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第4章 泡沫の愉悦

021 届かぬ想い

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 メイの話。筋は通っていた。
 俺の望みは、他人から愛されること。
 相手が誰だろうが、それは問題ではなかった。

 そして俺は今、メイに告白された。
 彼女の目を見て。それが嘘でないと分かる。
 なら。
 俺の望みは今、叶ったんじゃないのか?
 相手がノゾミである必要はあるのか?
 そんな問いが、心の奥深くから湧き上がってきた。

 だが。
 でも。




「難しいことを聞くんだな、メイ」

「だな。私もそう思う」

「でも……悪い。俺はノゾミに愛されることを望んでる」

 そう言った雅司の目に、自分は映っていない、そう思った。

「今から死ぬって時に、ノゾミと出会って。正直、邪魔すんじゃねえよと思った。だが……悪魔です、澄ました顔でそう言ったあいつに……俺は惹かれた。
 誰でもいいから愛されたい、そう思っていたのは事実だ。でもあいつと出会って俺は、この不器用な悪魔に愛されたい、そう思うようになっていった」

「……」

「昨日の夜勤でもそうだった。とにかくあいつは、俺に真正面から向き合おうとしている。メイ、あいつは俺の魂に触れてるのか?」

「いや」

「やっぱりか……そんな都合のいい能力があるのに、あいつは使わない。俺と向き合い、俺の言葉ひとつひとつをクソ真面目に受け止めて、理解しようとしている。悪魔の癖に本当、アナログなやつだ」

「要領よく魂に触れた私は、論外と言う訳だ」

「そういう意味じゃない。目的を達成する為、能力を最大限活用する。間違っちゃいないし、それでいいんだ」

「気を使わなくていいのだぞ」

「そんなんじゃねえよ。さっき言った通りだ、気にしちゃいない」

「お前がそう言うんだ、信じよう」

「メイのことも大切だ。出会ってまだ数日だが、お前のことも理解したいと思ってる。ノゾミとは違った意味で、不器用なお前を」

「死神相手に、大きく出たものだな」

「でも俺は、ノゾミに愛されたい。多分俺は、あいつのことを」

「それ以上はいい」

 そう言って力強く抱き締め、静かに離れる。

「女に恥をかかせるな。皆まで言わずともよい」

「すまん……」

「謝るのもなしだ」

「すまん……」

「なしだと言うに……まあいい。どの道、私の告白を受け入れたとしても、契約成立とはならないしな」

「どういうことだ」

「契約内容と違うからだ。この契約は、ノゾミがお前を愛するというものだ。私がいくらお前に惚れようが、何の意味もない」

「じゃあ、なんでこんな話を」

「どうしてだろうな。お前の悩む顔、見たかったのかもしれん」

「お前なぁ……」

「はははっ、そう怒るな」

 そう言って笑顔を向ける。いつものメイだった。

「契約は絶対だ。三つの例外を除いてな」

「例外……そんな物があるのか」

「ああ。ひとつは、悪魔であるノゾミの消滅」

「消滅って、どういうことだ」

「言葉通りの意味だ。この世界からの消滅、死だ」

「……恐ろしい話をあっさりするよな、お前」

「もうひとつは、契約者たるお前が、私に魂を譲渡すると宣言することだ。そうすれば契約は破棄され、お前の魂は私の物となる」

「なるほどな……って、出来るんじゃないか。俺がメイにそう言えば」

「だがお前は言わない。違うか?」

「……そうだな。違わない」

「そう言うことだ」

 理解したか? そう言わんばかりの顔を向ける。

「もうひとつは」

「もうひとつ?」

「だから、もうひとつの条件だよ。契約を反故にする条件。三つって言っただろ」

「……いや、二つだ。二つと言わなかったか?」

「……」

 三つと言ったぞ、そう言おうとした。だが、陰りを宿したメイの眼差しが、それを飲み込ませた。
 何かある。でもそれは、今聞くことじゃないんだ。
 そう思い、「そうか、聞き間違ったか」と話を終わらせた。



「おまたせ。遅くなってごめんね」

 声に振り返ると、ノゾミが笑顔で立っていた。

「遅いぞノゾミ。もう少しで、こやつを食ってしまうところだったぞ」

「冗談の範疇を超えてるわよ、それ」

 そう言ってメイの耳を引っ張る。

「じゃあ帰りましょうか」

「そうだな。帰りにどこかで飯、食って行こうか」

「いいわね。雅司、何が食べたい?」

「そうだな……ラーメンなんてどうだ」

「ラーメン、いいじゃない。何だか私も、ラーメンの口になってきたわ」

「ははっ、何だよそれ」

 三人が並んで出口に向かう。

「分かっていると思うが今の話、ノゾミには内緒だぞ」

「心配するな、そこまで無神経じゃないさ。それに俺の気持ちも、今は知ってほしくないしな」

「ならお互い、対等だな」

「そうだな」

「ちょっと何よ、二人してひそひそと。私にも教えてよ」

「その通り、ひそひそだ。内緒なのだからな」

「何よそれー。教えてよー」

「却下だ。なあ雅司」

「だな、ははっ」

「のけ者にしないでよー」




 これでいい。これでよかったのだ。
 願った通りになったではないか。
 私は雅司に、幸せになって欲しいのだ。
 ただその相手が、自分ではないと言うだけのことだ。

 沸き上がる感情を押し殺し。
 唇を噛み。心の震えを抑えて。
 メイは笑った。




 笑顔で歩く三人。
 そんな彼らを、背後から見つめる強い視線があった。


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