできてしまった話。

おはぎ
BL
何となく気持ち悪さが続いた大学生の市ヶ谷 春。 嫌な予感を感じながらも、恐る恐る妊娠検査薬の表示を覗き込んだら、できてました。 魔が差して、1度寝ただけ、それだけだったはずの親友のα、葛城 海斗との間にできてしまっていたらしい。 だけれど、春はαだった。 オメガバースです。苦手な人は注意。 α×α 誤字脱字多いかと思われますが、すみません。

捨てられオメガの幸せは

ホロロン
BL
家族に愛されていると思っていたが実はそうではない事実を知ってもなお家族と仲良くしたいがためにずっと好きだった人と喧嘩別れしてしまった。 幸せになれると思ったのに…番になる前に捨てられて行き場をなくした時に会ったのは、あの大好きな彼だった。

毒親育ちで余り物だった俺が、高校で出会った強面彼氏の唯一になった話 (浮気相手にされて〜スピンオフ)

Q.➽
BL
仁藤 余、16歳。 5人兄弟の末っ子で、兄弟唯一のΩに生まれた彼は、両親からのネグレクトに遭っていた。すっかりひねくれた余はグれ、似たような境遇の仲間達と荒れた中学時代を過ごした。 『余り物』と呼ばれ、理不尽な扱いを受けながら育った少年が、誰かのかけがえの無いたった一人になるまで。 序盤は重め。 ★高校での出会い当初 仁藤 余 16歳 170cm 綾城学園2年 西谷 遼一 17歳 181cm 綾城学園3年 ※一部当初の設定と変更部分があります。 ※この作品は『浮気相手にされて別れたら、ノーマークだった男が『俺の子供産みません?』と、プロポーズしてきた。 』のスピンオフ作品です。

【完結】聖人君子で有名な王子に脅されている件

綿貫 ぶろみ
BL
オメガが保護という名目で貴族のオモチャにされる事がいやだった主人公は、オメガである事を隠して生きていた。田舎で悠々自適な生活を送る主人公の元に王子が現れ、いきなり「番になれ」と要求してきて・・・ オメガバース作品となっております。R18にはならないゆるふわ作品です。7時18時更新です。 皆様の反応を見つつ続きを書けたらと思ってます。

処理中です...