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096 友達

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「それでどうしたんだ? こんな時間に三人揃って」

 テーブルを囲んで座った四人。早希は信也の傍に浮いていた。

「その……副長、ちょっと言いにくいことなんすけど、聞いてもらっていいっすか」

 気まずい沈黙を破り、篠崎が意を決したように口を開く。

「なんだなんだ改まって。気持ち悪い」

「それ、酷くないっすか」

「今更かしこまるなよ。て言うか、俺ら友達だろ? 言いたいことがあるならはっきり言えよ」

「友達……」

「あ、すまん。俺だけだったか、そう思ってたの」

「副長っ!」

 篠崎が立ち上がり、信也を力任せに抱き締めた。

「あーっ! ちょっとちょっと篠崎さん、何うちの旦那に抱き着いてるのよ! 信也くんがそっちに目覚めちゃったらどうすんのよ!」

 目覚めねーよ! て言うか、そっちってどっちだよ! 

「抱き締めていいっすか!」

「いやいやいやいや、もう抱き締めてる、抱き締めてるから。って篠崎、とにかく落ち着け落ち着け、苦しいし汗くさい」

「あ……す、すんませんっす」

 信也の言葉に篠崎が手を離し、照れくさそうに椅子に座りなおした。

「副長に友達って言われたのが嬉しくて……取り乱しました、すいませんっす」

「いや、落ち着いてくれたならそれでいいよ」

「いてててっ……ちょ、なんすかさくらさん」

「別に」

「別に、じゃないっすよね。なんでつねるんすか」

「……篠崎さんの馬鹿」

 信也があやめの耳元で囁く。

「あっちも完全に、さくらさんに手綱、握られたみたいだな」

「ふふっ」

 あやめが信也の言葉に微笑む。しかしすぐに真顔に戻り、

「ごめんなさい、お兄さん……止められなかった」

 そう言った。



 ん? 止められなかったって、なんのことだ?



「それで篠崎、何か言いに来たんだよな」

「あ、そうっしたね、すんませんっす。副長、その……三島さんが亡くなって、半年になりますっすね」

「そうだな。13日で半年経った」

「あのその……大丈夫っすか」

「何がだ?」

「何て言うかその……職場では副長、ほんとにすごいって思ってるんす。元々副長はすごかったんすけど、三島さんが亡くなってからの副長は、本当に格好よくって……俺、三島さんの後を任されたんすけど、副長と三島さん、こんなにたくさんのことをしてたんだって驚いて……自分が全然副長の役に立ててないことが情けなくて」

「そんなことないだろ。お前はよくやってるよ」

「でも、三島さんならもっと……それにナベさんたちも言ってますっす。副長は男の顔になったって」

「照れるな」

「だから俺、副長が三島さんを亡くしたってこと、たまに忘れてしまうことがあるんす……それぐらい副長、職場で生き生きと働いてるっすから」

「まあ、仕事だからな」

「副長がまだ、三島さんのことで苦しんでるって言うのに、それに気付けなくて……申し訳なかったっす」

「……何の話だ?」

「さくらさんからたまに聞いてたんす。副長、夜に突然笑ったり、叫んだりしてるって」

「あ……」

 早希がそう言って口に手を当てた。

「信也さん……早希さんを失って、でもそんな中、私を励ましてくれて……あやめの面倒も見てくれて、おかげで高認にも合格出来て……そのことには本当に感謝してます。でも信也さん、家で一人のはずなのに、笑い声や叫び声が聞こえてきて……最初は早希さんのこと、思い出して泣いてるんだ、そう思って私も泣いてました……でも信也さん、あれからもう半年も経ったんです。そろそろ新しい一歩、踏み出す時だと思うんです」

「あ、いや、それは」

「最近は特に叫び声が酷くなってるような気がして……だから私、篠崎さんに相談したんです」

「副長、水くさいっすよ。辛いことがあるなら、俺に言ってくださいっす」

「篠崎……」

「お姉ちゃん、だからそれは違うって」

「だってさっきも……こんな朝早く、突然叫び出して」

「あ」

 そう言って頭上の早希に目をやると、早希は口笛を吹きながら視線を外した。



 早希お前、覚えてろよ……後で死ぬほどくすぐってやるからな……



「信也さん、その……言いにくいことなんですけど、早希さんのことを忘れられないのはすごく分かります。私も……今でも思い出したら、涙が止まらなくなるんです……」

「さくらさん……」

「でも、私たちは生きてるんです。信也さんがいつまでも過去に縛られていたら、きっと早希さんも悲しむと思うんです」

 その言葉は、早希の心に重く響いた。

 私は信也くんにとってもう、過去の存在なんだろうか。
 私は信也くんを縛ってるんだろうか。

「信也さん、一度カウンセリングを受けてみませんか? 私、信也さんのような方たちをサポートしてる先生、知ってるんです」

「だからお姉ちゃん、それ、お兄さんに失礼だから」

「でも……さっきの声を聞いてたら私、もう耐えられなくて……」

「さくらさん……」

「副長、どうっすか」

「……」

 信也が小さく息を吐き、そして早希を見つめた。
 早希は哀しげな眼差しで、自分を見ていた。



 ――駄目だ、早希にこんな顔をさせたら。



「さくらさん。それから篠崎」

「はい」

「はいっす」

「ありがとう。俺のこと、色々考えてくれて。でも申し訳ないけど、今の話はなしでお願いします」

「でも……」

「俺の中で早希は生きています。これだけは、誰に何と言われようとも譲れません」

「それは……勿論なんすけど……」

「早希との思い出が蘇って、少し取り乱すことも確かにあります。でも、それも含めての俺、ってことで見てくれませんか」

「それじゃまるでお兄さん、本当におかしな人みたいになるじゃない」

「いいんだよ、あやめちゃん。早希が生き続けてくれるなら、俺はそれでいい。と言うか、俺の中から早希を消すなんて、絶対無理だしな」

「駄目です……それじゃ信也さん、このままずっと一人、ここで」

「だからさくらさん、一人じゃないですって。早希はここにいますよ」

「……」

「ずっとね」

 そう言って信也は笑った。
 その笑顔にさくらは戸惑い、そしてうつむき涙を流した。

「……副長は本当に、それでいいんすか」

「ああ。悪かったな、お前にまで気を使わせて」

「……分かりましたっす。副長がそう言うんだったら、これ以上言うことはないっす」

「ありがとう、篠崎」

「さくらさんも、それでいいっすね」

「うん……分かった」

「でも副長、何かあったらいつでも言ってくださいっすね。電話してくれたら俺、夜中でも走ってくるっすから」

「ああ、ありがとう」

 篠崎が差し出す手を、信也が力強く握った。

「ちょっと飲み物、出しますね」

「……私も手伝う」

 信也とあやめがそう言って、台所へ向かった。

「お兄さん、本当にごめんなさい」

「気にしなくていいよ。あやめちゃんのせいじゃないんだから」

「でも……あれじゃお兄さん、変な人だと思われてしまう」

「あやめちゃん。俺の友達のこと、そんな風に思わないで」

「お兄さん……」

「確かに今は混乱してると思う。でも大丈夫、きっと分かってくれるから」

「……分かった。ごめんなさい」

「早希も」

 隣でふさぎ込んでいる早希に視線を向ける。

「そんなにへこむなって。大丈夫だから」

「でもでも……私のせいで信也くん、危ない人になっちゃった」

「おい、それは強く否定するぞ。危ないって何だよ、危ないって」

「でも……」

「おいで」

 そう言って信也が手を広げた。
 早希がうつむいたまま、信也の胸に顔をうずめる。

「早希は俺の嫁さんで、誰がなんと言おうとここにいる。だから大丈夫、何も心配しなくていい。でもまあ……あれだな。今後のことも考えて、ハリセンの刑は少し自重しようか」

「それは無理」

「ええっ?」

「だってだって……聞いてよあやめちゃん。さっきも信也くん、沙月さんにキスされてたんだよ」

「……その話、詳しく聞きたい」

「あ、いや、だから……さくらさんと篠崎もいるんだし、二人してそんな殺気は出さない方がいいって言うか」

「……分かった。今の件は今夜、勉強会の時にじっくり」

「ほんとすいません、勘弁してください」

「ふふっ」

「あははっ」

 その時、信也の携帯がなった。

「はいもしもし……って、なんだ姉ちゃんか。うん……うん……」

 家族と話してる時の信也くん、ほんと無防備に笑うよね。そう思い、早希が微笑む。

「そっか、分かった。うん……じゃあ」

 携帯を切った信也が、壁にかかったカレンダーを見つめる。

「知美さんから?」

「ああ。なんでも映画のチケットが当たったみたいで、次の日曜一緒にどうだって誘われたんだ」

「知美さんと一緒に?」

「駄目かな」

「いいに決まってるでしょ。たまにはお姉さん孝行、してあげなよ」

「ありがとな。来週ってことは……しまった忘れてた。姉ちゃん誕生日だ」

「27日?」

「……ったく、大事なことは言わないんだからな」

「じゃあプレゼント、持っていかないとね」

「そうだな。早希も来るか?」

「いいよ。たまには姉弟、水入らずで楽しんできて」

「分かった。じゃあそうするよ」

 そう言って早希の頭を撫でた。


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