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2 まぁ……呆れます事

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「ミュラトール伯爵令息様には、御婚約者がおられたはずですが?」

 この際、私を婚約者だと気付いていない、という事は置いておきましょう。今、その事を言った所で事態がややこしくなるだけな気がしますもの。
 なので、今、私がエリック様に言える事は今この状況が宜しくない、という事を伝える事だけ。
 こんな所で女性を口説いている所なんて見られたら、一気に人々の口に乗って広まってしまいますでしょう? 
 婚約者がいながら堂々と他の女性に秋波を送るだなんて、とんだ醜聞。
 それを諫めるつもりでお声を掛けたのに……

「私の事をご存知なのですか! ああ、何て事だ。貴女の中に私という存在が既にあったなんて……これ程嬉しい事はない。婚約者の事ならご心配には及びませんよ。所詮は愛の無い政略結婚。あちらはどう思っているかは知りませんがね、私にはあんな地味で根暗な女なんて、これっぽっちも気に掛けていませんよ」

 へ~……地味で根暗、そう思っておいででしたの……
 でもそれって、エリック様が私に「淑女たる者はこう在れ」と、ありがたーい教えを強要されたからではございませんこと?

「いつも堅苦しく首まで詰めた地味な色のドレスを着て、華やかさの欠片も無い。それに比べて、貴女の今日の装いはなんと華美な。特に胸元に輝く大ぶりのトパーズ。貴女自身の魅力を際立たせるに相応しい品だ。願わくば、次の夜会には貴女を輝かせるドレスと宝石を私が送る栄誉を賜りたい」

 堅苦しくて地味なドレス、ねぇ……
 それはエリック様が「服装は華美な色ではなく、装飾の無い物。かつ、肌の露出の無い物を」と仰ったからじゃございませんか。
 しかも、エリック様から送られてくるドレスがまさしく、堅苦しく首まで詰めた地味な色のドレスで、私嫌々ながらもエリック様の顔を立てる為に着ていたと言うのに。
 言うに事欠いて……ねぇ?

「それに、この月光の様な美しい白銀の髪。こんなにも繊細で触れると溶けてしまいそうだ。あの女の髪と比べるとまさに月とスッポン。あの女の髪なんて真っ白で艶も何も無い。しかも、いつも髪をひっ詰めて、まるで老婆のようだ」

 老婆……老婆。へぇ……
 それも、エリック様が「髪は常に一つに結い上げ、乱れる事の無い様に」との事でしたから従ったまでですのに。
 乱れぬようにクリームを塗って固めていましたので、そりゃあ艶も繊細さもありませんわよ。
 うら若き乙女が、どうして好き好んであのような髪形にしますか。

「しかも化粧の一つも覚えないで……信じられますか? 年頃の娘が婚約者に会うのに化粧もしないのですよ? 社交界に行くのもすっぴんで……はぁ、私がどれだけ恥ずかしかったか……私だって鬼では無い。貴女ほど美しくなれ、などと無茶を言うつもりは無いのに。貴女なら、化粧など無くとも美しさが損なわれる事は無いのでしょうけどね」

 あれでも一応、しておりましたけどもね。
 エリック様が「化粧は控えめに。ファンデーションと口紅までに抑える様に」と言われるので、その様にしておりましたのに、信じられない、恥ずかしい、だなんて。
 私の方が信じられないですし恥ずかしいですわ。

「いつもいつも黙って私の後ろを付いてくるだけ。茶の席を一緒にしても私ばかりが気を遣って喋って、あの女は気の利いた事一つ言えやしない。あの沈黙の続く茶会がどれだけ苦痛だったか。貴女となら、無言の茶会も苦にならないのに。いや、むしろ言葉なんて必要ない。貴女がそこにいてくれるだけで、それだけで王宮主催の茶会も眩むほど素晴らしいものとなるでしょう」

 私も苦痛でしたわ。
 「常に男性をたて、控えめに慎ましやかにしている事」なんて仰られて、私が喋ろうものなら不愉快だって顔をされるから黙っていただけじゃございませんか。特に、政治、経済、国際の話を女がするなんて生意気だ! って激昂されたのはどなたでしたかしら?
 それをまぁ……呆れます事。
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