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006 恋愛相談
しおりを挟む「副長、ちょっといいっすか?」
昼休み。
同じラインの後輩、篠崎徹が信也に声をかけてきた。
「どうした篠崎。何かあったか」
「あ、いえ、トラブルとかじゃないんす。ちょっとその……プライベートなことで、相談したいことがあるんすけど……」
「プライベートってお前……俺に? 俺じゃないだろ普通。他にいくらでも、人生の大先輩がいるのに」
「いえ、その……これはどっちかって言ったら、年が近い方がいいと思うんすけど……駄目っすか?」
いつになく歯切れが悪い篠崎の言葉に、信也が何事かと首をかしげる。
とりあえず、ここではなんだからと外に連れ出した。
「ほれ」
「すんませんっす」
篠崎に缶コーヒーを渡し、煙草に火をつける。
青空の下で吸う煙草は、工場内の喫煙所で吸う何倍もうまく感じた。
「もうすぐここも、撤去っすね」
「だな。そうなったら諦めて喫煙所に行くしかない。でも、青空と芝生を見ながら吸えなくなるのは、ちょっと寂しいな」
「喫煙者には厳しい世の中っすね」
「そんなことより、相談ってなんなんだ?」
「その、実は……恋愛相談なんっす」
「恋愛相談って……はあああっ? なんだお前、好きなやつ出来たのか」
「副長、声でかいっす」
「お、おお、すまんすまん……お前の口からそんな言葉が出たことに、思わず驚いてしまった。そんな相談を俺にしてくることにも驚いた」
「いやいや、どっちにも驚かないでくださいよ」
「だってお前、そんなことで照れるキャラじゃないだろ。いっつも女のこと話してるし、誰それとデートしたとか言ってるし。明らかに俺とは違う世界の住人じゃないか」
「いやいやいやいや、俺ってどんな風に思われてるんすか。そりゃ、副長よりは女と遊びに行ったりしてますけど」
「……辛辣な直球ありがとう」
「でも……今回はちょっと俺、マジでヤバイんす。こんなの初めてで、なんかもう、訳が分かんなくなってて」
「なるほど。結構マジで惚れてしまった、って感じか」
「はい……」
そう言うとそのまま、その場にへたりこんで頭を抱えた。
「なんなんすか、これ……こんな気持ち初めてなんす……」
入社したばかりの後輩のそんな姿に、信也は少しくすぐったい気持ちになった。隣に腰を下ろし、気が付けば篠崎の肩を抱いていた。
「そっか……篠崎に訪れた初めての恋、なんだな」
「そうなんすかね……とにかく、その人を見てるとなんか、こんなの俺じゃないってぐらい狼狽えたり、ちょっと声をかけられただけで、家で悶えてしまったりするんす」
「で、だ。これは恋なんでしょうか、って相談じゃないよな。わざわざ俺に聞くってことは、会社のやつだな」
「……」
「誰だ?」
「……」
「ほれ、言ってみ、言ってみ」
信也がにんまりと笑い、篠崎の肩を揺らす。
「昼休み、終わっちまうぞ」
観念した篠崎が、大きく息を吐く。
「……三島さんっす」
「三島……おおっ! 三島さんか!」
同時期に配属された同僚で、年齢も近い。これは運命かもしれないと信也は思った。
ただ、早希とは週末に会う約束をしている。仕事の相談だとは思うが、篠崎の想い人と個人的に会うのはどうなんだろう。いっそのこと、篠崎に週末を譲ってやった方がいいんじゃないか、そんな考えが巡った。
しかし遅刻続きのフォローのお詫びだと思うと、それは流石に義理を欠いてしまう。
とりあえずそのことは黙っていよう、そう思った。
「三島さんって、今まで付き合ってきたやつらとは全然違うんす。なんて言ったらいいんか……自分より相手って所とか、周囲への気配りが半端ない所とか……あと、地味な服装なのに、それが返ってかわいく見える所とか、元気いっぱいなのに物静かに見える所とか」
「分かる、分かるぞ篠崎。お前が三島さんに惹かれるってのはよく分かる。俺もだてに、4月から一緒に仕事してないからな。て言うか、あの子を好きになったお前に安心したぞ。お前、どっちかって言ったら、派手な女が好きなチャラ男って感じだったからな」
「それって酷くないっすか」
「まあ本音は置いといて」
「冗談の間違いっすよね!」
「はははっ、まあまあ。心配しなくても、お前のことも入社してからずっと見てるんだ、いいやつだってことぐらいは分かってる。それでお前、これからどうしたいんだ? 告白するのか?」
「その相談なんすよ。俺、今まで告られてばっかりだったから、どうしたらいいのか分からなくて」
「なんだお前、告白したことないのか」
「……はいっす」
「お前みたいなリア充、そんなの簡単に出来そうなんだけどな」
篠崎は学生時代にバスケをしていたらしく、身長も180超えで筋肉質、顔も信也と違ってかなりいい。
性格も明るく優しく、ある意味、彼がもてなかったら誰がもてますか? そう言われそうな男前である。
その男前が、男として並以下の信也の前で赤面している。
しかし信也は、そんな後輩をかわいいと思った。
「まあタイミングもあるだろうし、告白をいつにするかは篠崎次第だな」
「副長は経験、ないんすか?」
「なんの?」
「告白」
「ないな」
「マジっすか」
「と言うか、告白どころか、女と付き合ったこともない!」
「いや、そんなことで威張られても」
「まあ俺のことはともかく……俺はお前を応援するぞ。三島さんにもしっかりアピールしといてやる。それとなくな」
「お願いしますっす!」
この日一番の元気な声でそう言い、篠崎が笑顔を向けた。
予鈴がなり、二人が工場に向かう。
ラインに戻りながら信也は、週末の早希と会う時にするであろう、篠崎のいい所アピールを頭の中に巡らせていた。
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