上 下
47 / 69

047 ぬばたま

しおりを挟む
「私ね、色んな可能性を考えてみたの。現実的に、客観的に。でもね、おじいちゃんが言ったこと以上に、今の状況を説明出来るものが見つからなかった。自分でもおかしいと思う。こんなことを大真面目に考える日が来るなんて、考えたこともなかった。でも……どれだけ否定しようとしても、否定出来ないことに気付いたの」

「奈津子、少し疲れてるのかもしれないよ。私も否定するつもりはないわ。でもね、結論を急ぐあまり変な方向に行かないか、少し心配だわ」

「ありがとう。玲子ちゃんならそう言ってくれると思ってた。でも大丈夫だよ。私は至って冷静だし、おかしな考えにりつかれてる訳でもない。ただ、可能性を排除してしまうことの方が怖いの。唯一の手掛かりを、凝り固まった頭のせいで失いたくないの」

「……奈津子らしいね」

「何度も何度も読み返した。今の状況に似ているものがないかと思って。でも……残念ながら、答えは出なかった」

「そう……なんだ……」

「でもね、一つだけ引っ掛かってるところがあるんだ」

「引っ掛かってるところ?」

「これさえクリア出来れば、私はこの話を忘れて、もっと現実的に向き合おうと思ってる」

「何が気になってるの?」

「これなの」

 そう言って、付箋のついたページを開いた。

「……」

 他のページには全て、妖怪・物の怪もののけとおぼしき名前が大きく書かれ、その後に細筆で詳細が書かれていた。
 しかし奈津子が開いたページには余白が広がっていた。
 ただ大きく「ぬはたま」とだけ書かれていた。

「ぬはたまって……何のことだろう」

「他のページから推測すれば、妖怪の名前だと思う。でもね、この妖怪に関することだけが、何も書かれていなかったの」

「ぬはたま……」

「多分ぬばたまって呼ぶんだと思う」

「そうなの?」

「うん。昔は濁点の表記がなかったから。
 このぬばたまっていうのは、今も言葉として残ってるから、多分そう読むのが正解だと思う」

 そう言って、パソコンに「ぬばたま」と打ち込み検索をかけた。

「……」



【ぬばたま】ヒオウギの種子。黒いことから、枕詞として「黒」「夜」「夕」「宵」「髪」などにかかる。



「ここに何かが隠されてる、そんな気がしたの」

「どうして?」

「私にも分からない。でもね、何でだろう……この言葉を調べた時、なぜか自分のことのような気がしたんだ」

「どういう風に?」

「枕詞として残っているこの言葉。私の勝手な解釈なんだけど、かかっているものを更に黒くする言葉だと思ったの。『ぬばたまの我が黒髪』なら、深く黒い髪。『ぬばたまの夜』なら、前も見えないような暗い夜」

「……」

「どう言ったらいいのかな。ごめんなさい、うまく言えなくて。でもね、私の今の状況を振り返った時、私の『心』にぬばたまがかかっているような、そんな気がしたの」

「なるほどね……」

「そして考えてみたの。ぬばたまって何だろうって。ヒオウギの種子を調べてみたら、本当に深く暗い黒だった。まるで闇を具現化したような、そんな黒。
 そう思って色んな言葉を連想して見たの。今の自分の心に当てはめながら、思いつく限りの言葉を並べてみようと思って。
 漆黒、暗黒、絶望、虚無、死、影……玲子ちゃんなら何が浮かぶ?」

 そう言って玲子を見ると、彼女は強張った表情でモニターを見つめていた。

「……玲子ちゃん?」

「え? あ、うん……ごめんなさい、何でもないの。何だか難しい話になってきたから、考えがまとまらなくて」

「そうだよね、ごめんなさい。私一人で話しちゃって」

「ううん、そんなことないよ。ただ……ごめんなさい、ちょっと整理させてほしいだけなの」

 そう言って奈津子の肩に手をやり、微笑んだ。

「でも、このぬばたまのことは、何も書かれてないのね」

 玲子がそう言って余白部分を撫でる。

「うん、残念だけど。でもね、だからこそ気になったの。そこに何か隠されているような気がして」

「そう……だね……」

「私を狙っている何かが本当にいるとしたら。そしてそれが妖怪なんだとしたら……それは暗くて黒い何かだと思う。私の心が、正にそうだから。
 異変を感じてからのことを考えてみた。楽しいこともいっぱいあった。ここで新しい生活が始まって、クラスのみんなも親切で。亜希ちゃん、そして玲子ちゃんにも出会えた。
 でも、辛いこともいっぱいあった。その度にね、私の心は暗く黒くなっていった……深くて底の見えない暗闇に落ちていくような、そんな気持ちになっていった」

「奈津子……」

「だからこの言葉を意識したんだと思う。今度図書館に行って、もう少し調べてみようと思ってる。杞憂に終わるかもしれないし、それならそれでもいいと思う。でも私は、この妖怪の存在を知ることで、何かが見えてくるような気がするの」

「分かったわ。私も協力するね。奈津子が言うように、ただの思い過ごしならそれに越したことはない。でももし、このぬばたまという存在が何かの手掛かりになるんだったら、私も知りたい」

「ありがとう、玲子ちゃん」

「天気予報だと、もうすぐ寒波が来るみたい。いつもはこの辺り、雪もそんなに積もらないんだけど、今年はかなり積もるかもって言ってた。だからそれまでに、出来ることをやってみましょう」

 そう言った玲子の手を力強く握り、奈津子もうなずいた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

最終死発電車

真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。 直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。 外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。 生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。 「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!

ずっとずっと

栗須帳(くりす・とばり)
恋愛
「あなたのことが好きです」 職場の後輩、早希から告白された信也。しかし信也は、愛する人を失う辛さを味わいたくない、俺は人を信じない、そう言った。 思いを拒み続ける信也だったが、それでも諦めようとしない早希の姿に、忘れていたはずの本当の自分を思い出し、少しずつ心を開いていく。 垣間見える信也の闇。父親の失踪、いじめ、そして幼馴染秋葉の存在。しかし早希はそのすべてを受け入れ、信也にこう言った。 「大丈夫、私は信也くんと、ずっとずっと一緒だよ」

怪物どもが蠢く島

湖城マコト
ホラー
大学生の綿上黎一は謎の組織に拉致され、絶海の孤島でのデスゲームに参加させられる。 クリア条件は至ってシンプル。この島で二十四時間生き残ることのみ。しかしこの島には、組織が放った大量のゾンビが蠢いていた。 黎一ら十七名の参加者は果たして、このデスゲームをクリアすることが出来るのか? 次第に明らかになっていく参加者達の秘密。この島で蠢く怪物は、決してゾンビだけではない。

闇に蠢く

野村勇輔(ノムラユーリ)
ホラー
 関わると行方不明になると噂される喪服の女(少女)に関わってしまった相原奈央と相原響紀。  響紀は女の手にかかり、命を落とす。  さらに奈央も狙われて…… イラスト:ミコトカエ(@takoharamint)様 ※無断転載等不可

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

柘榴話

こはり梅
ホラー
ザクロの実の花言葉は「愚かしさ」、様々な愚かしさをどうぞ。 柘榴(ざくろ)の実には「愚かしさ」という花言葉があります。 短い作品集になっていますが、どの話にも必ず「愚かしさ」が隠れています。 各話10分ほどで読めますので、色んな愚かしさに触れてみて下さい。

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

処理中です...