上 下
51 / 69

051 優しさと強さ

しおりを挟む
「ぬばたまの一族は、人間の強さを理解した。だから彼らは、自分たちの情報が残らないようにした」

「ぬばたま自身が、自分たちの情報を消したってこと?」

「可能性の一つだけどね。その手段は分からない。力ずくだったのか、それとも人間に紛れ込んで成し遂げたのか」

「……」

 春斗が言った、「人間に紛れ込んで」と言う言葉が、奈津子の胸に刻み込まれた。
 奈津子自身も考えていたことだった。しかしそれはある意味、一番想像したくないことでもあった。もしその仮説が正しいとしたら、自分の周りに彼らがいることになる。しかも自分は、そのことに気付いていない。そう思うだけで震えが止まらなかった。

「なっちゃんはぬばたまという存在に、解決の糸口があると思っている。なっちゃんの話を聞いて、僕もそんな気がする」

「でも、そう考えたら怖いね」

「そうだね、正直僕も怖い。それになっちゃんが言ってる視線も、僕は気になってるんだ」

「視線……そうだね、確かに怖い……」

「なっちゃんはその視線が、あの事故の日から始まったって言った。あの時僕も感じてる、そう言ったよね」

「うん」

「厳密に言えばなっちゃん、どのタイミングだったか分かる?」

「よく……覚えてないかも」

「だよね。僕もそうなんだ。あの時、キャンプ場で人が死んで」

「え? キャンプ場でって、何それ」

「なっちゃん、覚えてないの?」

「う、うん……ごめんなさい。あの時のこと、楽しかったこと以外、よく覚えてなくて」

「謝ることはないよ。僕もね、たまたま耳にしただけなんだから」

「そんな事故、あったんだね」

「キャンプ場で遊んでた時だよ。人だかりが出来ていたの、覚えてないかな」

「人だかり……言われてみれば、テントの周りに人が集まっていたような」

「僕らと同じ、家族旅行に来てた人みたいだよ。でもあの時、一緒に来ていた老夫婦が、急に具合が悪くなったらしくて」

「そうなんだ……」

 確かにあの時、周囲がざわついていたことは覚えている。テントの中から、必死に名前を叫んでいる声も聞こえていた。
 しかしあの時の自分は、春斗と遊ぶことで頭がいっぱいだった。正直言って、面倒ごとに関わりたくないと思い、早くそこから立ち去りたいと思っていた。

「あの時に中の人、亡くなったんだ」

「うん。父さんから聞いたんだけどね」

 奈津子は恥ずかしい思いになっていた。どれだけ楽しかったとは言え、周りを全く見れてなかったこと。そして人が亡くなる瞬間に立ち会っていたのに、そこから目を背け、早く立ち去ろうとしていたこと。折角の旅行に水を差さないでほしいと思っていたこと。そのどれもが、人の道から外れた、自分勝手な振る舞いだったと悔やんだ。




「まあ、それはともかくとして」

 重くなってきた空気を変えようと、春斗がわざと明るい声で話題を変えた。

「なっちゃんの話、僕も考えてみるよ。だからなっちゃん、あまり思い詰めないでほしい。
 それよりなっちゃん。こっちに来て笑顔が増えたんじゃないかな」

「え? そ、そうかな」

「うん。なっちゃんの顔を見た時にね、すぐ思ったんだ。何て言ったらいいのかな、なっちゃん、感情をあまり表に出さなかったのに、僕の前であんな表情を見せて」

「ちょ、ちょっと春斗くん、恥ずかしいからやめてよ。さっきのことは忘れてって」

「あははっ、そういう所だよ。僕はなっちゃんに、そうなってほしいって思ってたんだ。
 何て言ったらいいのかな。今までのなっちゃんは、おじさんの顔色を伺って、どう振る舞うのがベストかを考えて行動してた。今だから言うけど、僕はそんななっちゃんのこと、ずっと心配してた」

「春斗くん」

「でも今のなっちゃんは、別人のように生き生きとしてる。怒ったり恥ずかしがったり、笑ったり悲しむことにもブレーキがかかっていない。今のなっちゃん、本当に魅力的だと思う」

「み、魅力的って……春斗くん、どこでそんなお世辞覚えたのよ」

 そう言って、クッションを手に取り顔を埋める。

「あははっ、ごめんって」

「もう……馬鹿」

「友達も出来たみたいだし、本当によかったね」

「うん……」

「僕たちは親を亡くした。そのことだけを考えたら、これ以上にないくらい不幸だと思う」

「……そうだね」

「でも、僕たちの人生は続いていく。これからの方がきっと長い筈だ。辛いから忘れる、それはちょっと違う気もするし、それに父さんたちに悪いとも思う。でもね、僕たちがいつまでも、そうやってふさぎこんでいたら、おじさんやおばさんも悲しむと思う。そんなこと、望んでないと思う。病院でね、ずっとそんなことを考えてたんだ」

 穏やかな笑みを浮かべる春斗。
 しかしその瞳は力強かった。
 そんな春斗を頼もしく思い、奈津子の胸は熱くなった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

最終死発電車

真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。 直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。 外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。 生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。 「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!

校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが集団お漏らしする話

赤髪命
大衆娯楽
※この作品は「校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが小さな公園のトイレをみんなで使う話」のifバージョンとして、もっと渋滞がひどくトイレ休憩云々の前に高速道路上でバスが立ち往生していた場合を描く公式2次創作です。 前作との文体、文章量の違いはありますがその分キャラクターを濃く描いていくのでお楽しみ下さい。(評判が良ければ彼女たちの日常編もいずれ連載するかもです)

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

ゴーストバスター幽野怜

蜂峰 文助
ホラー
ゴーストバスターとは、霊を倒す者達を指す言葉である。 山奥の廃校舎に住む、おかしな男子高校生――幽野怜はゴーストバスターだった。 そんな彼の元に今日も依頼が舞い込む。 肝試しにて悪霊に取り憑かれた女性―― 悲しい呪いをかけられている同級生―― 一県全体を恐怖に陥れる、最凶の悪霊―― そして、その先に待ち受けているのは、十体の霊王! ゴーストバスターVS悪霊達 笑いあり、涙あり、怒りありの、壮絶な戦いが幕を開ける! 現代ホラーバトル、いざ開幕!! 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

処理中です...