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082 プレゼント
しおりを挟む「純子さーん、たっだいまーっ」
「どうも、こんにちは」
「あらあら、いらっしゃい。いつも一緒で、本当に仲がいいわね」
信也はあの日以来、時間があれば比翼荘を訪れるようになっていた。
ここには何といっても、早希の仲間たちがいる。
自分とあやめにしか見えなかった早希に出来た、大切な仲間たち。
彼女たちは、同じ境遇である早希を迎えてくれた恩人だ。
しかし彼女たちもまた、想い人以外には存在を認められない孤独な存在なのだ。
自分にしか出来ないことがあるはずだ。少しでも彼女たちの力になりたい。信也がそう考えるようになるのに、時間はかからなかった。
「あはっ、こんにちはお兄ちゃん。今日も来てくれたんですね」
「こんにちは、由香里ちゃん」
「由香里ちゃん、私には?」
「お姉ちゃんには、おかえりなさいです」
「はい、ただいま。ふふっ」
「今日はお土産を持ってきたんだ」
「お土産ですか?」
「うん、ボーナスが入ったんで」
「え、なになに?」
「ふふふのふ、驚くんじゃないわよ由香里ちゃん」
「そう言われると、ちょっと身構えちゃいますね」
「身構えなくても大丈夫だよ。気に入ってくれるといいんだけど」
そう言って信也が袋から箱を取り出した。
「純子さん、このテレビって使えるんですよね」
「テレビ? ええ、みんなよく観てるけど」
「じゃあちょっとお借りしますね」
信也が中身を取り出すと、早希から手渡されるコードをテレビに接続していく。
「お兄ちゃん、これって」
「ブルーレイのレコーダーだよ」
「ブルーレイ?」
「由香里ちゃんが元気だった頃にはなかったかな。ビデオは分かるよね」
「はい。カセットテープですよね」
「そうそう。それが今は、こんな円盤になってるんだ」
信也がディスクを取り出すと、由香里は興味深々な顔で覗き込んできた。
「綺麗ですね」
「中の映像も綺麗だよ」
そう言ってディスクを挿入すると、モニターに映像が映し出された。
「……」
穏やかな音楽と共に映し出された景色。
由香里が息を飲んだ。
「これって……」
「世界遺産。行ったところもあると思うけど、早希の話を聞いて、これを見せてあげたいって思ったんだ」
「私……ここ、行ったことあります……」
由香里が食い入るようにモニターを見つめる。
南米ペルーの世界遺産、空中都市のマチュ・ピチュ遺跡だった。
「綺麗だな、やっぱり……」
モニターを見つめる由香里の横顔に、信也と早希がハイタッチして微笑んだ。
「あらあら由香里ちゃん。なんだかすごいプレゼント、もらっちゃったわね」
「あっ! そうでしたお兄ちゃん、ありがとうございます! ついつい見惚れちゃって……でもこんなすごいもの、もらっていいんですか」
「いいよこれぐらい。いつも早希がお世話になってるんだから」
「そうそう。なんたって由香里ちゃんは妹なんだし」
「お兄ちゃん……お姉ちゃん……」
由香里が目を潤ませる。
「今ほど体が欲しいって思ったことはないです……体があったら私、お兄ちゃんとお姉ちゃんに抱き着けたのに……」
「私はいいけど、信也くんには駄目だよ」
そう言って微笑み、早希は由香里の体を両手で包み込んだ。
「お姉ちゃん……」
「世界遺産の全集、ゆっくり見ていってね。そしていつか、私も連れてってね」
「うん……お姉ちゃん、ありがとう……」
「あんた、また来てたのかよ」
部屋の入り口で、沙月が腕を組んで立っていた。
「他にすることはないのかよ。どんだけ暇なんだ」
「ははっ、どうも」
「早希さん、それに信也さん。こんにちは」
「こんにちは涼音さん。えーっと、沙月さんの隣にいるんですよね」
「はい、そうです……ごめんなさい、いつも見えなくて」
「いやいやいやいや、そんな返しはいりませんから。大丈夫、涼音さんとこうして話してて、なんとなくですけど分かって来てますから」
「あ……ありがとうございます」
「で? それは何だ。レコーダーか?」
「由香里ちゃんへのプレゼントだそうよ」
「ちっ、相変わらず余計なことを……大体そんなもんやっても、由佳里には触れないだろ。どうやって操作するんだよ」
「それはほら、沙月さんに」
「なんでだよ。持ってきたお前らが責任持てよ」
「そうなったら俺たち、ここに住むことになるんですが」
「……」
「沙月さん?」
「……いたらやってやるよ」
「ありがとうございます。あと涼音さん、これなんですけど」
「え……私にもですか」
「涼音さん、前に早希と話してましたでしょ。クラッシックが好きだって。だからこれ」
CDプレイヤーとクラッシックの全集だった。
「もしよければ、お暇な時にでも聞いてみてください」
「嬉しい……今まで聞きたくても聞けなかったから……」
「これも操作は沙月さんに」
「分かったよ……ったく、手間ばっかり増やしやがって」
「ごめんね、沙月ちゃん……」
「あ、いや、今のは涼音さんに言ったんじゃなくて」
「あはっ。沙月さんが涼音さんをいじめてますです」
「うっせえ由香里、シメるぞ」
「はいはいそこまで。喧嘩しないで仲良くね」
「純子さん。よければこれ、使ってもらえませんか」
「私に?」
「はい。純子さんには特にお世話になってますから」
差し出された木箱を開けると、中には深みのある暗緑色の湯飲みが入っていた。
「……」
「先週、滋賀県の信楽で買ったものなんです。一目見て、純子さんにぴったりだと思ったので」
「これを私に……」
「はい。気に入っていただければ嬉しいんですが」
「……ふぅっ……」
純子が小さく息を吐く。
「プレゼントなんて久しぶり。でも……こんなに嬉しいだなんて忘れてたわ。信也さん、ありがとうございます。大切に使わせてもらいますね」
「いつも嫁が世話になってますので」
純子が湯飲みを胸に、幸せそうに微笑んだ。
「嬉しい……ありがとう……」
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