上 下
93 / 134

093 心からの感謝をこめて

しおりを挟む


「遅くなっちゃったね」

 駅に着いた信也たちが、比翼荘への帰路についていた。

「ああ。でもちゃんと、みんなに報告しとかないとな」

「純子さん、悲しむだろうね……」

「俺……余計なことしたのかな」

「そんなこと……ないと思いますよ……だって沙月ちゃん、あんな幸せそうな顔をして……姿も元に戻って……信也さんに感謝してると思います」

「そう、かな……でも会えないって思うと、やっぱ寂しいな」

「私も。もっと沙月さんとお話ししたかった」

「だな……さ、着いたぞ。二人共、心の準備はいいな」

「うん」

「はい」




「ただいま帰りました」

「あらあら信也さん、おかえりなさい。早希ちゃんも」

「ただいま、純子さん」

「あのその……純子さん、ただいまです」

「あらあら、涼音ちゃんも一緒だったの? この組み合わせはちょっと新鮮ね」

「それでその……俺、純子さんに報告することがありまして」

「報告? 何かしら」

「はい、実はその……沙月さんなんですけど」



「私が何だって?」



「え……」

 顔を上げると、パンク姿の沙月が腕を組んで立っていた。

「沙月……さん……?」

「沙月ちゃん……」

「えええええええええっ!」

「なんだなんだ、三人揃って変なリアクションしやがって。幽霊でも見てるみたいだぞ」

「いやいやいやいや。幽霊だから。沙月さん、幽霊だから……って、そうじゃなくて」

「あはははっ、相変わらずいい突っ込みするな、信也は」

「でもどうして? 沙月ちゃん、成仏したんじゃないの?」

「……なんて言ったらいいのかな、こういう時は」

 沙月が頭を掻きながら、照れくさそうに笑った。

「まああれだ。これからもよろしくってことで」

「そんな適当な……」




「で」

「早希。姉ちゃんの口癖、完全にマスターしたよな」

「ありがと」

「うーん、これは褒めてるって言っていいのだろうか」

「そんなことより。沙月さん、どうしてここに?」

「そうだな、それだよな……でもその前に」

 沙月が小さく咳払いし、信也たちに向かって正座した。

「信也さん。それから早希さん、涼音さん……この度は本当に、ありがとうございました」

 そう言って深々と頭を下げた。

「ちょ……さ、沙月さん?」

「え、やだやだ沙月さん、なんか怖いよ」

「沙月ちゃん、頭を上げて」

「……私、あんなに和くんと話せたの、初めてだったかもしれません……今までずっと、気になってました……私は和くんのこと、本当に好きでした。子供の頃からずっと一緒で、いつも優しく笑ってくれて……幸せでした……
 でもあの人、あの通り臆病だから、気を使っていつも自分の気持ちを隠していたと思います。私も和くんに嫌われたくなくて、言いたいことを言えてなかったと思います。
 でも今日、信也さんのおかげでお互い、思ってることをぶつけあえたような気がします。ですから今、とても心が軽いです。
 信也さん、本当にありがとうございました。赤の他人の私の為に、あんなに真剣になってくれて……嬉しかったです」

「沙月さん……」

 信也と早希が顔を見合わせ、嬉しそうに笑った。
 そして沙月は静かに顔を上げ、小さく息を吐いた。
 口元に意地悪そうな笑みを浮かべて。

「とまあ、かたっくるしい話はこの辺にして……」

 そう言うと信也の元に進み、顔を覗き込んだ。

「信也……今度からあんたのこと、シンって呼んでもいいか?」

「え? いやその……そんな風に呼ばれたことがないから、何て言ったらいいか……と言うか沙月さん、顔が近い、近いです」

「そうなんだ、呼ばれたことないんだ……だったら私だけの呼び名だね……ねえシン。私、これからもここにいていいのかな」

「あ、その……勿論じゃないですか。沙月さんにとってここは大切な場所なんです。というか、俺に聞くことじゃないですよね、それ……って、いてててててっ!」

 早希が信也の足をつねっていた。

「早希……早希さん? あのね、実はそれ、俺の足なんだ。それでその、そんな風につねられると、痛いと言うかなんと言うか」

「ふーんだ。信也くんてば、また鼻の下こーんなに伸ばして」

「だから伸びてねーって」

「でも沙月ちゃん、どうして戻ってこれたの? 成仏……したんじゃなかったの?」

「それなんだけど、私を包んでた光がぐるぐる回って、気が付いたら元の姿に戻ってて」

「そうだ! 沙月さん、忘れないうちに言っておくね。おめでとうございます!」

「あ、ああ……ありがとうございます、早希さん」

「でもなんか沙月さん、キャラが迷走してるよね」

「うふふふっ。沙月ちゃんも、戸惑ってるみたいなの」

「ちょ……純子さん、勘弁してくださいよ」

「でもでも、その姿で今までの口調って違和感あるよね。それに服も」

「沙月ちゃん、元々お嬢様って感じだったから」

「涼音さんまで」

「やっぱり沙月さん、ゾンビちゃんになって色々苦労してたんだね。口調も頑張って、それらしくしてたんだね。しくしく」

「なっ……早希さん、じゃなくて早希! 人をからかうのもいい加減に」

「あはははっ、やっぱり迷走してる」

「でも沙月ちゃん、あんな所に住んでたんだし、本当にお嬢様だったのかも」

「……涼音さん、勘弁してください」

「でも本当、沙月ちゃん綺麗よね。なんだかね、初めて会った時から私、ずっとそんな気がしてたの」

「純子さんまで……」

「元の姿に戻れたんだし、もうその格好もやめたら?」

「シンは……どう思う?」

「え」

「シンはどっちがいい? パンクな私と可愛い私。シンがいいって思う方にするから」

「ちょ……だから沙月さん、顔、顔が近い」

「なんだよ、ふふっ……ゾンビの時は平気な顔で触ってきたくせに」

「いやいやいやいや、あれも結構抵抗あったんですって。俺、女子に免疫ないんですから」

「ふーん、免疫ついたら触りまくるんだー」

「いやいや早希さん、その誤解、今すぐ解いてほしいんですけど」

「どうだかー」

「それに、沙月さんはどこまでいっても沙月さんなんです。沙月さんがゾンビちゃんでもパンクちゃんでもいい。沙月さんが沙月さんらしくいれるなら、どんな姿でもいいと思います」

「パ……パンクちゃんってお前……」

「あらあら、信也さんったら本当、女の子殺しね」

「いやいや純子さん、殺してない、殺してないですから」

「この格好、結構気に入ってるんだ。それにその……このネックレス」

 そう言って、沙月が恥ずかしそうに胸のネックレスを手に取った。

「これ、シンがこの服に似合うってくれたやつだし……シンがいいなら私、この格好でいたいな」

「いてててててっ、だから早希さん、つねるならもう少し手加減を」

「それでいいかな、シン」

「は、はい。いいと思います」

「嬉しい!」

 そう言って信也に抱き着いた。

「あーっ! ちょっとちょっと沙月さん、何私のに抱き着いてるのよ!」

「おいっ! とうとう物扱いかよっ!」

「これからもよろしくな、シン」


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

校長室のソファの染みを知っていますか?

フルーツパフェ
大衆娯楽
校長室ならば必ず置かれている黒いソファ。 しかしそれが何のために置かれているのか、考えたことはあるだろうか。 座面にこびりついた幾つもの染みが、その真実を物語る

小学生最後の夏休みに近所に住む2つ上のお姉さんとお風呂に入った話

矢木羽研
青春
「……もしよかったら先輩もご一緒に、どうですか?」 「あら、いいのかしら」 夕食を作りに来てくれた近所のお姉さんを冗談のつもりでお風呂に誘ったら……? 微笑ましくも甘酸っぱい、ひと夏の思い出。 ※性的なシーンはありませんが裸体描写があるのでR15にしています。 ※小説家になろうでも同内容で投稿しています。 ※2022年8月の「第5回ほっこり・じんわり大賞」にエントリーしていました。

JKがいつもしていること

フルーツパフェ
大衆娯楽
平凡な女子高生達の日常を描く日常の叙事詩。 挿絵から御察しの通り、それ以外、言いようがありません。

女子高生は卒業間近の先輩に告白する。全裸で。

矢木羽研
恋愛
図書委員の女子高生(小柄ちっぱい眼鏡)が、卒業間近の先輩男子に告白します。全裸で。 女の子が裸になるだけの話。それ以上の行為はありません。 取って付けたようなバレンタインネタあり。 カクヨムでも同内容で公開しています。

隣の席の女の子がエッチだったのでおっぱい揉んでみたら発情されました

ねんごろ
恋愛
隣の女の子がエッチすぎて、思わず授業中に胸を揉んでしまったら…… という、とんでもないお話を書きました。 ぜひ読んでください。

13歳女子は男友達のためヌードモデルになる

矢木羽研
青春
写真が趣味の男の子への「プレゼント」として、自らを被写体にする女の子の決意。「脱ぐ」までの過程の描写に力を入れました。裸体描写を含むのでR15にしましたが、性的な接触はありません。

同僚くすぐりマッサージ

セナ
大衆娯楽
これは自分の実体験です

男子中学生から女子校生になった僕

大衆娯楽
僕はある日突然、母と姉に強制的に女の子として育てられる事になった。 普通に男の子として過ごしていた主人公がJKで過ごした高校3年間のお話し。 強制女装、女性と性行為、男性と性行為、羞恥、屈辱などが好きな方は是非読んでみてください!

処理中です...