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080 信也無双

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「早希ちゃん。それに信也さん……色々と聞きたいことがあります。今の状況について」

 居間に通された信也が、純子の正面に座っていた。

「あ、いや純子さん、早希を責めないでやってください。俺もその……ここに来てみたいって、ずっと思ってましたので」

「……そ、そうですよね、ごめんなさい……」

 信也の言葉に動揺を隠せず、純子が慌てて頭を下げる。そんな純子に早希が突っ込みを入れた。

「……純子さんひょっとして、まだテンパってます?」

「な……なんのことかしら」

「さっきの絶叫で、純子さんのイメージがだいぶ変わっちゃいましたし」

「あはっ。確かにあれはすごかったですね」

「由香里ちゃん」

「はいいっ!」

「ちょっとだけ静かにね、うふふふっ」

「純子さん、怒ったら怖いらしいよ」

「そうなのか。気をつけよう」

「コホンッ……それで早希ちゃん。信也さんには私たちが見えるのね」

「はい。でも、私に触れてないと駄目みたいで」

「なるほど。だから膝の上に座ってる訳ね」

 そう言って、信也にしがみついている早希に溜息をついた。

「いやいや純子さん、さらっと流さないでくださいって。早希も、そんなにくっつかなくてもいいだろ。人前なのに恥ずかしい」

「こうしてないと信也くん、純子さんばっか見てそうだし」

「何でだよ」

「目の前で浮気されたらたまりませんから。ここには女子しかいない訳だし」

「信也さん」

「は、はい」

「……信也さんには私、どう見えてるのかしら」

「純子さんは……さらさらで、でも艶のある綺麗な黒髪で……目はぱっちりとして大きくて、小さな唇は桜貝みたいで……すごく綺麗な方だと思います」

「あれあれー? 純子さん、赤くなってませんかー?」

「そ……そんなこと……」

「いてててててっ……早希、つねるなよ」

「つねるわよ。夫が目の前で他の人を口説いてるのに」

「なんでだよ。見たままを伝えただけだろ」

「そうなんだけど……そうなんだけど! なんか嫌なの!」

「コホンッ。信也さんに私たちが見えてるのは分かりました」

「純子さん……やっぱり変です……」

「涼音ちゃんまで……冷静に言わないでくれるかしら」

「……おい」

 壁を背に座っている沙月が、うつむき加減で口を開いた。

「早希の旦那さんよ。あんた、なんで私たちが見えるんだ」

「そう言われましても……俺にもよく分かってないんです」

「沙月ちゃん。私が思うには、なんだけど……」

 涼音が説明した。




「絆ね……」

「純子さんはどう思います?」

「霊感なしで見える人なんていなかったからね、正直よく分からないわ。信也さん、本当に霊感とかお持ちでないんですよね」

「はい。現に早希が生きていた時、俺に純子さんの姿は見えませんでしたから」

「じゃあやっぱり、涼音ちゃんの言う通りなのかもしれないわね。と言うか、それ以外に説明がつかないもの」

「あのあの、初めましてです信也さん。私、お姉ちゃんの妹の由香里です」

「ああ、早希から話は聞いてるよ。こちらこそ初めまして。早希と仲良くしてくれてありがとね」

「あはっ。信也さん、お姉ちゃんが言ってた通り優しい人です。ねえねえお姉ちゃん、私、信也さんの妹にもなりたいです」

「それは駄目」

「えー、なんでですかー」

「妹は既にいますから。それも最強クラスのとんでもないのが……これ以上増えてたまるものですか」

「妹は何人いてもいいじゃないですか」

「その言葉まで一緒……とにかく駄目ったら駄目。ただでさえ信也くんには、妹属性の疑いがあるんだから」

「あのぉ早希さん? ひょっとしてあの誤解、まだ解けてないんでしょうか」

「当たり前でしょ。いっつもいっつも、あやめちゃんの前でこーんなに鼻の下伸ばしてるんだから」

「だから伸びてないって」

「あのさあ、あんた」

 再び沙月が口を開いた。

「さっきからあんた、何普通に話してるんだ? この状況、何当たり前に受け入れてんだよ。分かってるのか? 私らは死人なんだぞ」

「死人って言い方は好きじゃないけど……でも沙月さん、俺にはあなたたちが見えて、こうして話も出来ている。悩むことなんてないでしょう」

「なんでだよ」

「沙月ちゃん、あのその……信也さんはね、見た物は信じるらしいの」

「ちっ、なんだそりゃ」

「いやいやいやいや、そこで舌打ちって変でしょ。俺はそういう性格、仕方ないじゃないですか。それに沙月さん、あなた早希と同い年なんですってね。駄目ですよ、若い娘が舌打ちなんかしちゃ」

「なっ……」

「それに足。そうやって広げて座るのもやめてもらえませんか。俺、一応男なんで、目のやり場に困ります」

 沙月が赤面し、慌てて足を閉じた。

「お、お前なぁ……何偉そうに説教たれてんだよ」

「うふふっ、沙月ちゃんが恥ずかしがってる。珍しいわね」

「ですよね、私も初めて見ますです」

「うっせーぞ由香里、後でシメるぞっ!」

「なんか沙月ちゃん、色々変になってる……」

「涼音さんまで、勘弁してくださいよ……それであんた」

「信也です。そう呼んでもらえますか。あんたってのはちょっと」

「ちっ……おい信也、お前に聞きたいことがあるんだよ」

「何でしょう」

「さっきの話だよ。お前、私の腕をつかんで言ったよな。これ以上何かするなら許さないって。どうするつもりだったんだよ」

「ああ、あれですか。勿論、いつも早希にしてるのと同じ、躾です」

「なっ……」

 信也の言葉に比翼たちがざわめく。

「躾って……お姉ちゃん、いつもお兄ちゃんに何をされてるんですか」

「信也さん……私、信也さんのこと、誤解してたんですか……」

「あらあら早希ちゃん、本当なの?」

「……」

 早希がうつむき、畳に『の』の字を書きながらつぶやく。

「そうなんです、みなさん……実は私、いつも信也くんに教育されてるんです……おいたをした時に必ず……」

「て……てめえ! 女になんてことしやがるんだ!」

「いや、沙月さん。それにみなさんも……俺には俺のやり方があるんです。これは夫婦の問題、口は出さないでほしいです」

「純子さん……!」

 早希が純子の胸に飛び込んだ。

「昨日も、昨日もだったんです……信也くん、あやめちゃんにデレデレしっぱなしだったから、あやめちゃんが帰った後で言ったんです。他の女に言い寄られて、喜ばないでほしいって」

「いやいやいやいや、捏造してんじゃねーよ。ハリセンで俺のことボコってただけだろうが」

「それで夜になって……さっきはよくも口答えしたな、お仕置きだって言って……」

「何を……されたの……?」

 全員が固唾を飲んで、早希の言葉を待った。

「……くすぐられたんです」

「……」

「信也くん、私が泣くまでくすぐるんです……いくら謝っても駄目で……そんな躾が、いつもいつも繰り返されてて……」

「……え? え?」

「信也さん、今の話は」

「本当です。泣くまでくすぐってます」

「お、おまっ……なんだそりゃ」

「だからもし、あれ以上早希に乱暴してたら……沙月さんをくすぐるつもりでした」

「あ……あははっ……」

「なんとまぁ……」

 皆が信也を遠い目で見つめる。この人、本気で言ってると。
 沙月は顔を真っ赤にし、両手で胸を隠して身構えた。

「ふ、ふざけるなっ! 私にそんなことしてみろ、ただじゃ済まないからなっ!」

「駄目よ沙月さん。信也くんが本気モードに入ったら、そんな言葉じゃ絶対に勝てないから。それに信也くんのくすぐり方、プロだから」

「そ、そうなのね……うふふふっ」

 流石の純子も、顔を引きつらせて苦笑する。

「だから沙月さんも」

 信也は沙月の元に行くと、静かにひざまずいた。

「や……やめろ、近付くなっ! 何しようってんだお前っ!」

 信也がゆっくり手を上げると、沙月は「ひっ」と声を漏らし、目をつむった。

「……」

 頭に温かい感触が伝わる。
 恐る恐る目を開けると、信也が沙月の頭を撫でていた。

「沙月さんは女の子なんです。女性蔑視と言われるかもしれないけど、女の子にはいつも優しく笑っててほしい。乱暴な言葉も使ってほしくないです」

「え……」

 久しぶりに感じるぬくもりに、沙月が呆然と信也を見上げる。
 信也は優しく微笑み、沙月を見つめていた。

「沙月さん。これからも早希のこと、よろしくお願いしますね」

 その言葉に反射的に、

「は……はい……」

 沙月がそう言ってうなずいた。
 その光景に、早希も純子も嬉しそうに微笑んだ。


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