上 下
37 / 69

037 心の叫び

しおりを挟む
 教室内はずっと静かだった。

 いつもヒソヒソと話し声が聞こえていた教室。授業を聞く姿勢としては、今の方が正しいのかもしれない。しかし奈津子は、教師の目を盗んで談笑し、メモの交換をしている雰囲気が好きだった。
 本当に仲良しなんだな。学校生活を楽しんでるんだな、そう思っていた。
 そんな生徒たちに気付いていながら、教師もある程度は許容している。前の学校とはまるで違うその空気に、奈津子は憧れすら持っていた。

 しかし今、教室内は静まり返っている。私語もなく、皆まっすぐに黒板を見ている。
 その理由は明らかだった。

 先日の丸岡の死が、まだ生徒たちの心を乱しているからだった。
 溜め息一つつけないほどに、静まり返った教室。玲子を含め、半数近くの生徒たちが休んでいる。
 時折教諭、坂井の咳払いが教室内に響き渡る。重く苦しい空気に、奈津子は息が詰まりそうになっていた。

 これまでなら普通に思えていたこと。しかし今となっては、それが苦痛だった。
 早く授業が終わって欲しい。この場所から離れたい、そう思った。
 それは他の生徒たちも同じようで、皆、授業が終わるのを待ちわびているようだった。

 その時、突然椅子と床の摩擦音が教室内に響き渡った。
 皆がその方向に視線を向ける。
 亜希だった。




「どうした勝山。気分でも悪いのか? だったら保健室に」

 こういうことも想定していたのか、坂井が声を掛ける。
 奈津子も心配そうに亜希を見る。

「……何だろうね、こういうのって」

 誰に語り掛ける訳でもなく、亜希がそうつぶやいた。

「久しぶりに学校に来たんだけどさ……雰囲気が変わりすぎてて、ちょっとびっくりだよ」

「そうだな……哀しいことがあって、みんな辛い思いをしてる……」

 沈痛な面持ちで坂井が答える。

「うん、聞いてるよ。でも……そうじゃないんだ。私が言いたいのは、そういうことじゃなくて」

 そう言って微笑むと、亜希はゆっくりと教室の後ろに向かい、壁を背にした。

「本当はみんな、言いたいことがあると思うんだ。そして……それはどんな言葉でも、言えば相手に伝わる。相手の心に残る」

 奈津子を見て微笑む。
 坂井もクラスメイトたちも、亜希の言葉に耳を傾ける。

「何て言うかさ……辛い、この一言でもいいと思うんだ。哀しいでもいいし、イライラするでもいい。どんな言葉であれ、それは口にして、初めて相手に伝わると思うんだ」

「……確かにお前の言う通りだ。でもな、勝山。人ってのは、中々それが出来ないものなんだ。思ってることを正直に言っても、相手がどう感じるかは誰にも分からない。だから……怖いんだ」

「怖いかぁ……それも分かるよ、先生。誰だって嫌われたくないし、馬鹿にされたくないもんね」

「……」

「でもね……丸岡があんなことになって」

 丸岡の名前が出た瞬間、教室内の空気が張りつめた。
 誰もが思ってること。しかし決して触れてはいけないもの。女生徒の中にはうつむき、肩を震わせる者もいた。

「もっとあいつに言いたいこと、私はあったよ。成績はよかったけど、あんたはこのクラスで一番馬鹿だったよ。色気づいてつけてた香水、臭くてうざかったよ。掃除も真面目にやらないし、いつも私たちを小馬鹿にして」

「勝山、今はその話題、少し控えてくれないか」

「でもね、あいつは死んだ。ずっと私が言いたかったこと、もうあいつには届かないんだ」

 一人の女生徒が、机に顔を埋めて泣き出した。クラスメイトたちは女生徒と亜希を交互に見る。

「今更泣いても遅いんだよ! あいつはもう死んだんだ!」

 亜希が叫ぶ。

「言いたいことは、その時言わなきゃ駄目なんだよ! 先生が言ってることも分かるよ。言葉にすることで、空気を壊しちゃうこともあると思う。でもね、それでもね……ちゃんと言わないと、後で後悔するのは自分なんだ! 言わないことで余計に悪くなることだってあるんだ!」

 肩を震わせ、両手を握り合わせる。

 そんな亜希に返す言葉が見つからず、皆うつむいた。

「亜希ちゃん……」

 奈津子が立ち上がり、亜希に近付こうとした。
 その時亜希の手に、何かが持たれてることに気付いた。



 カッターナイフだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが集団お漏らしする話

赤髪命
大衆娯楽
※この作品は「校外学習の帰りに渋滞に巻き込まれた女子高生たちが小さな公園のトイレをみんなで使う話」のifバージョンとして、もっと渋滞がひどくトイレ休憩云々の前に高速道路上でバスが立ち往生していた場合を描く公式2次創作です。 前作との文体、文章量の違いはありますがその分キャラクターを濃く描いていくのでお楽しみ下さい。(評判が良ければ彼女たちの日常編もいずれ連載するかもです)

寝室から喘ぎ声が聞こえてきて震える私・・・ベッドの上で激しく絡む浮気女に復讐したい

白崎アイド
大衆娯楽
カチャッ。 私は静かに玄関のドアを開けて、足音を立てずに夫が寝ている寝室に向かって入っていく。 「あの人、私が

ゴーストバスター幽野怜

蜂峰 文助
ホラー
ゴーストバスターとは、霊を倒す者達を指す言葉である。 山奥の廃校舎に住む、おかしな男子高校生――幽野怜はゴーストバスターだった。 そんな彼の元に今日も依頼が舞い込む。 肝試しにて悪霊に取り憑かれた女性―― 悲しい呪いをかけられている同級生―― 一県全体を恐怖に陥れる、最凶の悪霊―― そして、その先に待ち受けているのは、十体の霊王! ゴーストバスターVS悪霊達 笑いあり、涙あり、怒りありの、壮絶な戦いが幕を開ける! 現代ホラーバトル、いざ開幕!! 『この物語は、法律・法令に反する行為を容認・推奨するものではありません』

幼なじみとセックスごっこを始めて、10年がたった。

スタジオ.T
青春
 幼なじみの鞠川春姫(まりかわはるひめ)は、学校内でも屈指の美少女だ。  そんな春姫と俺は、毎週水曜日にセックスごっこをする約束をしている。    ゆるいイチャラブ、そしてエッチなラブストーリー。

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

処理中です...