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29 僕の幸せなそれから
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日差しもすっかり夏らしくなり、庭の芝生も青々と茂っている。その中を白いモコモコの毛に覆われた子羊が三匹、我が物顔で飛び跳ねている。
僕は、それを膨らみ始めたお腹を擦りながら眺めていた。
子羊なんて生まれて初めて見たけど、イサーク様から聞いていた通り、いや、それ以上に可愛らしい。イサーク様が可愛らし過ぎで追い出せない、と言っていたのも納得だ。
出来るなら子羊達の側に行って抱っこしたり、一緒に戯れたりしたい。だけど、子羊と言っても蹴る力は強い、万が一お腹を蹴られでもしたら……なんてイサーク様に言われたら、側に行きたくても行けなくなってしまった。
だから、いつも涼しいガゼボに座って眺めているだけ。だけど、それもお腹の子供の為だと思うと我慢する事すら幸せに感じる。
あまり太陽の光に強くない僕の肌を心配したイサーク様が用意してくれた大判のストールをしっかりと肩から羽織り直す。妊娠中は適度な運動も必要だと言われたし、今日は庭の中を少し歩いてから屋敷の中に戻ろうかな。
「少し歩こうかと思うんですが、良いですか?」
「はい、勿論でございますよ。さ、お手を失礼いたします」
僕に付いてくれている使用人に聞くと快く承諾してくれたので、手を借りて立ち上がる。一度、イサーク様の前で立ち上がった時に眩暈を起こしてから、必ず誰かの手を借りて立ち上がる様に言われている。
そして、イサーク様が用意してくれた大きな日傘を使用人がさしてくれ、ゆっくり歩き出す。
こうやって考えるとイサーク様は心配し過ぎでは無いだろうか。
「ここにいたか。ウォレン」
「え!? イサーク様?」
イサーク様って心配性だよなぁ、なんて考えていた時に急にイサーク様が現れびっくりする。別に悪い事を考えていた訳では無いんだけれど、ちょっと疚しい気持ちになってドギマギしてしまう。
「ど、どうしたのですか? 今日は農場の方に行かれたんじゃ……」
「うん、そう。そこで、この子達を貰いに行って来たんだ」
この子達? そう言えばイサーク様は大きな籠を両手に抱えているけど、それの事だろうか?
その、僕ですら易々入ってしまいそうな大きな籠を優しくその場に降ろすと、イサーク様は僕を手招きする。
疑問に思いながらも誘われるままに側に寄り籠を見ると、イサーク様が籠の蓋を開けた。
「ほら」
「!!! 子犬!? え、可愛い!!」
籠の中には白に黒の模様が入った子犬が一、二、三……五匹もいて、蓋が開いた瞬間一斉に外に飛び出して来た。
「わ! わ!! え!? わああ!」
足元で元気に転げ回る子犬達にどうすれば良いのか分からずオロオロする僕を見てイサーク様が笑う。
「あははは、元気だろう。前に牧羊犬を飼おうかと思っていると話したのは覚えている? 子犬を貰い受けようと思っていた農場から最近やっと乳離れしたと連絡が来てね。だからウォレンに選んでもらおうと思って連れ帰って来たんだ」
「え!? 僕が選んで良いんですか?」
それって、かなり責任重大じゃないか?
子供の頃に拾った子犬達は、両親とジョセリンに薄汚い野良犬なんて飼うもんじゃない、と反対されて飼えなかったのだ。
四匹とも綺麗に洗ってリボンまで首に巻いて可愛らしくしたのに、野良だから駄目だと。どうしても犬が欲しいのなら血統書が付いた由緒正しい犬を飼ってやる、とまで言われ、僕は諦めた。
唯一、兄様だけが一緒に犬を洗うのを手伝ってくれて、首に巻くリボンを用意してくれたんだっけ。
結局、犬達は飼っても良い、と言ってくれた使用人達に貰われて行き、僕は犬を飼えず仕舞いだ。
そんな僕が選んでしまって本当に良いんだろうか。
「何だったら五匹全部だっていいんだよ?」
「いや、流石にそれは……」
足元を走り回る子犬を眺め、うんうん悩む僕に助け船を出してくれたのだろうけど、極端過ぎる。
「ふふふ、ウォレンが気に入った子だったら何匹だって良いよ? ほら、抱っこしてみる?」
「ええええ、ちょ……」
イサーク様に促され一匹の子犬を渡される。その小さな温かさがお腹の中の子供にも重なって、愛おしさが溢れて来る。
「ああ、可愛い……ちっちゃい」
腕の中で尻尾を振って僕を見上げて来る子犬を堪らず可愛い可愛い、と撫でていると、ス……と日影がさした。見上げると、僕の側に寄り添うイサーク様の優しい眼差しと目が合った。
もしかして、ご自分の体で日影を作ってくれた?
そんなイサーク様の、何気ない日々の中に溢れる優しさの数々に、胸が苦しくて破裂してしまうんじゃないだろうか、というくらいの幸せが込み上げて来る。
「イサーク様、ありがとうございます」
「ん?」
「僕が、あの家から出る事が出来たのも、子供を授かる事が出来たのも、あの……恋を、知る事が出来たのも、全部イサーク様のおかげです。僕、イサーク様の番になれて、今凄く幸せです」
「ウォレン……」
何故今、と思われるかも知れないけれど急に伝えたくなったのだ。むしろ、今まで言わなかった事の方が不義理だったと反省する。
「イサーク様って、まるで魔法使いのようですよね」
「魔法使い?」
「だって、イサーク様が言った事って全部本当になるから……まさか、番の縛りを断ち切れるなんて僕思っていませんでしたし、妊娠だって、絶対無理だと思っていたから。それをイサーク様は絶対に何とかしてみせるって、無理じゃないって仰って下さって……そんな、夢の様な事を全て叶えてしまうイサーク様って、僕にとって魔法使いみたいなんです」
言ってから、感謝を伝えるにしては子供っぽい表現だった事に気が付いて、凄く恥ずかしくなってくる。
なんだよ、魔法使いって。これから親になるっていうのに、こんな事じゃイサーク様に笑われてしまうし、呆れられてしまう。
「なんで、急にそんな可愛い事を言うかな。ああ、もう! 幸せなのは私もだよ。君を幸せに出来るのなら魔法使いでも錬金術師でも喜んでなってみせるさ! それに、ここだけの話。私は子供の頃の夢は魔法使いになる事だったんだ。」
そう言って感極まった、とばかりなイサーク様に僕は抱いている子犬ごと抱きしめられた。
笑われるとばかり思っていたのが、予想に反してイサーク様は嬉しそうで……イサーク様こそ、なんでそんな可愛い事いうかなぁ!?
「次はどんな願いを叶えて欲しい? 私はウォレン専属の魔法使いだからね、何でも叶えてあげるよ」
「ええ!? え? えっと……」
そんな、急に言われたって思い浮かばないよ。えーっと、叶えたい事……叶えたい事。
あ! だったら、作ってくれるとは言っていたけど。
「僕の為に、オレンジの砂糖漬けを作って下さい!!」
「それは、お願いされなくたって作るつもりだけど……分かった、飛び切り美味しいオレンジの砂糖漬けをウォレンの為だけに作ろう」
*****
「父様すごーい。何でそんなに綺麗に剥けるのですか? 魔法みたい」
三歳になる息子がオレンジの薄皮を綺麗に剥いているイサーク様の手元をキラキラした目で見ている。
「ははは、魔法みたいか。私はとと様の為の魔法使いだからな、とと様の為ならオレンジだって綺麗に剥けるんだ」
自慢げにイサーク様は綺麗に剥けたオレンジの実を長男の目の前に掲げ、思わず口を開いた長男の口の中に入れた。長男はそれを嬉しそうに食べ、イサーク様は笑いながら次のオレンジを剥く。そんな姿を僕は暖炉の側に座り、今年生まれた長女を抱きながら眺めている。
今でこそ見惚れる程に綺麗に剥いているけども、初めの頃は大きな手で小さなオレンジを一房一房剥くのも苦労されていてボロボロで、剥いたオレンジの大半は砂糖漬けでは無くジュースにした程だった。
それが、今や専門のプロが作ったかのように綺麗に剥かれ、魔法の様に僕の好みにピッタリの砂糖漬けを作ってくれている。
「とと様! 父様って魔法使いだったって、知っていましたか?」
長男のネファが僕に駆け寄り、膝に乗り上げて聞いて来る。
ほんの少し前までは、今、腕に抱いている長女のリシャと同じ位小さくて軽かったと言うのに、今ではどんどん大きくなって膝にずっしりとした重さを感じる。
同年代の子より背が大きく育っているネファは、きっとイサーク様に似たのだろう。
「ふふふ、知っていたよ。父様はね、とと様の為に色々と凄い魔法を使って下さるんだ。ネファとリシャを僕等の子供として授かったのも、父様の魔法のおかげなんだよ」
「じゃぁ、僕も魔法使いになります! 魔法使いになってすっごい魔法でリシャを守ってあげるんです!!」
膝から勢い良く離れたかと思ったら、今度は部屋で寝転んでいた牧羊犬二匹に「ヤー!」と何やら手を振りながら突進して行った。
魔法でも掛けているつもりなのかも知れないけれど、突然、突進して来られた牧羊犬達はたまったものでは無い。飛び起きた二匹との追っかけっこが始まってしまった。
可愛くもやんちゃな息子の姿にクスクスと笑いが漏れる。
「ネファは元気だなぁ。これだけ大騒ぎしているのに起きないリシャは肝が据わっているね」
オレンジを剥く手を止めたイサーク様が近寄り、僕の腕の中で気持ち良さそうに寝ているリシャを覗き込んで笑う。
「本当に。ネファは頼もしいし、リシャは逞しいから、今から成長が楽しみです。それに、ネファは魔法使いになって守ってくれるそうだし。ふふふ、良いお兄様になってくれそうで安心しました」
「可愛い魔法使いの誕生だ。でも、ウォレンをこれからも守るのは私の役目だからね。新しい魔法使いに負ける気はしないよ?」
「勿論です」
あれだけ結婚式で騒いだ両親も妹も元夫も、あれ以来一通の手紙すら寄こさない。イサーク様も兄様も「任せておけ」「心配ない」としか言わなくって、どうなっているのかは分からないけど、きっと防波堤になってくれているんだと思う。
前にミハリス様のお父様のムガルド伯爵様から「愚息が大変なご迷惑をお掛け致しました」と随分低姿勢なお手紙とお詫びの品が大量に届いた事もあったから、きっとそうなんだろう。
今も昔も、変わらず僕の側にいて下さるイサーク様。
こんなに、毎日の幸せが当然と思わせてくれる存在は、この世でただ一人。
「イサーク様だけが僕の魔法使いですよ」
オレンジの香りと混じったイサーク様のスターアニスの香りに導かれる様に顔をイサーク様に寄せると、慣れ親しんだ感触が唇に触れた。
僕は、それを膨らみ始めたお腹を擦りながら眺めていた。
子羊なんて生まれて初めて見たけど、イサーク様から聞いていた通り、いや、それ以上に可愛らしい。イサーク様が可愛らし過ぎで追い出せない、と言っていたのも納得だ。
出来るなら子羊達の側に行って抱っこしたり、一緒に戯れたりしたい。だけど、子羊と言っても蹴る力は強い、万が一お腹を蹴られでもしたら……なんてイサーク様に言われたら、側に行きたくても行けなくなってしまった。
だから、いつも涼しいガゼボに座って眺めているだけ。だけど、それもお腹の子供の為だと思うと我慢する事すら幸せに感じる。
あまり太陽の光に強くない僕の肌を心配したイサーク様が用意してくれた大判のストールをしっかりと肩から羽織り直す。妊娠中は適度な運動も必要だと言われたし、今日は庭の中を少し歩いてから屋敷の中に戻ろうかな。
「少し歩こうかと思うんですが、良いですか?」
「はい、勿論でございますよ。さ、お手を失礼いたします」
僕に付いてくれている使用人に聞くと快く承諾してくれたので、手を借りて立ち上がる。一度、イサーク様の前で立ち上がった時に眩暈を起こしてから、必ず誰かの手を借りて立ち上がる様に言われている。
そして、イサーク様が用意してくれた大きな日傘を使用人がさしてくれ、ゆっくり歩き出す。
こうやって考えるとイサーク様は心配し過ぎでは無いだろうか。
「ここにいたか。ウォレン」
「え!? イサーク様?」
イサーク様って心配性だよなぁ、なんて考えていた時に急にイサーク様が現れびっくりする。別に悪い事を考えていた訳では無いんだけれど、ちょっと疚しい気持ちになってドギマギしてしまう。
「ど、どうしたのですか? 今日は農場の方に行かれたんじゃ……」
「うん、そう。そこで、この子達を貰いに行って来たんだ」
この子達? そう言えばイサーク様は大きな籠を両手に抱えているけど、それの事だろうか?
その、僕ですら易々入ってしまいそうな大きな籠を優しくその場に降ろすと、イサーク様は僕を手招きする。
疑問に思いながらも誘われるままに側に寄り籠を見ると、イサーク様が籠の蓋を開けた。
「ほら」
「!!! 子犬!? え、可愛い!!」
籠の中には白に黒の模様が入った子犬が一、二、三……五匹もいて、蓋が開いた瞬間一斉に外に飛び出して来た。
「わ! わ!! え!? わああ!」
足元で元気に転げ回る子犬達にどうすれば良いのか分からずオロオロする僕を見てイサーク様が笑う。
「あははは、元気だろう。前に牧羊犬を飼おうかと思っていると話したのは覚えている? 子犬を貰い受けようと思っていた農場から最近やっと乳離れしたと連絡が来てね。だからウォレンに選んでもらおうと思って連れ帰って来たんだ」
「え!? 僕が選んで良いんですか?」
それって、かなり責任重大じゃないか?
子供の頃に拾った子犬達は、両親とジョセリンに薄汚い野良犬なんて飼うもんじゃない、と反対されて飼えなかったのだ。
四匹とも綺麗に洗ってリボンまで首に巻いて可愛らしくしたのに、野良だから駄目だと。どうしても犬が欲しいのなら血統書が付いた由緒正しい犬を飼ってやる、とまで言われ、僕は諦めた。
唯一、兄様だけが一緒に犬を洗うのを手伝ってくれて、首に巻くリボンを用意してくれたんだっけ。
結局、犬達は飼っても良い、と言ってくれた使用人達に貰われて行き、僕は犬を飼えず仕舞いだ。
そんな僕が選んでしまって本当に良いんだろうか。
「何だったら五匹全部だっていいんだよ?」
「いや、流石にそれは……」
足元を走り回る子犬を眺め、うんうん悩む僕に助け船を出してくれたのだろうけど、極端過ぎる。
「ふふふ、ウォレンが気に入った子だったら何匹だって良いよ? ほら、抱っこしてみる?」
「ええええ、ちょ……」
イサーク様に促され一匹の子犬を渡される。その小さな温かさがお腹の中の子供にも重なって、愛おしさが溢れて来る。
「ああ、可愛い……ちっちゃい」
腕の中で尻尾を振って僕を見上げて来る子犬を堪らず可愛い可愛い、と撫でていると、ス……と日影がさした。見上げると、僕の側に寄り添うイサーク様の優しい眼差しと目が合った。
もしかして、ご自分の体で日影を作ってくれた?
そんなイサーク様の、何気ない日々の中に溢れる優しさの数々に、胸が苦しくて破裂してしまうんじゃないだろうか、というくらいの幸せが込み上げて来る。
「イサーク様、ありがとうございます」
「ん?」
「僕が、あの家から出る事が出来たのも、子供を授かる事が出来たのも、あの……恋を、知る事が出来たのも、全部イサーク様のおかげです。僕、イサーク様の番になれて、今凄く幸せです」
「ウォレン……」
何故今、と思われるかも知れないけれど急に伝えたくなったのだ。むしろ、今まで言わなかった事の方が不義理だったと反省する。
「イサーク様って、まるで魔法使いのようですよね」
「魔法使い?」
「だって、イサーク様が言った事って全部本当になるから……まさか、番の縛りを断ち切れるなんて僕思っていませんでしたし、妊娠だって、絶対無理だと思っていたから。それをイサーク様は絶対に何とかしてみせるって、無理じゃないって仰って下さって……そんな、夢の様な事を全て叶えてしまうイサーク様って、僕にとって魔法使いみたいなんです」
言ってから、感謝を伝えるにしては子供っぽい表現だった事に気が付いて、凄く恥ずかしくなってくる。
なんだよ、魔法使いって。これから親になるっていうのに、こんな事じゃイサーク様に笑われてしまうし、呆れられてしまう。
「なんで、急にそんな可愛い事を言うかな。ああ、もう! 幸せなのは私もだよ。君を幸せに出来るのなら魔法使いでも錬金術師でも喜んでなってみせるさ! それに、ここだけの話。私は子供の頃の夢は魔法使いになる事だったんだ。」
そう言って感極まった、とばかりなイサーク様に僕は抱いている子犬ごと抱きしめられた。
笑われるとばかり思っていたのが、予想に反してイサーク様は嬉しそうで……イサーク様こそ、なんでそんな可愛い事いうかなぁ!?
「次はどんな願いを叶えて欲しい? 私はウォレン専属の魔法使いだからね、何でも叶えてあげるよ」
「ええ!? え? えっと……」
そんな、急に言われたって思い浮かばないよ。えーっと、叶えたい事……叶えたい事。
あ! だったら、作ってくれるとは言っていたけど。
「僕の為に、オレンジの砂糖漬けを作って下さい!!」
「それは、お願いされなくたって作るつもりだけど……分かった、飛び切り美味しいオレンジの砂糖漬けをウォレンの為だけに作ろう」
*****
「父様すごーい。何でそんなに綺麗に剥けるのですか? 魔法みたい」
三歳になる息子がオレンジの薄皮を綺麗に剥いているイサーク様の手元をキラキラした目で見ている。
「ははは、魔法みたいか。私はとと様の為の魔法使いだからな、とと様の為ならオレンジだって綺麗に剥けるんだ」
自慢げにイサーク様は綺麗に剥けたオレンジの実を長男の目の前に掲げ、思わず口を開いた長男の口の中に入れた。長男はそれを嬉しそうに食べ、イサーク様は笑いながら次のオレンジを剥く。そんな姿を僕は暖炉の側に座り、今年生まれた長女を抱きながら眺めている。
今でこそ見惚れる程に綺麗に剥いているけども、初めの頃は大きな手で小さなオレンジを一房一房剥くのも苦労されていてボロボロで、剥いたオレンジの大半は砂糖漬けでは無くジュースにした程だった。
それが、今や専門のプロが作ったかのように綺麗に剥かれ、魔法の様に僕の好みにピッタリの砂糖漬けを作ってくれている。
「とと様! 父様って魔法使いだったって、知っていましたか?」
長男のネファが僕に駆け寄り、膝に乗り上げて聞いて来る。
ほんの少し前までは、今、腕に抱いている長女のリシャと同じ位小さくて軽かったと言うのに、今ではどんどん大きくなって膝にずっしりとした重さを感じる。
同年代の子より背が大きく育っているネファは、きっとイサーク様に似たのだろう。
「ふふふ、知っていたよ。父様はね、とと様の為に色々と凄い魔法を使って下さるんだ。ネファとリシャを僕等の子供として授かったのも、父様の魔法のおかげなんだよ」
「じゃぁ、僕も魔法使いになります! 魔法使いになってすっごい魔法でリシャを守ってあげるんです!!」
膝から勢い良く離れたかと思ったら、今度は部屋で寝転んでいた牧羊犬二匹に「ヤー!」と何やら手を振りながら突進して行った。
魔法でも掛けているつもりなのかも知れないけれど、突然、突進して来られた牧羊犬達はたまったものでは無い。飛び起きた二匹との追っかけっこが始まってしまった。
可愛くもやんちゃな息子の姿にクスクスと笑いが漏れる。
「ネファは元気だなぁ。これだけ大騒ぎしているのに起きないリシャは肝が据わっているね」
オレンジを剥く手を止めたイサーク様が近寄り、僕の腕の中で気持ち良さそうに寝ているリシャを覗き込んで笑う。
「本当に。ネファは頼もしいし、リシャは逞しいから、今から成長が楽しみです。それに、ネファは魔法使いになって守ってくれるそうだし。ふふふ、良いお兄様になってくれそうで安心しました」
「可愛い魔法使いの誕生だ。でも、ウォレンをこれからも守るのは私の役目だからね。新しい魔法使いに負ける気はしないよ?」
「勿論です」
あれだけ結婚式で騒いだ両親も妹も元夫も、あれ以来一通の手紙すら寄こさない。イサーク様も兄様も「任せておけ」「心配ない」としか言わなくって、どうなっているのかは分からないけど、きっと防波堤になってくれているんだと思う。
前にミハリス様のお父様のムガルド伯爵様から「愚息が大変なご迷惑をお掛け致しました」と随分低姿勢なお手紙とお詫びの品が大量に届いた事もあったから、きっとそうなんだろう。
今も昔も、変わらず僕の側にいて下さるイサーク様。
こんなに、毎日の幸せが当然と思わせてくれる存在は、この世でただ一人。
「イサーク様だけが僕の魔法使いですよ」
オレンジの香りと混じったイサーク様のスターアニスの香りに導かれる様に顔をイサーク様に寄せると、慣れ親しんだ感触が唇に触れた。
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