13 / 69
013 過去の災厄
しおりを挟む
あの旅行の時から、ずっと付きまとっている視線。
転校初日にあった、まるで自分を狙っていたかのような蛍光灯事件。
そしてあの日、部屋で見たノートの殴り書き。
奈津子が努めて冷静に語る。
「……」
奈津子の話を無言で聞いていた宗一は、路肩に車を止めて降りるように言った。
随分奥まで来たようだった。
エンジンを止めると、周囲は静寂に包まれた。
「あの細っちい道に入るからな。足元には気をつけるんじゃぞ」
「うん……」
宗一の後に続き、砂利道を歩いて行く。宗一の言うように、歩くには少し不便な道だった。
こういうのを、獣道って言うのかな。そんなことを思いながら、奈津子は宗一の背中を見つめ、道を進んだ。
しばらく歩くと道が開け、優しい光と共に清涼感が奈津子を包んだ。
「すごい……」
そこにあった物。それは、高さが20メートルほどの滝だった。
「どうじゃ、いい滝じゃろう」
振り返った宗一が、笑顔でそう言った。
「どう言ったらいいのか分からないんだけど……うん、いい滝だと思う」
「そうじゃろてそうじゃろて、うはははははははっ」
奈津子の言葉に満足そうに笑い、宗一が再び煙草をくわえた。
「大きさもそんなに大したことはない。まあ一応、観光スポットにはなっとるみたいじゃがな。それでもこんな貧相な道を延々走って、辛気臭い獣道を歩いて見に来るような物好き、そうはおらんと思う。何よりこの辺りには売店もないしの、うはははははははっ」
宗一の豪快な笑い声が、滝の水音に負けじと響く。
「でも……それでも、うん……好きかも知れない、この滝」
「気に言ってくれてよかったわい。神さんも喜んでくれとるじゃろうて」
「神さん?」
「おうよ。ほれ、あそこを見てみい」
そう言って宗一が、滝のすぐ傍の岩場を指差す。
岩壁がくりぬかれ、くぼみが出来ていた。
「あれ、何なの?」
「この辺りを見守ってくれとる神さんじゃ」
「……」
「奈津子。わしとばあさんが何の仕事をしとるか、お前は知っとったかの」
「よくは知らないけど、家から少し歩いたところにある畑で働いてるよね。おばあちゃんも」
「そうじゃな。あの畑は、ご先祖様がずっと守ってきてくれた、我が宮崎家のもんじゃからな」
「それがどうかしたの?」
「今の宮崎家は、あの畑で作物を育てて生計を立てとる。それは間違いない。じゃがそれだけでは食っていけんのでな、今日のように街に顔を出して、色々と小遣い稼ぎもしとるんじゃ」
「そうなんだ」
「貧乏な村じゃからな、働き口もそんなにある訳じゃない。それでも村のやつらはみんな、わしらによくしてくれる。どうしてか分かるか?」
「ごめんなさい、分からないかも」
「宮崎家はな、昔この辺りにあった神社を任されとったんじゃ」
「と言うことはおじいちゃん、神主さんだったの?」
「いやいや、わしにそんなややこしい仕事は無理じゃて。わしが生まれる前には、もう神社はなくなっとったしな」
「そうなんだ」
「文献として残っとるかもしらんが、その神社はかなり古くからこの場所にあったんじゃ。武士の時代よりも、もっと前じゃ」
「武士の時代より前ってことは、平安時代とかかな」
「そうじゃな。親父からはそう聞かされてた」
「でも、今はもうないんだ」
「昔、今から100年ぐらい前のことらしい。この辺りで子取り騒ぎがあってな」
「子取り?」
「簡単に言えば人さらいのことじゃ」
「……」
「ある日突然、子供がいなくなる。そんなことが続いていたらしい。子供のおる家は、生きた心地がせんかったじゃろう。
で、ある日村人総出で山狩りが行われた。この村で何者かが子供をさらっている、ひょっとしたら物の怪の類かもしらん。そんな風に思う者もまだおった時代じゃ、怖かったと思う。じゃが、次は自分の子供かもしれん、そう思ったらじっとしてはおれんかったんじゃろう。
山狩りは何日にも渡って続いたらしい。そしてついに村人たちは見つけた。子取りの下手人を」
「神隠しとかじゃなくて犯人、ちゃんといたんだね」
「ああ。その男はな、ここにいたんじゃ」
そう言って滝を見つめた。
「男はこの場所に小屋を建てて、そこにさらってきた子供たちを隠していたんじゃ」
「じゃあ、子供たちは無事で」
「いや……みんな死んどった」
「……」
「正確に言えば、食われてたんじゃ」
宗一が低い声でそうつぶやく。
「残酷な話じゃと思うが、お前にどうしても伝えたいことがあってな。すまんが最後まで聞いてほしい」
「……分かった。ちゃんと聞くよ」
「その男はな、子供をさらってはここで殺し、その肉を食らってたんじゃ。その数は数十人にも及んでいたらしい。小屋の中には、子供たちの骨が散乱してたそうじゃ」
「その人はどうなったの?」
「村人の手にかかって殺されたらしい。今なら事件になるんじゃろうが、何しろ100年前の、こんな田舎での出来事じゃ。村人たちは皆、この事件のことを自分の胸の中にしまい込んだんじゃ」
そう言って、くわえていた煙草に火をつけた。
転校初日にあった、まるで自分を狙っていたかのような蛍光灯事件。
そしてあの日、部屋で見たノートの殴り書き。
奈津子が努めて冷静に語る。
「……」
奈津子の話を無言で聞いていた宗一は、路肩に車を止めて降りるように言った。
随分奥まで来たようだった。
エンジンを止めると、周囲は静寂に包まれた。
「あの細っちい道に入るからな。足元には気をつけるんじゃぞ」
「うん……」
宗一の後に続き、砂利道を歩いて行く。宗一の言うように、歩くには少し不便な道だった。
こういうのを、獣道って言うのかな。そんなことを思いながら、奈津子は宗一の背中を見つめ、道を進んだ。
しばらく歩くと道が開け、優しい光と共に清涼感が奈津子を包んだ。
「すごい……」
そこにあった物。それは、高さが20メートルほどの滝だった。
「どうじゃ、いい滝じゃろう」
振り返った宗一が、笑顔でそう言った。
「どう言ったらいいのか分からないんだけど……うん、いい滝だと思う」
「そうじゃろてそうじゃろて、うはははははははっ」
奈津子の言葉に満足そうに笑い、宗一が再び煙草をくわえた。
「大きさもそんなに大したことはない。まあ一応、観光スポットにはなっとるみたいじゃがな。それでもこんな貧相な道を延々走って、辛気臭い獣道を歩いて見に来るような物好き、そうはおらんと思う。何よりこの辺りには売店もないしの、うはははははははっ」
宗一の豪快な笑い声が、滝の水音に負けじと響く。
「でも……それでも、うん……好きかも知れない、この滝」
「気に言ってくれてよかったわい。神さんも喜んでくれとるじゃろうて」
「神さん?」
「おうよ。ほれ、あそこを見てみい」
そう言って宗一が、滝のすぐ傍の岩場を指差す。
岩壁がくりぬかれ、くぼみが出来ていた。
「あれ、何なの?」
「この辺りを見守ってくれとる神さんじゃ」
「……」
「奈津子。わしとばあさんが何の仕事をしとるか、お前は知っとったかの」
「よくは知らないけど、家から少し歩いたところにある畑で働いてるよね。おばあちゃんも」
「そうじゃな。あの畑は、ご先祖様がずっと守ってきてくれた、我が宮崎家のもんじゃからな」
「それがどうかしたの?」
「今の宮崎家は、あの畑で作物を育てて生計を立てとる。それは間違いない。じゃがそれだけでは食っていけんのでな、今日のように街に顔を出して、色々と小遣い稼ぎもしとるんじゃ」
「そうなんだ」
「貧乏な村じゃからな、働き口もそんなにある訳じゃない。それでも村のやつらはみんな、わしらによくしてくれる。どうしてか分かるか?」
「ごめんなさい、分からないかも」
「宮崎家はな、昔この辺りにあった神社を任されとったんじゃ」
「と言うことはおじいちゃん、神主さんだったの?」
「いやいや、わしにそんなややこしい仕事は無理じゃて。わしが生まれる前には、もう神社はなくなっとったしな」
「そうなんだ」
「文献として残っとるかもしらんが、その神社はかなり古くからこの場所にあったんじゃ。武士の時代よりも、もっと前じゃ」
「武士の時代より前ってことは、平安時代とかかな」
「そうじゃな。親父からはそう聞かされてた」
「でも、今はもうないんだ」
「昔、今から100年ぐらい前のことらしい。この辺りで子取り騒ぎがあってな」
「子取り?」
「簡単に言えば人さらいのことじゃ」
「……」
「ある日突然、子供がいなくなる。そんなことが続いていたらしい。子供のおる家は、生きた心地がせんかったじゃろう。
で、ある日村人総出で山狩りが行われた。この村で何者かが子供をさらっている、ひょっとしたら物の怪の類かもしらん。そんな風に思う者もまだおった時代じゃ、怖かったと思う。じゃが、次は自分の子供かもしれん、そう思ったらじっとしてはおれんかったんじゃろう。
山狩りは何日にも渡って続いたらしい。そしてついに村人たちは見つけた。子取りの下手人を」
「神隠しとかじゃなくて犯人、ちゃんといたんだね」
「ああ。その男はな、ここにいたんじゃ」
そう言って滝を見つめた。
「男はこの場所に小屋を建てて、そこにさらってきた子供たちを隠していたんじゃ」
「じゃあ、子供たちは無事で」
「いや……みんな死んどった」
「……」
「正確に言えば、食われてたんじゃ」
宗一が低い声でそうつぶやく。
「残酷な話じゃと思うが、お前にどうしても伝えたいことがあってな。すまんが最後まで聞いてほしい」
「……分かった。ちゃんと聞くよ」
「その男はな、子供をさらってはここで殺し、その肉を食らってたんじゃ。その数は数十人にも及んでいたらしい。小屋の中には、子供たちの骨が散乱してたそうじゃ」
「その人はどうなったの?」
「村人の手にかかって殺されたらしい。今なら事件になるんじゃろうが、何しろ100年前の、こんな田舎での出来事じゃ。村人たちは皆、この事件のことを自分の胸の中にしまい込んだんじゃ」
そう言って、くわえていた煙草に火をつけた。
0
お気に入りに追加
5
あなたにおすすめの小説
最終死発電車
真霜ナオ
ホラー
バイト帰りの大学生・清瀬蒼真は、いつものように終電へと乗り込む。
直後、車体に大きな衝撃が走り、車内の様子は一変していた。
外に出ようとした乗客の一人は身体が溶け出し、おぞましい化け物まで現れる。
生き残るためには、先頭車両を目指すしかないと知る。
「第6回ホラー・ミステリー小説大賞」奨励賞をいただきました!
ずっとずっと
栗須帳(くりす・とばり)
恋愛
「あなたのことが好きです」
職場の後輩、早希から告白された信也。しかし信也は、愛する人を失う辛さを味わいたくない、俺は人を信じない、そう言った。
思いを拒み続ける信也だったが、それでも諦めようとしない早希の姿に、忘れていたはずの本当の自分を思い出し、少しずつ心を開いていく。
垣間見える信也の闇。父親の失踪、いじめ、そして幼馴染秋葉の存在。しかし早希はそのすべてを受け入れ、信也にこう言った。
「大丈夫、私は信也くんと、ずっとずっと一緒だよ」
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
怪物どもが蠢く島
湖城マコト
ホラー
大学生の綿上黎一は謎の組織に拉致され、絶海の孤島でのデスゲームに参加させられる。
クリア条件は至ってシンプル。この島で二十四時間生き残ることのみ。しかしこの島には、組織が放った大量のゾンビが蠢いていた。
黎一ら十七名の参加者は果たして、このデスゲームをクリアすることが出来るのか?
次第に明らかになっていく参加者達の秘密。この島で蠢く怪物は、決してゾンビだけではない。
サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由
フルーツパフェ
大衆娯楽
クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。
トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。
いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。
考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。
赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。
言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。
たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。
闇に蠢く
野村勇輔(ノムラユーリ)
ホラー
関わると行方不明になると噂される喪服の女(少女)に関わってしまった相原奈央と相原響紀。
響紀は女の手にかかり、命を落とす。
さらに奈央も狙われて……
イラスト:ミコトカエ(@takoharamint)様
※無断転載等不可
柘榴話
こはり梅
ホラー
ザクロの実の花言葉は「愚かしさ」、様々な愚かしさをどうぞ。
柘榴(ざくろ)の実には「愚かしさ」という花言葉があります。
短い作品集になっていますが、どの話にも必ず「愚かしさ」が隠れています。
各話10分ほどで読めますので、色んな愚かしさに触れてみて下さい。
ARIA(アリア)
残念パパいのっち
ミステリー
山内亮(やまうちとおる)は内見に出かけたアパートでAR越しに不思議な少女、西園寺雫(さいおんじしずく)と出会う。彼女は自分がAIでこのアパートに閉じ込められていると言うが……
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる