上 下
42 / 69

042 宗一の思い

しおりを挟む
「あくまで仮説の一つに過ぎん。直感みたいなもんじゃ。それでもな、その可能性も考えんといかんような気がするんじゃ」

「目的が……怖がらせること、絶望させること……」

「もしそうなら、全てのことに説明がつく。お前が無傷で乗り切ってきたことにも合点がいく。意図は分からんが、やつはお前の心を壊しにかかっとるということじゃ」

「心を……壊す……」

「心を壊すのに手っ取り早いのは、絶望させることじゃ。生きていることに何の希望も見い出せず、死を渇望する。そうすれば自ずと心は壊れていく。親の死、小太郎の死、亜希ちゃんの死は、確実にお前の中に絶望の種を植え付けた」

「……」

 お父さんたちのことは、少し違うかな。そんな言葉を奈津子は飲み込んだ。

「そしてもう一つ、心を壊す手段として有効なのが、恐怖の感情じゃ。人は恐怖に囚われた時、孤独や絶望を感じる。そしてそれが一線を超えると、心が死んでいくことになる」

「恐怖……」

 宗一が話す言葉を、奈津子は否定出来なかった。それは正に、この数か月で感じていることだった。

 両親の事故の時は、特に何も感じなかった。また別の場所で、これまでと変わらない生活を続けるだけのことだと思っていた。
 正直何も期待していなかった。
 しかしこの新しい環境は、自分を受け入れてくれた。世界がこんなにも温かいものだと気付かせてくれた。
 新しい家族。初めて出来た友達。
 興奮の毎日だった。

 そんな中で起こった、数々の事件。
 それは自分の中に、暗い影を落としていった。
 何者かに狙われている感覚。目の前で失われる命。
 その度に恐怖した。そして思った。
 次は自分の番なのかもしれないと。

 正直これまでは、自身の命に対しても執着がなかった。
 生きていたところで、自分は父の人形なのだから。
 しかしこの土地に来て、私は生きる喜びを知った。
 人生に希望を見出していった。
 そう思った時、生きることを渇望している自分に気付いた。

 そんな自分をあざ笑うかのような、あのメッセージ。
 どこにも逃げ場のない恐怖に、心は疲れ切っていった。
 そう思うと、心を壊すことが目的だと言う宗一の解釈にも合点がいった。
 でも、何の為に?
 私の心を壊して、犯人に何の得があるの?




「お前は今、こう思っとるんじゃないか。目的が分からんと」

「え……あ、うん、そうだよ。流石だね、おじいちゃん」

「お前の顔を見てたら分かる。それにわしも、同じことを思ったからの」

 そう言った宗一の笑みに、奈津子は少しほっとした。

「じゃが、分からんからと言って何もしないのでは、本末転倒じゃ。わしらが何もせんでも、やつはこれからも行動を起こしてくる。お前はそれに立ち向かっていかなくてはいかんのじゃ」

「……そうだね」

「もしわしが言ったように、お前の心を壊すことが目的だとしたら……これからお前は、今以上に凄惨なものを見ることになるのかもしれん」

「……」

「それに対して今、打てる手は何もない。じゃが心構えがあるだけでも、少しは対処出来ることもある筈じゃ」

「そうだね……」

「一連の事件は物の怪もののけの仕業じゃと、益々思うようになった。亜希ちゃんのことがあってな」

「どういうことかな」

「お前、刑事にこんなことを言ってたな。『亜希ちゃんが自殺する動機は理解出来ました。彼女はずっと悩んでましたから。でも、あの時の亜希ちゃんには違和感を感じました。まるで亜希ちゃんの中に別の人がいて、操られているような……そんな風にも見えましたから』と」

「うん、言った。あの時の亜希ちゃん、本当に辛そうだった。お父さんとお母さんが離婚することになって、当たり前に思っていたものが壊れようとしていた。そんな世界に絶望して、それならいっそ、壊れてしまう前に人生を終わらせたい、そんな風に思っても仕方ないと思った。
 でもあの時亜希ちゃん、私に何度も言ったの。助けて、助けてって」

「……」

「あれは亜希ちゃんの、心の叫びだと思った。亜希ちゃんの本心はそこにある、そう思った。私には、まるで二人の亜希ちゃんがせめぎ合ってる、そんな風に見えたの」

「……薬物を使用してた可能性も考慮して調査されたが、何も検出されんかったらしい。あの子の死は、発作的な自殺として処理された。じゃが……お前の話は、わしの中で物の怪もののけの存在を改めて考えさせることになった」

「……」

「お前に絶望を与える為に、彼女が犠牲になったということじゃよ」

 その言葉は、奈津子の心に重く響いた。

 宗一の目を見る。
 宗一は、力強い視線で真っ直ぐ奈津子を見つめていた。

「……友達の葬儀の後に、あの子はお前が理由で死んだのかもしれん……そんな話をするわしは、鬼なのかもしれん。すまん奈津子」

 そう言って頭を下げる。

「わしの言葉にお前は悩み、苦しむことになる。じゃが……それでもわしは、お前に告げなければいかんと思った。わしにとってはな、奈津子。お前が全てなんじゃ。お前が幸せで、いつも笑っている。それ以上に大切なことなどないんじゃ。それはきっと、ばあさんも同じ筈じゃ。
 じゃからな、奈津子。今の話、わしを憎むなら憎め。いくらののしってくれても構わん。じゃが……これからも起こるであろう災厄に、心を強く持って立ち向かって欲しい。わしも全力でお前を守る」

 ゆっくりと顔を上げる宗一。その表情に、奈津子の胸は熱くなった。

「これを渡しておく」

 戸棚から古びた本を取り出し、奈津子に差し出す。

「これは」

「短刀と共に、宮崎家に代々受け継がれてきたもんじゃ。簡単に言えば、ご先祖様たちが打ち取ってきた、物の怪もののけについて書かれた書物らしい。流石に古すぎて、わしには読めんかった。じゃが、お前なら読めるかもと思っての」

「……」

 A4サイズほどのその書物を指でなぞる。表紙には「神代風土記」と記されていた。

「ありがとう、おじいちゃん。辞書もあるし、何とかなるかもしれない」

 そう言って笑顔を向けた。

「私はおじいちゃんのこと、憎んだりしないよ。だっておじいちゃんは、私の大切な人なんだから。そしておじいちゃんは、私の為に厳しい言葉を投げてくれた。だから……ありがとう、おじいちゃん」

 宗一の手に自分の手を重ね、奈津子が照れくさそうにそう囁いた。

「ああ、ああ……負けるんじゃないぞ、奈津子」

 宗一は目頭を抑え、何度もうなずいたのだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

最終死発電車

真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。 直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。 外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。 生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。 「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!

ずっとずっと

栗須帳(くりす・とばり)
恋愛
「あなたのことが好きです」 職場の後輩、早希から告白された信也。しかし信也は、愛する人を失う辛さを味わいたくない、俺は人を信じない、そう言った。 思いを拒み続ける信也だったが、それでも諦めようとしない早希の姿に、忘れていたはずの本当の自分を思い出し、少しずつ心を開いていく。 垣間見える信也の闇。父親の失踪、いじめ、そして幼馴染秋葉の存在。しかし早希はそのすべてを受け入れ、信也にこう言った。 「大丈夫、私は信也くんと、ずっとずっと一緒だよ」

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

怪物どもが蠢く島

湖城マコト
ホラー
大学生の綿上黎一は謎の組織に拉致され、絶海の孤島でのデスゲームに参加させられる。 クリア条件は至ってシンプル。この島で二十四時間生き残ることのみ。しかしこの島には、組織が放った大量のゾンビが蠢いていた。 黎一ら十七名の参加者は果たして、このデスゲームをクリアすることが出来るのか? 次第に明らかになっていく参加者達の秘密。この島で蠢く怪物は、決してゾンビだけではない。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

闇に蠢く

野村勇輔(ノムラユーリ)
ホラー
 関わると行方不明になると噂される喪服の女(少女)に関わってしまった相原奈央と相原響紀。  響紀は女の手にかかり、命を落とす。  さらに奈央も狙われて…… イラスト:ミコトカエ(@takoharamint)様 ※無断転載等不可

柘榴話

こはり梅
ホラー
ザクロの実の花言葉は「愚かしさ」、様々な愚かしさをどうぞ。 柘榴(ざくろ)の実には「愚かしさ」という花言葉があります。 短い作品集になっていますが、どの話にも必ず「愚かしさ」が隠れています。 各話10分ほどで読めますので、色んな愚かしさに触れてみて下さい。

ARIA(アリア)

残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……

処理中です...