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「さて……明日の朝が問題だ。最近ずっと早希に起こしてもらってたからな。今日は早めに寝るとするか」

 コンビニで買った弁当を手に、信也が遊歩道を歩いていた。
 脳裏に浮かぶのは、早希が残した手紙の一文。

 ――これからの人生をどう生きていくか。

 あの言葉が意味する物は何なのか。
 早希が人生について考えてくれるのは嬉しい。それは間違いない。
 幽霊とは言え、幸せになっていけない道理はない。この世界に存在し続ける限り、自らの幸せを追い求めてほしい、そう思っていた。
 早希が自分のことを見つめ直すことは、そういう意味では喜ばしい限りだった。
 しかし、何か引っ掛かっていた。
 早希の中で何かが生まれつつある。そんな気がしていた。

「……ん?」

 柵の辺りで座っている人影が目に入った。
 早希が死んだ場所。
 まだ手を合わせてくれてる人がいるのか。そう思い頭を下げた。

「……信也?」

 信也に気付いた人影が、そう言ってこちらを見上げた。

「え?」

「私だよ、信也」

 秋葉だった。

「びっくりさせちゃったかな」

「あ、ああ……びっくりした。流石にここで、秋葉と会う想定はしてなかった」

「何それ。ふふっ」

「いやいやほんと。心の準備が出来てなかった」

「私も、信也と会えるだなんて思ってなかったよ」

「よく……来てくれてるのか」

「うん……忙しくて、しばらく来れてなかったけど」

「と言うことは、結構来てくれてたのか。それなら家に来ればいいのに。目の前なんだし」

「それは……信也の顔、まだ見る勇気がなくて」

「色々気を使わせてたみたいだな。すまん」

「ううん。そんなことないよ」

「仕事帰りか?」

「うん。今日は早番だったから。それでね、この前信也と早希さん、二人と久しぶりに話せたなって思ったら、急に来たくなったの」

「ありがとな」

「信也は? 今日は仕事、休みだよね。散歩?」

「あ、いやその……まあ、そんなところ」

「信也……今、何か隠したよね」

「な、何のことやら」

「見せて」

「いやいやその、秋葉さん? ちょっと顔、怖~くなってますよ。可愛いお顔が台無しで」

「信也」

「はいすいません、隠してたのはこちらになります」

 観念した信也が、コンビニ弁当を秋葉に差し出した。

「やっぱり……私言ったよね。ご飯はちゃんと食べないとって」

「いやいや食べてるから。ほら見て? ハンバーグ弁当。これなら栄養もたっぷりだし」

「コンビニのお弁当、悪いとは言わないよ。でも自分で買ってたら、どうしても好きな物ばっかり買っちゃうでしょ。ただでさえ信也、いつも同じもの買うんだから」

「そうですねすいません」

「それにこの前、言ってたよね。ちゃんと自炊してるって」

「だからね、それはその……ほら、久々の三連休だったしさ、ちょっとした気の緩みと言いますか、たまにはお手軽にと思いまして」

「信也」

「はいすいません、反省しますので許して下さいお母さん」

「ほんとに?」

「はい、以後気をつけます」

「じゃあ許してあげる。ふふっ」

「このやり取り、一体いつまで続くんだ」

「信也が健康に気を配ってくれたら、お小言なんて言わないよ」

「分かったよ。気を付ける」

「煙草、やめた?」

「あ、いや……だからほんと、勘弁して下さい」

「ふふっ」

「はははっ」

 軽口を叩き、自然に笑う。
 秋葉とこんな風になれたことが、信也は嬉しかった。そしてそれは、秋葉にしても同じようだった。

「それでどうする? よかったら家、来るか?」

「ううん、今日は早希さんにお花って思っただけだから。いっぱいお話しも出来たし……それにそろそろ戻らないと、お母さん心配するから」

「じゃあ駅まで送るよ」

「いいよそんな」

「何言ってんだよ、水くさい。女子がこんな時間、一人で歩いてたら危ないだろ」

「信也……私の年齢とし、分かってる?」

「そりゃあ勿論。俺と同じだからな」

「だったら今の、ちょっと恥ずかしいんだけど」

「そうか? 秋葉が俺の母ちゃんなら、俺は秋葉の父親ってことで」

「何それ、ふふっ。じゃあお願いするね」

「おう」

 並んで二人が歩く。
 秋葉は照れくさそうにうつむき、そして時折信也の顔を見上げ、幸せそうに笑った。
 遠くなってしまった信也との距離が、長い時間をかけてここまで来た。そのことが嬉しかった。



 ああ、今がずっと続けばいいのに。



 そう思う秋葉の瞳に、一つの決意が宿っていた。


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