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037 心の叫び
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教室内はずっと静かだった。
いつもヒソヒソと話し声が聞こえていた教室。授業を聞く姿勢としては、今の方が正しいのかもしれない。しかし奈津子は、教師の目を盗んで談笑し、メモの交換をしている雰囲気が好きだった。
本当に仲良しなんだな。学校生活を楽しんでるんだな、そう思っていた。
そんな生徒たちに気付いていながら、教師もある程度は許容している。前の学校とはまるで違うその空気に、奈津子は憧れすら持っていた。
しかし今、教室内は静まり返っている。私語もなく、皆まっすぐに黒板を見ている。
その理由は明らかだった。
先日の丸岡の死が、まだ生徒たちの心を乱しているからだった。
溜め息一つつけないほどに、静まり返った教室。玲子を含め、半数近くの生徒たちが休んでいる。
時折教諭、坂井の咳払いが教室内に響き渡る。重く苦しい空気に、奈津子は息が詰まりそうになっていた。
これまでなら普通に思えていたこと。しかし今となっては、それが苦痛だった。
早く授業が終わって欲しい。この場所から離れたい、そう思った。
それは他の生徒たちも同じようで、皆、授業が終わるのを待ちわびているようだった。
その時、突然椅子と床の摩擦音が教室内に響き渡った。
皆がその方向に視線を向ける。
亜希だった。
「どうした勝山。気分でも悪いのか? だったら保健室に」
こういうことも想定していたのか、坂井が声を掛ける。
奈津子も心配そうに亜希を見る。
「……何だろうね、こういうのって」
誰に語り掛ける訳でもなく、亜希がそうつぶやいた。
「久しぶりに学校に来たんだけどさ……雰囲気が変わりすぎてて、ちょっとびっくりだよ」
「そうだな……哀しいことがあって、みんな辛い思いをしてる……」
沈痛な面持ちで坂井が答える。
「うん、聞いてるよ。でも……そうじゃないんだ。私が言いたいのは、そういうことじゃなくて」
そう言って微笑むと、亜希はゆっくりと教室の後ろに向かい、壁を背にした。
「本当はみんな、言いたいことがあると思うんだ。そして……それはどんな言葉でも、言えば相手に伝わる。相手の心に残る」
奈津子を見て微笑む。
坂井もクラスメイトたちも、亜希の言葉に耳を傾ける。
「何て言うかさ……辛い、この一言でもいいと思うんだ。哀しいでもいいし、イライラするでもいい。どんな言葉であれ、それは口にして、初めて相手に伝わると思うんだ」
「……確かにお前の言う通りだ。でもな、勝山。人ってのは、中々それが出来ないものなんだ。思ってることを正直に言っても、相手がどう感じるかは誰にも分からない。だから……怖いんだ」
「怖いかぁ……それも分かるよ、先生。誰だって嫌われたくないし、馬鹿にされたくないもんね」
「……」
「でもね……丸岡があんなことになって」
丸岡の名前が出た瞬間、教室内の空気が張りつめた。
誰もが思ってること。しかし決して触れてはいけないもの。女生徒の中にはうつむき、肩を震わせる者もいた。
「もっとあいつに言いたいこと、私はあったよ。成績はよかったけど、あんたはこのクラスで一番馬鹿だったよ。色気づいてつけてた香水、臭くてうざかったよ。掃除も真面目にやらないし、いつも私たちを小馬鹿にして」
「勝山、今はその話題、少し控えてくれないか」
「でもね、あいつは死んだ。ずっと私が言いたかったこと、もうあいつには届かないんだ」
一人の女生徒が、机に顔を埋めて泣き出した。クラスメイトたちは女生徒と亜希を交互に見る。
「今更泣いても遅いんだよ! あいつはもう死んだんだ!」
亜希が叫ぶ。
「言いたいことは、その時言わなきゃ駄目なんだよ! 先生が言ってることも分かるよ。言葉にすることで、空気を壊しちゃうこともあると思う。でもね、それでもね……ちゃんと言わないと、後で後悔するのは自分なんだ! 言わないことで余計に悪くなることだってあるんだ!」
肩を震わせ、両手を握り合わせる。
そんな亜希に返す言葉が見つからず、皆うつむいた。
「亜希ちゃん……」
奈津子が立ち上がり、亜希に近付こうとした。
その時亜希の手に、何かが持たれてることに気付いた。
カッターナイフだった。
いつもヒソヒソと話し声が聞こえていた教室。授業を聞く姿勢としては、今の方が正しいのかもしれない。しかし奈津子は、教師の目を盗んで談笑し、メモの交換をしている雰囲気が好きだった。
本当に仲良しなんだな。学校生活を楽しんでるんだな、そう思っていた。
そんな生徒たちに気付いていながら、教師もある程度は許容している。前の学校とはまるで違うその空気に、奈津子は憧れすら持っていた。
しかし今、教室内は静まり返っている。私語もなく、皆まっすぐに黒板を見ている。
その理由は明らかだった。
先日の丸岡の死が、まだ生徒たちの心を乱しているからだった。
溜め息一つつけないほどに、静まり返った教室。玲子を含め、半数近くの生徒たちが休んでいる。
時折教諭、坂井の咳払いが教室内に響き渡る。重く苦しい空気に、奈津子は息が詰まりそうになっていた。
これまでなら普通に思えていたこと。しかし今となっては、それが苦痛だった。
早く授業が終わって欲しい。この場所から離れたい、そう思った。
それは他の生徒たちも同じようで、皆、授業が終わるのを待ちわびているようだった。
その時、突然椅子と床の摩擦音が教室内に響き渡った。
皆がその方向に視線を向ける。
亜希だった。
「どうした勝山。気分でも悪いのか? だったら保健室に」
こういうことも想定していたのか、坂井が声を掛ける。
奈津子も心配そうに亜希を見る。
「……何だろうね、こういうのって」
誰に語り掛ける訳でもなく、亜希がそうつぶやいた。
「久しぶりに学校に来たんだけどさ……雰囲気が変わりすぎてて、ちょっとびっくりだよ」
「そうだな……哀しいことがあって、みんな辛い思いをしてる……」
沈痛な面持ちで坂井が答える。
「うん、聞いてるよ。でも……そうじゃないんだ。私が言いたいのは、そういうことじゃなくて」
そう言って微笑むと、亜希はゆっくりと教室の後ろに向かい、壁を背にした。
「本当はみんな、言いたいことがあると思うんだ。そして……それはどんな言葉でも、言えば相手に伝わる。相手の心に残る」
奈津子を見て微笑む。
坂井もクラスメイトたちも、亜希の言葉に耳を傾ける。
「何て言うかさ……辛い、この一言でもいいと思うんだ。哀しいでもいいし、イライラするでもいい。どんな言葉であれ、それは口にして、初めて相手に伝わると思うんだ」
「……確かにお前の言う通りだ。でもな、勝山。人ってのは、中々それが出来ないものなんだ。思ってることを正直に言っても、相手がどう感じるかは誰にも分からない。だから……怖いんだ」
「怖いかぁ……それも分かるよ、先生。誰だって嫌われたくないし、馬鹿にされたくないもんね」
「……」
「でもね……丸岡があんなことになって」
丸岡の名前が出た瞬間、教室内の空気が張りつめた。
誰もが思ってること。しかし決して触れてはいけないもの。女生徒の中にはうつむき、肩を震わせる者もいた。
「もっとあいつに言いたいこと、私はあったよ。成績はよかったけど、あんたはこのクラスで一番馬鹿だったよ。色気づいてつけてた香水、臭くてうざかったよ。掃除も真面目にやらないし、いつも私たちを小馬鹿にして」
「勝山、今はその話題、少し控えてくれないか」
「でもね、あいつは死んだ。ずっと私が言いたかったこと、もうあいつには届かないんだ」
一人の女生徒が、机に顔を埋めて泣き出した。クラスメイトたちは女生徒と亜希を交互に見る。
「今更泣いても遅いんだよ! あいつはもう死んだんだ!」
亜希が叫ぶ。
「言いたいことは、その時言わなきゃ駄目なんだよ! 先生が言ってることも分かるよ。言葉にすることで、空気を壊しちゃうこともあると思う。でもね、それでもね……ちゃんと言わないと、後で後悔するのは自分なんだ! 言わないことで余計に悪くなることだってあるんだ!」
肩を震わせ、両手を握り合わせる。
そんな亜希に返す言葉が見つからず、皆うつむいた。
「亜希ちゃん……」
奈津子が立ち上がり、亜希に近付こうとした。
その時亜希の手に、何かが持たれてることに気付いた。
カッターナイフだった。
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