上 下
49 / 69

049 再会

しおりを挟む
「……」

「おはよう、なっちゃん」

 耳元で優しい声がする。
 その声に、自然と笑みがこぼれた。
 春斗くんの声だ。
 高すぎず、低すぎない穏やかな声質。
 私はずっと、この声に癒されてきた。
 どんなことがあっても、この声を聞けば元気になっていた。



 でも……どうして?
 なんで今、春斗くんの声が?



 私は今、部屋で寝ている筈だ。
 そう。朝から熱が出て……今日は春斗くんが来る日なのに、どうしてこんな時に限って、私は熱を出すんだろう……そう思い落ち込んでいた。
 おばあちゃんが作ってくれたおかゆを食べて、薬を飲んで……春斗くんが到着する前に起きて、ちゃんと準備をしようと思って……

「え……」

 目の前に春斗の顔があった。

「春斗……くん?」

「そうだよ、なっちゃん。具合はどう?」

 そう言って笑った春斗。
 相変わらず優しい笑顔だな。奈津子がそう思った。

「……」

 春斗の傍らには宗一が立っていた。意地悪そうな笑みを浮かべながら。

「……え? え?」

 頭の中がものすごい速度で回転する。そして状況を理解した奈津子が、顔を真っ赤にして布団を被った。

「どうしたの、なっちゃん」

「わ、わ、私……ごめん春斗くん、ちょっとだけ待ってて」

「待っててって、何を?」

「だから準備! 準備したいから!」

「準備って……いいよそんなの。なっちゃん、熱があるんだろ?」

「そうだけど、そうなんだけど! でもお願い、今の顔、見られたくないから!」

 頭の先まで布団で覆い、涙目で訴える。

「顔も洗ってないし、髪だってボサボサだし……だからお願い! 向こう行ってて!」

「うはははははははっ!」

 奈津子の反応に、宗一が豪快に笑った。

「奈津子も年頃の娘だったという訳じゃな。春斗くん、ここは一度撤退した方がいいようじゃ」

「でも……熱があるんですし、無理に起きなくても」

「いいから! いいから早く出てってば!」

「うはははははははっ! 奈津子のこんな姿を見れただけでも、お前さんを連れてきたかいがあったというもんじゃて。春斗くん、向こうで待ってるとしよう」

「でも……」

「心配せんでええ。熱も下がったし、起きても問題ないさ。それよりお前さんが居座ってる方が、奈津子にはきついじゃろうて。体より、心の方で」

「おじいちゃんも! 余計なこと言わないでいいから!」

「うはははははははっ! じゃあ向こうで待っとるぞ」

 そう言って春斗と共に居間へと向かう。襖が締まる音を聞いて、奈津子が布団から顔を出す。

「……最悪だよ、もう……」




 春斗との再会を、ずっとイメージしてきた。
 髪形を変えてみようかな? 春斗くん、驚くだろうな。
 服はどうしよう。この前、玲子ちゃんと一緒に買ったやつにしようかな。
 似合ってるって、誉めてくれるかな。
 そんなことをずっと思っていた。

 それなのに今、最悪と言っていいシチュエーションでその時が訪れた。
 時計を見ると8時。
 6時には起きようと思っていたのに。
 何てことだろう。

「……」

 布団から出て姿見の前に立つ。まだ少しフラフラした。
 しかし鏡に映る自分を見ると、そんなことがどうでもよく思えてきた。
 ボサボサの髪、寝起きの酷い顔。
 こんな顔で私、春斗くんに会ったんだ。
 そう思うと恥ずかしさのあまり、火を噴いたように顔が熱くなった。

「信じられないよ、こんなの……最悪だよ、最悪……」

 そうつぶやき、大きなため息をついた。




「お……お待たせしました」

「随分遅かったのぉ。支度に手間取ったんか?」

 うつむき加減で居間に入ってきた奈津子に、そう言って宗一が意地悪そうな笑みを向ける。

「おじいちゃんてば、冷やかさないでよ」

「うはははははははっ、すまんすまん。しかしのぉ、30分も待たせた割には、いつもとあんまり変わらん格好じゃな」

「おばあちゃんに言われたの。出かける訳でもないのに、そんな服やめなさいって。もっと楽な格好じゃないと、春斗くんも困っちゃうって」

「うはははははははっ、確かにそうじゃな」

「あの、その……なっちゃん、具合はいいの?」

「う、うん……まだちょっとフラフラしてるけど、でもこれくらいなら平気。多分お腹が空いてるからだと思うから」

「そうなんだ。それならほら、早くこっちに入りなよ」

「うん……」

 春斗に促された奈津子が、照れくさそうにコタツに入る。

「あらためて……久しぶり、なっちゃん」

「久しぶり、春斗くん」

「なっちゃんは不満みたいだけど、その服も可愛いよ」

「えっ?」

 春斗の言葉に赤面する。

「あれ? また僕、変なこと言ったかな」

「変じゃないけど……変じゃないんだけど……おじいちゃんたちもいるんだし、そういうのは……と言うか、春斗くんはいつも直球すぎるの。もっとオブラートに包んでって、いつも言ってるじゃない」

「なっちゃんが可愛いのは本当なんだし、変じゃないだろ?」

「だ、だから……お願い春斗くん、ちょっと黙って」

「うはははははははっ。奈津子のいい反応を見れて、わしも安心したわいて。のぉばあさん」

「そうですね。なっちゃんのこんな可愛い顔、初めて見た気がするわ」

「おばあちゃんまで……勘弁してよ……」

「うはははははははっ。分かった分かった。しかしなんじゃな、こんな奈津子を見れるんじゃったら、どうじゃ春斗くん。うちで一緒に住まんか?」

「え?」

「おじいちゃん!」

 宗一の言葉に、奈津子が顔を真っ赤にして声を上げた。春斗も反応に困った様子でうつむく。
 そんな二人を満足気に見つめ、宗一も多恵子も笑うのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

校長先生の話が長い、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
学校によっては、毎週聞かされることになる校長先生の挨拶。 学校で一番多忙なはずのトップの話はなぜこんなにも長いのか。 とあるテレビ番組で関連書籍が取り上げられたが、実はそれが理由ではなかった。 寒々とした体育館で長時間体育座りをさせられるのはなぜ? なぜ女子だけが前列に集められるのか? そこには生徒が知りえることのない深い闇があった。 新年を迎え各地で始業式が始まるこの季節。 あなたの学校でも、実際に起きていることかもしれない。

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

JOLENEジョリーン・鬼屋は人を許さない 『こわい』です。気を緩めると巻き込まれます。

尾駮アスマ(オブチアスマ おぶちあすま)
ホラー
ホラー・ミステリー+ファンタジー作品です。残酷描写ありです。苦手な方は御注意ください。 完全フィクション作品です。 実在する個人・団体等とは一切関係ありません。 あらすじ 趣味で怪談を集めていた主人公は、ある取材で怪しい物件での出来事を知る。 そして、その建物について探り始める。 あぁそうさ下らねぇ文章で何が小説だ的なダラダラした展開が 要所要所の事件の連続で主人公は自殺未遂するは性格が変わって行くわ だんだーん強くうぅううー・・・大変なことになりすすぅーあうあうっうー めちゃくちゃなラストに向かって、是非よんでくだせぇ・・・・え、あうあう 読みやすいように、わざと行間を開けて執筆しています。 もしよければお気に入り登録・イイネ・感想など、よろしくお願いいたします。 大変励みになります。 ありがとうございます。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが集団お漏らしする話

赤髪命
大衆娯楽
※この作品は「校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが小さな公園のトイレをみんなで使う話」のifバージョンとして、もっと渋滞がひどくトイレ休憩云々の前に高速道路上でバスが立ち往生していた場合を描く公式2次創作です。 前作との文体、文章量の違いはありますがその分キャラクターを濃く描いていくのでお楽しみ下さい。(評判が良ければ彼女たちの日常編もいずれ連載するかもです)

最終死発電車

真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。 直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。 外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。 生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。 「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!

処理中です...