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093 心からの感謝をこめて
しおりを挟む「遅くなっちゃったね」
駅に着いた信也たちが、比翼荘への帰路についていた。
「ああ。でもちゃんと、みんなに報告しとかないとな」
「純子さん、悲しむだろうね……」
「俺……余計なことしたのかな」
「そんなこと……ないと思いますよ……だって沙月ちゃん、あんな幸せそうな顔をして……姿も元に戻って……信也さんに感謝してると思います」
「そう、かな……でも会えないって思うと、やっぱ寂しいな」
「私も。もっと沙月さんとお話ししたかった」
「だな……さ、着いたぞ。二人共、心の準備はいいな」
「うん」
「はい」
「ただいま帰りました」
「あらあら信也さん、おかえりなさい。早希ちゃんも」
「ただいま、純子さん」
「あのその……純子さん、ただいまです」
「あらあら、涼音ちゃんも一緒だったの? この組み合わせはちょっと新鮮ね」
「それでその……俺、純子さんに報告することがありまして」
「報告? 何かしら」
「はい、実はその……沙月さんなんですけど」
「私が何だって?」
「え……」
顔を上げると、パンク姿の沙月が腕を組んで立っていた。
「沙月……さん……?」
「沙月ちゃん……」
「えええええええええっ!」
「なんだなんだ、三人揃って変なリアクションしやがって。幽霊でも見てるみたいだぞ」
「いやいやいやいや。幽霊だから。沙月さん、幽霊だから……って、そうじゃなくて」
「あはははっ、相変わらずいい突っ込みするな、信也は」
「でもどうして? 沙月ちゃん、成仏したんじゃないの?」
「……なんて言ったらいいのかな、こういう時は」
沙月が頭を掻きながら、照れくさそうに笑った。
「まああれだ。これからもよろしくってことで」
「そんな適当な……」
「で」
「早希。姉ちゃんの口癖、完全にマスターしたよな」
「ありがと」
「うーん、これは褒めてるって言っていいのだろうか」
「そんなことより。沙月さん、どうしてここに?」
「そうだな、それだよな……でもその前に」
沙月が小さく咳払いし、信也たちに向かって正座した。
「信也さん。それから早希さん、涼音さん……この度は本当に、ありがとうございました」
そう言って深々と頭を下げた。
「ちょ……さ、沙月さん?」
「え、やだやだ沙月さん、なんか怖いよ」
「沙月ちゃん、頭を上げて」
「……私、あんなに和くんと話せたの、初めてだったかもしれません……今までずっと、気になってました……私は和くんのこと、本当に好きでした。子供の頃からずっと一緒で、いつも優しく笑ってくれて……幸せでした……
でもあの人、あの通り臆病だから、気を使っていつも自分の気持ちを隠していたと思います。私も和くんに嫌われたくなくて、言いたいことを言えてなかったと思います。
でも今日、信也さんのおかげでお互い、思ってることをぶつけあえたような気がします。ですから今、とても心が軽いです。
信也さん、本当にありがとうございました。赤の他人の私の為に、あんなに真剣になってくれて……嬉しかったです」
「沙月さん……」
信也と早希が顔を見合わせ、嬉しそうに笑った。
そして沙月は静かに顔を上げ、小さく息を吐いた。
口元に意地悪そうな笑みを浮かべて。
「とまあ、かたっくるしい話はこの辺にして……」
そう言うと信也の元に進み、顔を覗き込んだ。
「信也……今度からあんたのこと、シンって呼んでもいいか?」
「え? いやその……そんな風に呼ばれたことがないから、何て言ったらいいか……と言うか沙月さん、顔が近い、近いです」
「そうなんだ、呼ばれたことないんだ……だったら私だけの呼び名だね……ねえシン。私、これからもここにいていいのかな」
「あ、その……勿論じゃないですか。沙月さんにとってここは大切な場所なんです。というか、俺に聞くことじゃないですよね、それ……って、いてててててっ!」
早希が信也の足をつねっていた。
「早希……早希さん? あのね、実はそれ、俺の足なんだ。それでその、そんな風につねられると、痛いと言うかなんと言うか」
「ふーんだ。信也くんてば、また鼻の下こーんなに伸ばして」
「だから伸びてねーって」
「でも沙月ちゃん、どうして戻ってこれたの? 成仏……したんじゃなかったの?」
「それなんだけど、私を包んでた光がぐるぐる回って、気が付いたら元の姿に戻ってて」
「そうだ! 沙月さん、忘れないうちに言っておくね。おめでとうございます!」
「あ、ああ……ありがとうございます、早希さん」
「でもなんか沙月さん、キャラが迷走してるよね」
「うふふふっ。沙月ちゃんも、戸惑ってるみたいなの」
「ちょ……純子さん、勘弁してくださいよ」
「でもでも、その姿で今までの口調って違和感あるよね。それに服も」
「沙月ちゃん、元々お嬢様って感じだったから」
「涼音さんまで」
「やっぱり沙月さん、ゾンビちゃんになって色々苦労してたんだね。口調も頑張って、それらしくしてたんだね。しくしく」
「なっ……早希さん、じゃなくて早希! 人をからかうのもいい加減に」
「あはははっ、やっぱり迷走してる」
「でも沙月ちゃん、あんな所に住んでたんだし、本当にお嬢様だったのかも」
「……涼音さん、勘弁してください」
「でも本当、沙月ちゃん綺麗よね。なんだかね、初めて会った時から私、ずっとそんな気がしてたの」
「純子さんまで……」
「元の姿に戻れたんだし、もうその格好もやめたら?」
「シンは……どう思う?」
「え」
「シンはどっちがいい? パンクな私と可愛い私。シンがいいって思う方にするから」
「ちょ……だから沙月さん、顔、顔が近い」
「なんだよ、ふふっ……ゾンビの時は平気な顔で触ってきたくせに」
「いやいやいやいや、あれも結構抵抗あったんですって。俺、女子に免疫ないんですから」
「ふーん、免疫ついたら触りまくるんだー」
「いやいや早希さん、その誤解、今すぐ解いてほしいんですけど」
「どうだかー」
「それに、沙月さんはどこまでいっても沙月さんなんです。沙月さんがゾンビちゃんでもパンクちゃんでもいい。沙月さんが沙月さんらしくいれるなら、どんな姿でもいいと思います」
「パ……パンクちゃんってお前……」
「あらあら、信也さんったら本当、女の子殺しね」
「いやいや純子さん、殺してない、殺してないですから」
「この格好、結構気に入ってるんだ。それにその……このネックレス」
そう言って、沙月が恥ずかしそうに胸のネックレスを手に取った。
「これ、シンがこの服に似合うってくれたやつだし……シンがいいなら私、この格好でいたいな」
「いてててててっ、だから早希さん、つねるならもう少し手加減を」
「それでいいかな、シン」
「は、はい。いいと思います」
「嬉しい!」
そう言って信也に抱き着いた。
「あーっ! ちょっとちょっと沙月さん、何私のに抱き着いてるのよ!」
「おいっ! とうとう物扱いかよっ!」
「これからもよろしくな、シン」
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