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007 困惑

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「大変だったみたいだね、かえでちゃん」

 数日後。
 集会が終わり後片付けをしていると、東野ひがしのが声をかけてきた。

「は、はい……ご迷惑をかけてしまい、すいませんでした」

「いやいや、迷惑だなんて思ってないさ。私はただ、楓ちゃんがショックを受けてないかと思ってね、心配してるんだ」

「ありがとうございます。でも、祥太郎しょうたろうさんが助けてくれましたので」

「本当、偶然とは言えよかったよ」

 話に入って来た祥太郎が、そう言って穏やかに笑う。

「こんなやつでも、役に立ってよかったよ」

「酷い言い方だなあ親父。これでも頑張ったんだよ?」

「はっはっは、分かってるさ。お前にしては上出来だったな」

「……全然褒められてる気がしないんだけど」

「私……ここに来てから、ずっと皆さんに守られてばっかりで……何もお返し出来てないのが心苦しくて」

「そんなこと、気に病む必要はないんだよ。困った時はお互い様なんだ。それに今回の件は、私たちの落ち度でもあるんだから」

「どういうことですか?」

「こういうことが起こらないよう、私たちは地域のパトロールをしてるんだ。そういったことは本来警察がすべきなんだが、中々手が回らないんでね。だから私たち地域の者が、自主的に行っているんだ」

「そうなんですか。この辺りの治安がいいのは、東野さんたちのおかげなんですね」

「しかし今回の一件で、それが不十分だと思い知らされた。もう少しで、大切な家族が酷い目にあってたかもしれないんだ。そう思うと申し訳なくてね」

「そんな……私、ここに来て本当に幸せなんです。毎日安心して暮らせているのも、みなさんのおかげなんだと、今初めて知って……当たり前に感じていたことを思うと、何だか恥ずかしいです」

「それにしても楓ちゃん。最近少し、帰りが遅いようだね」

「帰りですか」

「ああ。あの日だって、11時をまわってたそうじゃないか。楓ちゃんのシフトなら、遅番でも10時には戻れてる筈だろ?」

「お店自体はそうなんですけど、閉店してからもその、色々とやることがありまして」

「サブリーダーになってから、ということかな?」

「はい。皆さんのおかげで、こんなにも早く昇進させてもらいました。おかげでお給料も上がったんですけど、その分仕事も増えちゃって」

「責任を与えられるのはいいことだ。その年で中々出来ない経験だし、頑張って欲しいと私も思ってる。でもね、若い女性が深夜遅くまで仕事をしてると言うのは、少し心配なんだよ」

「……ありがとうございます」

「それに楓ちゃん、最近集会にも参加出来てないだろ? 仕事も勿論大事だけど、家のことも大事にしないとね」

「す、すいません」

「いやいや、責めてる訳じゃないんだ。私はただ、楓ちゃんが仕事を頑張りすぎて、私たちから離れていくような気がしてね。それがちょっと寂しいんだ」

「あなたは本当、楓ちゃんのことがお気に入りですからね」

 東野の妻、律子がそう言って意地悪そうに笑った。

「当然じゃないか。私にとって楓ちゃんは、もう実の娘同然なんだ。彼女の身を案じるのは当然だろ?」

「うふふふっ、分かってますよ」

「とにかく楓ちゃん、親父の言う通りだ。仕事も勿論だけど、楽園のことも忘れないでね」

「勿論だよ。私、本当にここが大好きなんだから」

 楓の言葉に、東野も満足そうにうなずいた。

「そう言ってもらえて嬉しいよ。来週には楽園恒例の秋祭りがあるし、このイベントをきっかけに、楓ちゃんにはもっともっとここを好きになって欲しいと思ってる」

「あの、それで……そのことなんですけど……」

「どうかしたのかい、楓ちゃん」

「実はその……秋祭りの日なんですが、やっぱり休みを取れそうになくて」

「……」

「前日の前夜祭も、棚卸とかがあって遅くなりそうなんです。当日だけでもと思って調整してたんですけど、必要人数を確保出来なくて」

 楓の言葉に、東野夫妻も祥太郎も、後片付けをしていた住人たちも複雑な表情を浮かべた。

「あ、あの……」

 想定外の重い空気に、楓が困惑の表情を浮かべた。

「……楓ちゃん」

「は、はい……」

「仕事は大切だ。さっきも言った通りね。この社会でみんなが笑顔で暮らしていく為に、一人一人が責任を持って貢献していく。でもそれは何の為なのか、しっかり考えてほしい」

 東野のいつもと違う雰囲気に圧倒され、楓が無言でうなずく。

「生活の拠点、それは家なんだ。帰る家があって、待っている家族がいて。だから私たちは頑張れる。それが勤労の本質なんだ。いいかい楓ちゃん、仕事の為に人生があるんじゃない。家での生活を守る為に、人は働くんだ。間違っちゃいけない。
 勿論そうは言え、全てを仕事に捧げなくてはいけない時もある。でも来週行われる秋祭りは、仕事の為に犠牲にしていいようなものじゃないんだ。
 みんなが楽しみにしている。年末年始に向けて、楽園の皆が改めて心をひとつにする為の、大切なイベントなんだ。それを分かってほしい」

「……はい、それは分かってます」

「分かってるならいいさ。私に言えるのはここまでだ。後は楓ちゃん、君にとって何が一番大切なのか、それを考えてくれればいいと思う」

 そう言うと東野は立ち上がり、強張った表情のまま集会場を後にした。
 こういう時、いつもフォローを入れてくれる妻の律子も、無言で後に続いた。

「あ、あの……祥太郎、さん……」

 一瞬にして凍り付いた空気に身震いを覚えながら、楓がそう言って祥太郎を見つめた。
 しかし祥太郎は目を伏せたまま、静かにこう言った。

「楓ちゃん。僕はね、何があっても楓ちゃんの味方でありたい、そう思ってる。でも……今回だけは、親父の言ってることが正しいと思う。だから……考えてほしい」

 その言葉に、楓は突き放されたような気がした。




 楽園に来てもうすぐ半年。
 あんなに温かかったこの場所が今、とても寒い。そう思った。
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