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057 過去
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「お願いです! 次は頑張りますから許してください!」
暗闇に飲み込まれた奈津子が見たもの。
それは中学二年の自分だった。
自分の部屋で跪き、必死に訴えている自分。
相手は考えるまでもない、父だった。
そうだ。成績が落ちた時、私はいつもこうしていた。
激高する父には、どんな言い訳も通用しない。例え高熱で試験に集中出来なかったとしても、それはお前の甘えだと言われ、余計に「指導」の時間が長くなった。
だから自分には、こうするしかなかった。手をかけられることはなかったが、しかし父の機嫌を損ねれば、全裸で風呂場に連れていかれ、頭から水を何度も浴びせられていた。
そんなことを思いながら、奈津子は跪く自分を見つめた。
「全部私の驕りが招いた結果です。明日、いえ、今から心を入れ替えて頑張ります」
そんな奈津子を見下ろす父、明弘。開けられた扉の向こうには、正座してうつむく母、陽子の姿もあった。
「駄目だ。お前はいつもそうやって、何とか私の指導から逃げようとする。それでも私は、お前はまだ精神的に未熟な子供だ、しっかり指導すれば前向きに勉学に取り組むと思い許してきた。
だが奈津子。二年になってから、お前の成績はどんどん下がっている。塾の時間も増やしたし、家でもお前は、睡眠時間を削って勉学に勤しんでいる。確かにお前の中に、慢心があったのは事実だ。しかしそれを考慮しても、今のお前の成績は下がりすぎだ」
下がったって言っても、学年で10位以内には入っていたんだけどね。
俯瞰しながら、奈津子はそう思った。
「お前の驕りだとか慢心だとか、最早そういう次元の話ではない。そもそもの、お前の能力の問題だと私は悟った」
そう言って、明弘がネクタイを外す。
「私は子供の頃から優秀だった。そして自分に厳しかった。おかげで一流大学に入り、今は一流の商社で働いている。周囲の者も、私が優秀だということを理解している。
そんな私の遺伝子を受け継いだお前が、こんな無様な結果しか出せない訳がない。いつもそう思い、お前に厳しく接してきた。いいか奈津子、全て、お前の可能性を引き出す為なんだ。お前にとっては辛いことかもしれないが、父さんはお前のことを思えばこそ、厳しく接しているんだ」
「勿論です。私はお父さんにいつも感謝しています」
「だが……お前には私だけでなく、母さんの遺伝子も交じっている。私が選んだ妻だ、決して不出来な遺伝子ではない筈だ。だが……それでも私に比べれば、劣っていることを認めざるをえない」
そう言って陽子に視線を送ると、陽子はうつむいたまま静かにうなずいた。
「だから私は決めた。お前の遺伝子に上書きすると。私の優秀な遺伝子をお前に注ぎ込むことで、お前の能力は更に高みへと向かう筈だ」
そう言うとワイシャツを脱ぎ捨て、陽子の元へと放り投げた。
陽子はワイシャツを手にすると、その場で丁寧にたたむ。
「さあ奈津子。私を受け入れるんだ。お前が次のステージに進む為に」
奈津子の腕をつかみ、力任せに引き上げる。
「嫌! お願いやめて!」
「聞き分けなさい奈津子! 殻を破るんだ!」
「嫌、嫌! 助けて、助けてお母さん!」
奈津子が必死に抗う。しかし父の力に逆らうことが出来ず、そのままベッドに引きずられていく。
「お母さん、お母さん!」
泣きながら母に懇願する。しかし陽子はうつむいたまま微動だにせず、小声で「……お前の為なんです。お父さんの言う通りになさい」そうつぶやいた。
その言葉に、奈津子は愕然とした。
体中の力が抜ける。
その奈津子の上に父が覆いかぶさってきた。
これから何が行われるのか。それを考えると恐怖で壊れそうになった。
奈津子は何度も「お願いです、お願いします! 許して、許してください!」そう叫んだ。
しかし。
やがて。
その願いは打ち砕かれた。
「嫌あああああああっ!」
暗闇に飲み込まれた奈津子が見たもの。
それは中学二年の自分だった。
自分の部屋で跪き、必死に訴えている自分。
相手は考えるまでもない、父だった。
そうだ。成績が落ちた時、私はいつもこうしていた。
激高する父には、どんな言い訳も通用しない。例え高熱で試験に集中出来なかったとしても、それはお前の甘えだと言われ、余計に「指導」の時間が長くなった。
だから自分には、こうするしかなかった。手をかけられることはなかったが、しかし父の機嫌を損ねれば、全裸で風呂場に連れていかれ、頭から水を何度も浴びせられていた。
そんなことを思いながら、奈津子は跪く自分を見つめた。
「全部私の驕りが招いた結果です。明日、いえ、今から心を入れ替えて頑張ります」
そんな奈津子を見下ろす父、明弘。開けられた扉の向こうには、正座してうつむく母、陽子の姿もあった。
「駄目だ。お前はいつもそうやって、何とか私の指導から逃げようとする。それでも私は、お前はまだ精神的に未熟な子供だ、しっかり指導すれば前向きに勉学に取り組むと思い許してきた。
だが奈津子。二年になってから、お前の成績はどんどん下がっている。塾の時間も増やしたし、家でもお前は、睡眠時間を削って勉学に勤しんでいる。確かにお前の中に、慢心があったのは事実だ。しかしそれを考慮しても、今のお前の成績は下がりすぎだ」
下がったって言っても、学年で10位以内には入っていたんだけどね。
俯瞰しながら、奈津子はそう思った。
「お前の驕りだとか慢心だとか、最早そういう次元の話ではない。そもそもの、お前の能力の問題だと私は悟った」
そう言って、明弘がネクタイを外す。
「私は子供の頃から優秀だった。そして自分に厳しかった。おかげで一流大学に入り、今は一流の商社で働いている。周囲の者も、私が優秀だということを理解している。
そんな私の遺伝子を受け継いだお前が、こんな無様な結果しか出せない訳がない。いつもそう思い、お前に厳しく接してきた。いいか奈津子、全て、お前の可能性を引き出す為なんだ。お前にとっては辛いことかもしれないが、父さんはお前のことを思えばこそ、厳しく接しているんだ」
「勿論です。私はお父さんにいつも感謝しています」
「だが……お前には私だけでなく、母さんの遺伝子も交じっている。私が選んだ妻だ、決して不出来な遺伝子ではない筈だ。だが……それでも私に比べれば、劣っていることを認めざるをえない」
そう言って陽子に視線を送ると、陽子はうつむいたまま静かにうなずいた。
「だから私は決めた。お前の遺伝子に上書きすると。私の優秀な遺伝子をお前に注ぎ込むことで、お前の能力は更に高みへと向かう筈だ」
そう言うとワイシャツを脱ぎ捨て、陽子の元へと放り投げた。
陽子はワイシャツを手にすると、その場で丁寧にたたむ。
「さあ奈津子。私を受け入れるんだ。お前が次のステージに進む為に」
奈津子の腕をつかみ、力任せに引き上げる。
「嫌! お願いやめて!」
「聞き分けなさい奈津子! 殻を破るんだ!」
「嫌、嫌! 助けて、助けてお母さん!」
奈津子が必死に抗う。しかし父の力に逆らうことが出来ず、そのままベッドに引きずられていく。
「お母さん、お母さん!」
泣きながら母に懇願する。しかし陽子はうつむいたまま微動だにせず、小声で「……お前の為なんです。お父さんの言う通りになさい」そうつぶやいた。
その言葉に、奈津子は愕然とした。
体中の力が抜ける。
その奈津子の上に父が覆いかぶさってきた。
これから何が行われるのか。それを考えると恐怖で壊れそうになった。
奈津子は何度も「お願いです、お願いします! 許して、許してください!」そう叫んだ。
しかし。
やがて。
その願いは打ち砕かれた。
「嫌あああああああっ!」
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