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027 抜け殻

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 奈津子と玲子。
 二人の目には、何も映っていなかった。
 何も聞こえない。
 居間のコタツで、ただ抜け殻のように座っていた。




 悲鳴に驚いた多恵子が部屋に入ると、そこには血まみれになった奈津子と玲子の姿があった。
 二人共、声を上げて泣き叫んでいる。
 奈津子は小太郎の亡骸を抱き締め、何度も何度も名前を呼んでいた。

 多恵子が慌てて電話すると、そのただならぬ雰囲気に宗一は飛んで戻って来た。
 ただただ泣き叫ぶ二人をどうにかなだめ、外傷がないか確認する。そして彼女たちの血が、全て小太郎のものだと分かると、多恵子に命じて二人を風呂に入れた。

 泣き叫び、全ての感情を出しつくした二人は、風呂場では放心状態になっていた。そんな二人を多恵子は湯船にいれ、一人一人の体を優しく洗ったのだった。
 その間に宗一は小太郎の遺体をタオルにくるみ、そして血で汚れた奈津子の部屋を掃除した。
 畳を外し、隣の部屋のものと交換する。壁についた血も拭き取った。
 その後風呂からあがった二人を居間に通し、温かい飲み物を渡して飲むよう促した。




「……」
「……」

 泣き疲れたせいか、二人共朦朧としていた。
 多恵子も混乱している様子で、震える手で何度も二人を抱き締めた。それを見ながら宗一は、険しい表情で煙草に火をつけ、白い息を吐いたのだった。




「……どうしてこんな」

 とにかく飯だ。宗一にそう言われた多恵子が料理を作っていた頃になって、ようやく奈津子が口を開いた。

「奈津子、あまり考えるな。今はとにかく落ち着くんじゃ」

「でもね、おじいちゃん……どうしてって思っちゃうよ……やっと出来たんだよ、新しい家族が……私と一緒、誰からも必要とされてなかった小太郎に……私ね、嬉しかったんだ。あの子と出会えて……」

 ぽつりぽつりと、力なくつぶやく奈津子。頬には幾重にも涙が伝っていた。

「今日ね……初めて友達が来てくれたの……ここに来てから私、本当に初めてのことばっかりで……すごく幸せだなって思ってた……
 それがいけなかったのかな。お父さんとお母さんが死んだばかりなのに……こんな気持ちになったから、罰が当たったのかな……」

「そんなことないさ。お前は頑張ったし、たくさんのことに耐えてきた。
 我慢もいっぱいしてきた。ここでの暮らしが楽しいぐらい、今までのことを考えたら、まだまだ足りないぐらいじゃて」

「あはっ……あはははっ……でもね……それでもね、おじいちゃん……私、酷い子供だって思うよ」

「子供に酷いも何もない。子供なんてのはな、我儘わがままなぐらいで丁度いいんじゃ。お前が楽しく暮らしている、それが一番なんじゃて。そんなことで罰なんて、当たる訳がないんじゃ」

「そう……なのかな……あはっ、あははははっ」

「玲子ちゃんは、大丈夫かの」

 無言で湯飲みに口をつける玲子に、宗一が静かに尋ねる。

「……はい、何とか……すいません、大変な時に来てしまって……」

「じゃからな……奈津子もお前さんも、子供がそんなに気を使うもんじゃない。今言った通りじゃ、子供は我儘わがままなぐらいで丁度ええんじゃ」

「ありがとう……ございます……でも、どうしてこんなことになったのか……自分の目の前で起こったことが理解出来なくて……混乱してます……」

「じゃな。わしは事後しか見ておらんが、それでもまだ頭の中がぐちゃぐちゃになっとる。当事者のお前さんたちなら、尚更じゃろうて」

「私……ここにいたらいけないのかも」

 そう言った奈津子に、宗一が大きなため息をついた。

「なんでそう思うんじゃ」

「だって……私のせいで、小太郎が死んじゃって……私のせいで、クラスメイトがおかしくなって……私が生まれたから、お父さんとお母さんが死んじゃって……」

「この……馬鹿たれが」

 そう言って、宗一が勢いよく奈津子の頭に手を乗せた。

「まだ混乱しとるんじゃ、考え込むな。今はゆっくり休むんじゃ」

 そう言って玲子の頭にも手をやり、乱暴に撫でる。

「玲子ちゃんの家には電話しておいた。今日はうちに泊まるといい。そんな状態で家に帰ったら、親父さんも心配するだろうしな」

「……分かりました、お世話になります」

「それと二人共、明日は学校も休むといい。小太郎を墓に入れてやらんといかんしな、わしに付き合ってくれ」

「……はい」

「奈津子もそれでええな」

「……分かった……」

「よし。それじゃあ飯にするぞ。散々泣いたんじゃ、腹も減っとるじゃろう。ばあさん特製のシチュー、これ食って、体を暖めるといい」

 多恵子が運んできたシチューを、二人が力なく口に運ぶ。
 最初の内は、体が食べることを拒絶してるみたいだった。しかし何度か口に運ぶ内に、次第に食欲が出て来るのが分かった。

「おかわりもあるからね。しっかりお食べ」

 そう言って多恵子が微笑むと、二人共力なくうなずいたのだった。




 並べられた布団。
 奈津子と玲子は早々に眠りについた。
 本当なら今日は、自分にとって最高の一日になる筈だった。
 この状況も、奈津子にとっては初めてのことだ。

 友達のお泊まり。

 興奮して寝付けず、遅くまで話し込む。そんな夢のようなことが現実に起こっている。
 しかし二人共、体が鉛の様に重くなっていた。布団に入るとすぐに、深い眠りについていった。




 初めて出来た家族。小太郎との思い出は、僅か数日で終わりを告げた。
 もっともっと一緒にいたかった。触れ合いたかった。思い出をたくさん作りたかった。
 しかし今日。そんな願いは無残に砕け散った。
 理解出来ない現象を残して。

「小太郎……」

 小さな寝息を立てる奈津子の頬に、一筋の涙が伝った。
 その気配に目を覚ました玲子が起き上がり、哀しい眼差しを向け、奈津子の頭を優しく撫でた。
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