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ペンダントとひとりごと
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煙草とブランデーのおかげで、いい感じに気だるくなってきた。
この感覚は嫌いじゃない。
こうしてると、嫌なことを考えずに済むから。
ブランデーを口の中で転がしながら、帰り際に姉さんと話していたことを思い返した。
「それで? あんたの方はどうなのよ。男は出来たの?」
「男、ね……まあ、付き合ってる人、いない訳じゃないけど」
「はっきりしない言い方ね。何よ、訳あり?」
「訳ありって言えばそうなるのかな。彼、奥さんがいるから」
「何よそれ。あんた、不倫してるの?」
「まあ、そうなるね」
「それで? 相手はいずれ離婚するの?」
「しないんじゃないかな」
「しないって、あんた」
「と言うか、別に望んでないし」
「そうなの?」
「うん。結婚したいとか、家庭を持ちたいとか。そういうの、別にないから」
「あんた……しばらく会わない内に、随分すさんじゃったわね」
「そうかな」
「そうよ」
「私はただ、今必要な人と付き合ってる。それだけだから」
「それって幸せなの?」
「うーん、幸せかって聞かれたら難しいんだけど……私にとって、恋愛はそんな感じってことかな。
会いたい時に連絡する。都合が合えば会う。ご飯を食べて愚痴を言い合って、セックスして寝る」
「そう言いつつ、ほんとは狙ってるんじゃないの?」
「どういうこと?」
「ほら、よくあるじゃない。不倫してて、『私はあなたの家庭を壊すつもりはない。ただこの時、この一瞬、あなたと一緒ならそれでいいの』って人」
「いるね」
「あんたもそんな感じじゃないの? そう言って、相手にプレッシャーかけてさ」
「結構嫌いな言葉かな、それ」
「そうなの?」
「その言葉、相手を縛ってるから。私は物分かりのいい女です、都合のいい女で十分なんです。これで幸せなんですって言って。
そういうのが一番面倒くさいって思う。そうやって、相手の好感度を上げて夢中にさせて。でも時が来たら絶対言うの。『私は都合のいい女だったの?』って」
「あんたはそうじゃないんだ」
「私は今を楽しみたい。それだけだから」
「それでいいんだ」
「母さんはあの家に嫁いで、全てを捧げた。家を守り、私たちを育ててくれた。ほんと、すごいよ。私には出来ない。
そんな母さんに言われたんだ。『あんたはあんたの意思で、自分の幸せを見つけなさい』って」
「……そうなんだ」
「だから私は、今の生き方に満足してる。こんなこと、若い時にしか出来ないのかもしれない。いつか見向きもされなくなって、一人で泣いてるのかもしれない。
でもね、それを決めるのは私なの。例え家庭を持っても、その選択が間違ってないかなんて誰にも分からない。後悔する時だってあるかもしれない。
なら私は、全部自分で決めたい。どうせ後悔するのなら、自分の選択で後悔したいの」
「大人になったね」
「そうかな? ただの我儘だと思うけど」
「まあでも、あんたがそう決めたんだったら、今はそれでいいんじゃない? 自分の人生なんだし、決めたことを変えるのだって自由な訳だし。あ、でも向こうの奥さんにだけは、ばれない様に気をつけるんだよ。不倫の慰謝料って、結構高いらしいし」
「その時はまあ、幸せの後払いってことで諦めるつもり」
「何よそれ、あはははははっ」
「そんなに笑わなくてもいいじゃない」
「ごめんごめん。でも、ふふっ……まあいいわ。落ち着いたら一度、ゆっくり会いましょう。まだまだ話したいこと、いっぱいあるし」
「そうね。私も久しぶりに会えて、嬉しかったよ」
「よし、じゃあまた近い内に」
「分かった。旦那さんと仲良くね」
「了解」
ブランデーを飲み干し、再び煙草に火をつける。
揺れる煙を眺めながら、ロケットペンダントを撫でた。
「……お前ってさ」
「何?」
「ずっと気になってたんだけど、よくひとりごと言ってるよな」
「そうなの?」
「自覚なしか……別に構わないんだけど、何て言うか、気を付けた方がいいと思ってな。その、変なやつって思われるから」
「そうなんだ……全然意識してなかった」
彼にそう言われ、気付いたことがあった。
たった一人の例外、母さんを除いて。
私は誰も信じてなかった。
だから思ったこと、感じたことを、素直に人に話すことが出来なかった。
その反動が「ひとりごと」になってたのかもしれない。
そして今。
母さんはここにいる。
そう思うと、これからはもっと、ひとりごとが多くなりそうな気がした。
でもまあ、それも悪くないか。
私は私であり続ける。それだけだ。
母さんを見て、母さんの人生にノーを突きつけて。
私は私で、好きに生きると決めた。
これからどうなるかなんて分からない。
でも、私の人生に嘘はひとつもない。
全部本物なんだ。
だから母さん。
もう少しだけ、馬鹿な娘の人生、付き合ってね。
この感覚は嫌いじゃない。
こうしてると、嫌なことを考えずに済むから。
ブランデーを口の中で転がしながら、帰り際に姉さんと話していたことを思い返した。
「それで? あんたの方はどうなのよ。男は出来たの?」
「男、ね……まあ、付き合ってる人、いない訳じゃないけど」
「はっきりしない言い方ね。何よ、訳あり?」
「訳ありって言えばそうなるのかな。彼、奥さんがいるから」
「何よそれ。あんた、不倫してるの?」
「まあ、そうなるね」
「それで? 相手はいずれ離婚するの?」
「しないんじゃないかな」
「しないって、あんた」
「と言うか、別に望んでないし」
「そうなの?」
「うん。結婚したいとか、家庭を持ちたいとか。そういうの、別にないから」
「あんた……しばらく会わない内に、随分すさんじゃったわね」
「そうかな」
「そうよ」
「私はただ、今必要な人と付き合ってる。それだけだから」
「それって幸せなの?」
「うーん、幸せかって聞かれたら難しいんだけど……私にとって、恋愛はそんな感じってことかな。
会いたい時に連絡する。都合が合えば会う。ご飯を食べて愚痴を言い合って、セックスして寝る」
「そう言いつつ、ほんとは狙ってるんじゃないの?」
「どういうこと?」
「ほら、よくあるじゃない。不倫してて、『私はあなたの家庭を壊すつもりはない。ただこの時、この一瞬、あなたと一緒ならそれでいいの』って人」
「いるね」
「あんたもそんな感じじゃないの? そう言って、相手にプレッシャーかけてさ」
「結構嫌いな言葉かな、それ」
「そうなの?」
「その言葉、相手を縛ってるから。私は物分かりのいい女です、都合のいい女で十分なんです。これで幸せなんですって言って。
そういうのが一番面倒くさいって思う。そうやって、相手の好感度を上げて夢中にさせて。でも時が来たら絶対言うの。『私は都合のいい女だったの?』って」
「あんたはそうじゃないんだ」
「私は今を楽しみたい。それだけだから」
「それでいいんだ」
「母さんはあの家に嫁いで、全てを捧げた。家を守り、私たちを育ててくれた。ほんと、すごいよ。私には出来ない。
そんな母さんに言われたんだ。『あんたはあんたの意思で、自分の幸せを見つけなさい』って」
「……そうなんだ」
「だから私は、今の生き方に満足してる。こんなこと、若い時にしか出来ないのかもしれない。いつか見向きもされなくなって、一人で泣いてるのかもしれない。
でもね、それを決めるのは私なの。例え家庭を持っても、その選択が間違ってないかなんて誰にも分からない。後悔する時だってあるかもしれない。
なら私は、全部自分で決めたい。どうせ後悔するのなら、自分の選択で後悔したいの」
「大人になったね」
「そうかな? ただの我儘だと思うけど」
「まあでも、あんたがそう決めたんだったら、今はそれでいいんじゃない? 自分の人生なんだし、決めたことを変えるのだって自由な訳だし。あ、でも向こうの奥さんにだけは、ばれない様に気をつけるんだよ。不倫の慰謝料って、結構高いらしいし」
「その時はまあ、幸せの後払いってことで諦めるつもり」
「何よそれ、あはははははっ」
「そんなに笑わなくてもいいじゃない」
「ごめんごめん。でも、ふふっ……まあいいわ。落ち着いたら一度、ゆっくり会いましょう。まだまだ話したいこと、いっぱいあるし」
「そうね。私も久しぶりに会えて、嬉しかったよ」
「よし、じゃあまた近い内に」
「分かった。旦那さんと仲良くね」
「了解」
ブランデーを飲み干し、再び煙草に火をつける。
揺れる煙を眺めながら、ロケットペンダントを撫でた。
「……お前ってさ」
「何?」
「ずっと気になってたんだけど、よくひとりごと言ってるよな」
「そうなの?」
「自覚なしか……別に構わないんだけど、何て言うか、気を付けた方がいいと思ってな。その、変なやつって思われるから」
「そうなんだ……全然意識してなかった」
彼にそう言われ、気付いたことがあった。
たった一人の例外、母さんを除いて。
私は誰も信じてなかった。
だから思ったこと、感じたことを、素直に人に話すことが出来なかった。
その反動が「ひとりごと」になってたのかもしれない。
そして今。
母さんはここにいる。
そう思うと、これからはもっと、ひとりごとが多くなりそうな気がした。
でもまあ、それも悪くないか。
私は私であり続ける。それだけだ。
母さんを見て、母さんの人生にノーを突きつけて。
私は私で、好きに生きると決めた。
これからどうなるかなんて分からない。
でも、私の人生に嘘はひとつもない。
全部本物なんだ。
だから母さん。
もう少しだけ、馬鹿な娘の人生、付き合ってね。
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