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104 距離
しおりを挟む「さて……明日の朝が問題だ。最近ずっと早希に起こしてもらってたからな。今日は早めに寝るとするか」
コンビニで買った弁当を手に、信也が遊歩道を歩いていた。
脳裏に浮かぶのは、早希が残した手紙の一文。
――これからの人生をどう生きていくか。
あの言葉が意味する物は何なのか。
早希が人生について考えてくれるのは嬉しい。それは間違いない。
幽霊とは言え、幸せになっていけない道理はない。この世界に存在し続ける限り、自らの幸せを追い求めてほしい、そう思っていた。
早希が自分のことを見つめ直すことは、そういう意味では喜ばしい限りだった。
しかし、何か引っ掛かっていた。
早希の中で何かが生まれつつある。そんな気がしていた。
「……ん?」
柵の辺りで座っている人影が目に入った。
早希が死んだ場所。
まだ手を合わせてくれてる人がいるのか。そう思い頭を下げた。
「……信也?」
信也に気付いた人影が、そう言ってこちらを見上げた。
「え?」
「私だよ、信也」
秋葉だった。
「びっくりさせちゃったかな」
「あ、ああ……びっくりした。流石にここで、秋葉と会う想定はしてなかった」
「何それ。ふふっ」
「いやいやほんと。心の準備が出来てなかった」
「私も、信也と会えるだなんて思ってなかったよ」
「よく……来てくれてるのか」
「うん……忙しくて、しばらく来れてなかったけど」
「と言うことは、結構来てくれてたのか。それなら家に来ればいいのに。目の前なんだし」
「それは……信也の顔、まだ見る勇気がなくて」
「色々気を使わせてたみたいだな。すまん」
「ううん。そんなことないよ」
「仕事帰りか?」
「うん。今日は早番だったから。それでね、この前信也と早希さん、二人と久しぶりに話せたなって思ったら、急に来たくなったの」
「ありがとな」
「信也は? 今日は仕事、休みだよね。散歩?」
「あ、いやその……まあ、そんなところ」
「信也……今、何か隠したよね」
「な、何のことやら」
「見せて」
「いやいやその、秋葉さん? ちょっと顔、怖~くなってますよ。可愛いお顔が台無しで」
「信也」
「はいすいません、隠してたのはこちらになります」
観念した信也が、コンビニ弁当を秋葉に差し出した。
「やっぱり……私言ったよね。ご飯はちゃんと食べないとって」
「いやいや食べてるから。ほら見て? ハンバーグ弁当。これなら栄養もたっぷりだし」
「コンビニのお弁当、悪いとは言わないよ。でも自分で買ってたら、どうしても好きな物ばっかり買っちゃうでしょ。ただでさえ信也、いつも同じもの買うんだから」
「そうですねすいません」
「それにこの前、言ってたよね。ちゃんと自炊してるって」
「だからね、それはその……ほら、久々の三連休だったしさ、ちょっとした気の緩みと言いますか、たまにはお手軽にと思いまして」
「信也」
「はいすいません、反省しますので許して下さいお母さん」
「ほんとに?」
「はい、以後気をつけます」
「じゃあ許してあげる。ふふっ」
「このやり取り、一体いつまで続くんだ」
「信也が健康に気を配ってくれたら、お小言なんて言わないよ」
「分かったよ。気を付ける」
「煙草、やめた?」
「あ、いや……だからほんと、勘弁して下さい」
「ふふっ」
「はははっ」
軽口を叩き、自然に笑う。
秋葉とこんな風になれたことが、信也は嬉しかった。そしてそれは、秋葉にしても同じようだった。
「それでどうする? よかったら家、来るか?」
「ううん、今日は早希さんにお花って思っただけだから。いっぱいお話しも出来たし……それにそろそろ戻らないと、お母さん心配するから」
「じゃあ駅まで送るよ」
「いいよそんな」
「何言ってんだよ、水くさい。女子がこんな時間、一人で歩いてたら危ないだろ」
「信也……私の年齢、分かってる?」
「そりゃあ勿論。俺と同じだからな」
「だったら今の、ちょっと恥ずかしいんだけど」
「そうか? 秋葉が俺の母ちゃんなら、俺は秋葉の父親ってことで」
「何それ、ふふっ。じゃあお願いするね」
「おう」
並んで二人が歩く。
秋葉は照れくさそうにうつむき、そして時折信也の顔を見上げ、幸せそうに笑った。
遠くなってしまった信也との距離が、長い時間をかけてここまで来た。そのことが嬉しかった。
ああ、今がずっと続けばいいのに。
そう思う秋葉の瞳に、一つの決意が宿っていた。
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