上 下
24 / 134

024 雨がやんで

しおりを挟む


「信也くんがよく言ってます。人を信じれば裏切られる。だから俺は人を好きにならないって」

「似たようなことは、私も聞いたことがあるね」

「でもそれって、生きることの放棄じゃないですか。私は信也くんに、そんな生き方をしてほしくないんです」

「ありがと。いい子だね、早希ちゃんは」

「お父さんのこと、学校での無視、秋葉さん」

「カイもだね」

「そうですね、カイちゃんも……」

「あれにはかなり参ってたよ。死んだら二度と触れ合えないってことを、改めて理解した瞬間だったから。
 裏切られるのも確かに辛い。でもその人が生きていれば、恨むことが出来る。ひょっとしたら、仲直りする時が来るかもしれない。でも、死んでしまえば何も出来ない。完全な別れ。そのことをあいつ、どん底の時に味わってしまったんだ」

「死ぬことも裏切りだって、信也くん言ってました」

「あいつらしいね。それとね、それにはもう一つの理由があるんだ」

「まだあるんですか」

「うちの旦那。結婚してすぐに、癌で死んだんだ」

「え……」

「裕司って言うんだけど、信也も結構懐いてたんだ。でもあいつ、自分のせいで私たちの結婚が延期になったって、ずっと引け目に感じてた。そんな信也に裕司は、何も気にしなくていい、楽しみが延びるのは、楽しみをもっと大きくするチャンスだから、そう言ってね。その言葉に泣いてたよ。
 勇太が生まれて一年ぐらいで死んだんだけど、信也、私より泣いてた。それが多分、あいつにとっての決定打になったんだと思う」

「……」

「それから私は実家に戻って、母ちゃんと暮らしてる訳なんだけど……その頃からまた秋葉と会うようになった。私から声をかけた。
 最初は渋ってたけど、私の押しにあの子が勝てる訳もないからね、今じゃよく遊びに来てる。一緒に飲む酒はうまい」

「信也くんとは」

「あれから何年も経ってるからね、初めて会った時は動揺してたけど、私の家に呼んでる訳だし、あいつにとやかく言われる筋合いはない。それにあいつも、私と秋葉が仲良くしてるのは嬉しいみたいだし。
 ちょっとした会話ぐらいなら出来るようになってる。ぎこちないけど」

「あの時の話を、二人はしてないんですか」

「多分ね。見てたら分かる。二人共その話題にならないよう、かなり意識してるみたいだから。今の関係を壊さないよう、頑張ってるって感じかな」

 早希の中で、抜けていたピースがひとつずつ埋まっていく。まだ足りないものはある。でも、早希にとっては大きな収穫だった。
 そして何より、話を聞いた今、信也のことをもっと好きになっている自分が嬉しかった。

「早希ちゃん」

「はい」

「信也のこと、好き?」

「はいっ!」

 そう言って笑う瞳に迷いはなかった。それを見て知美も、嬉しそうに笑った。

「とまあ、早希ちゃんの手助けはここまでかな。何と言っても、私は秋葉の親友だから。これ以上は不公平になる」

「と言うことは秋葉さんも、まだ信也くんのことを」

「好きだね、間違いなく」

「そうなんだ……」

「信也もね」

「……それは腹が立ちますけど」

「つまりこういうこと。過去に蓋をして現状維持に努めていた幼馴染二人の元に、突如現れた巨大ハリケーン。それが早希ちゃんだ」

「私って災害なんですか」

「いやいや、雨降って地固まる、そういうのもいいんじゃない? それに恋は勝つか負けるか。相手のことばっかり考えてたら、絶対に勝てないよ。信也のことが好きなら行動あるのみ……って、またアドバイスをしてしまった」

「いただきました」

 早希が大袈裟に頭を下げた。

「一度うちにおいでよ。歓迎するよ」

「いいんですか?」

「モチのロン。早希ちゃんも今日から、私の妹にしてあげよう」

 そう言って早希の頭を景気よく撫でた。
 早希もまた、姉がいればこんな感じなんだろうか。温かいな。そう思い嬉しそうに笑った。

「ただいま」

 ようやく信也が帰ってきた。
 手には知美ご指名の、駅前喫茶店のオリジナルケーキを持っていた。

「待ちかねたぞ弟よ」

「雨、やんだよ」

「何? しまった、もう少し粘るべきだったか」

 早希はもう一度コーヒーを淹れようと、台所に立った。その耳元で、

「大丈夫だったか?」

 信也が囁いた。早希は信也に顔を近付け、

「やっぱり私、信也くんを好きになってよかった」

 そう言った。知美に聞こえるように。

「ちょ、早希、声がでかい」

「何言ってるのよ。男だったら、さっさと答え出してあげなよ」

「いや……姉ちゃん、何話したんだよ」

「別にー。ただの女子会だよ、ねー早希ちゃん」

「そうでーす」

 そう言って笑う二人に、信也は観念した顔で大きくため息をついた。




「んじゃまたね。明日も遅刻すんなよ」

「姉ちゃん、早希のこと頼んだよ」

「まかしとけ。ちゃんと送ってくから」

「やっぱり心配だから、俺も駅まで」

「駄目ですー、二人で色々、あるんですー」

「ったく……早希、忘れ物ないか」

「うん。帰りがこんなに身軽だと、楽でいいね。来た時はすごい荷物だったけど」

「無茶しすぎだよ、あれは」

「もし忘れ物があったら、明日会社に持ってきてね」

「分かったよ。気をつけてな」

「うーっ、帰る前にトイレトイレ」

 と、知美がトイレに駆け込んでいった。

「本当ありがとな。楽しかったよ」

「私も楽しかった。約束、忘れないでね」

「約束?」

「次のデートは、信也くんのおごりだから」

「ああそれか。いつにするか、また連絡くれるか」

「うん。今日も色んな信也くんを発見出来て、本当によかった。こんな幸せでいいのかなってぐらい、幸せかも」

「はいはい、いい雰囲気の所をお邪魔虫が通りますよ」

 と、トイレから出た知美が割って入り、流しで手を洗おうとした。

「……」

 知美の目に、流し台に置かれている、可愛いコップに仲良く並ぶ二本の歯ブラシが映った。

「……これは何かな」

「え? あ、いや、これは……」

「このエロ眼鏡! 結局あんたら、同棲してるんかいっ!」

「いやいやいやいや、これは昨日買ったばかりで」

「これ見て何を信じろってんだよ! このエロ猿っ!」

 知美の愛情たっぷりの、強烈なエルボーが信也の顎に炸裂した。


しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

あなたが幸せならそれでいいのです

風見ゆうみ
恋愛
流行り病にかかった夫の病気を治すには『神聖な森』と呼ばれている場所にしか生えていない薬草が必要でした。 薬草を採ってきたことで夫の病気は治り、今まで通りの生活に戻るはずだったのに、夫に密かに思いを寄せていた私の親友が、自分が採ってきたと嘘をつき、夫もそれを信じてしまったのです。 わたしが採ってきたと訴えても、親友が採ってきたと周りは口を揃えるため、夫はわたしではなく、親友の意見を信じてしまう。 離婚を言い渡され、追い出された私は、実家に帰ることもできず、住み込みで働ける場所を探すことにしました。 職業斡旋所に行ったわたしは、辺境伯家のメイドを募集している張り紙を見つけ、面接後、そこで働けることに。 社交場に姿を現さないため『熊のような大男』(実物は違いました!)と噂されていた辺境伯の家での暮らしになれてきた頃、元夫の病気が再発して―― ※独特の世界観であり設定はゆるめです。

花火と初恋と転生の約束⭐︎公爵夫人は花火師と恋をする

Y.Itoda
恋愛
前世で病床に伏していた主人公は、愛する人との再会を夢見ながら命を終えた。気がつけば異世界で公爵夫人として生まれ変わり、前世の分まで愛を注ごうと決意する。 しかし、 婚約者のアレクサンダーは初恋の相手に未練を抱き、彼の心を掴むのは一筋縄ではいかない。主人公は彼の心をつかもうと奮闘するが、数々のハプニングと困難に直面する。 そんな中、田舎の花火大会で出会った花火師のリアムと共に予期せぬ事件を乗り越え、彼との深い絆を育んでいく。最終的に、幻想的な夜空に咲く花火を見上げながら、過去と現在を笑い合い、心からの幸せを手に入れる新たな人生の一歩を踏み出す。

夫が妹に狙われています

杉本凪咲
恋愛
私と違って美人な妹は、すぐに周りから溺愛された。 初恋の人は奪われ、挙句の果てには私の夫を狙うような発言もする始末。 穏やかな結婚生活はまだ先のようです。

【完結】旦那様、お飾りですか?

紫崎 藍華
恋愛
結婚し新たな生活に期待を抱いていた妻のコリーナに夫のレックスは告げた。 社交の場では立派な妻であるように、と。 そして家庭では大切にするつもりはないことも。 幸せな家庭を夢見ていたコリーナの希望は打ち砕かれた。 そしてお飾りの妻として立派に振る舞う生活が始まった。

幼馴染と婚約しましたが、彼は別の女性が好みのようです。

ララ
恋愛
幼馴染と婚約したのも束の間、彼へ近づく女性の影が。挙句の果てに幼馴染は彼女のことを好きになったようで、私に婚約破棄を告げる。

彼女のことは許さない

まるまる⭐️
恋愛
 「彼女のことは許さない」 それが義父様が遺した最期の言葉でした…。  トラマール侯爵家の寄り子貴族であるガーネット伯爵家の令嬢アリエルは、投資の失敗で多額の負債を負い没落寸前の侯爵家に嫁いだ。両親からは反対されたが、アリエルは初恋の人である侯爵家嫡男ウィリアムが自分を選んでくれた事が嬉しかったのだ。だがウィリアムは手広く事業を展開する伯爵家の財力と、病に伏す義父の世話をする無償の働き手が欲しかっただけだった。侯爵夫人とは名ばかりの日々。それでもアリエルはずっと義父の世話をし、侯爵家の持つ多額の負債を返済する為に奔走した。いつかウィリアムが本当に自分を愛してくれる日が来ると信じて。  それなのに……。  負債を返し終えると、夫はいとも簡単にアリエルを裏切り離縁を迫った。元婚約者バネッサとよりを戻したのだ。  最初は離縁を拒んだアリエルだったが、彼女のお腹に夫の子が宿っていると知った時、侯爵家を去る事を決める…。      

この結婚は間違いじゃない

m
恋愛
「━━別れよう、リディア。 元々、この結婚は間違いだった。なかったことにしよう……。お互いの、いや、私達三人のために。」 リディアの1度目の夫は行方不明、2度目の夫からも離縁されようとしていた。 7年ぶりに行方不明だった夫が帰ってくる ゆる設定世界観です

浮気相手とお幸せに

杉本凪咲
恋愛
「命をかけて君を幸せにすると誓う」そう言った彼は、いとも簡単に浮気をした。しかも、浮気相手を妊娠させ、私に不当な婚約破棄を宣言してくる。悲しみに暮れる私だったが、ある手紙を見つけて……

処理中です...