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9 家族で信じられるのは兄様だけ

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「良い奴だっただろう?」
「はい」

 兄様に背中を押され家の中に戻ると、家の中は興奮する父様と母様で大騒ぎだった。

「やった! やったぞ!! 伯爵家との縁談だ!! コルトハーク伯爵領と言えば田舎だが広大な土地と税収の良さで国王からの覚えもめでたいと聞く。これで我が家も安泰だ! やはり『Ω』は利用価値が高いな!! がはははは」
「これで、わたくしも伯爵家との親類って事なのね! まぁ!大変! 新しいドレスを新調しなくては! そうだわ、明日お茶会を開きましょう。みんなビックリするに違いないわ!」

 父様と母様が興奮で顔を赤くして使用人達を手紙の用意だ、仕立屋を呼べ、と走らせている。

「あ! ウォレン!」

 騒ぐ両親を横目に通り過ぎようとしたが目敏く母様に見つかり、呼び止められて肩が跳ねる。
 母様は僕を見るとネチネチと「子供一人なぜ産めない」と嫌みばかり言って来ていた。今も、今度こそ産め、とでも言うのかと身構えてしまう。

「ウォレン、素敵な殿方を射止めて母様も鼻が高いわ。子供が出来なくてもジョセリンの所から養子を貰う事だって出来るんだから、気を楽にしてしっかり旦那様にご奉仕するのよ?」
「おお! ウォレン、ファリオン。お前達良くやった! 流石は自慢の息子達だ!! 今日は祝杯だ! 一杯付き合え」

 興奮で顔を赤くした父様と母様が都合の良い事を言いながら僕と兄様の所にすり寄って来る。
 気持ちの悪い。ジョセリンとオクトーの子供を養子に貰え、だなんて、何処まで僕の事を馬鹿にすれば気が済むんだ。
 ほんの数時間前までは考えられない笑顔と猫なで声に、僕は心の中で品無く唾を吐き出す。

「父様、ウォレンは突然の求婚に今日は胸いっぱいで疲れてしまったみたいだから、今は一人にさせてやってよ。祝杯なら俺が付き合うからさ。なんせ、親友と弟の結婚だからね、俺も嬉しいんだ。それじゃ、ウォレンを部屋まで送ったら行くから」

 今にも叫び出し、罵詈雑言を父様と母様に浴びせそうになるのを奥歯を噛みしめて耐えていた僕の肩を兄様は抱きよせ、父様と母様の視線から隠すと速足でその場から立ち去ってくれた。

「調子の良い」

 自室のある二階にまで来た所で兄様が忌々しそうに呟き、僕の肩から手を離した。

「あれだけウォレンの事を罵っておいて、イサークからの求婚があった途端アレだ。ウォレン、イサークの元に行ったらこの家の事は捨てろ。イサークの家なら平民の奴等が何を言おうがお前を守る事が出来る」
「どういう事?」
「そのままの意味だ。今は商家として成功しているが、こんな家はいつまでも持たない。いずれ破滅する。そうすると、貴族に嫁いだお前の所にすり寄って行くのなんて目に見えている。母様の言っていた養子の件もそうだ。良くもあんな趣味の悪い事を悪気も無く口に出せたもんだ。何としてでもクリストフ家の血を貴族に入れたい魂胆が見え見えだ」
「破滅するって……兄様はどうするの?」
「理想は破滅する前に俺が家を継ぐ事だが。無理なら、美味い所だけ掻っ攫って早々に独立する。あんな奴等と心中するつもりは無いからな」

 戯ける様に肩を竦めて話す兄様は冗談を言っている様にも見えるけど、目は真剣そのもので本気で言っている話だと分かる。

「兄様、ありがとう。あの……色々と。イサーク様の事もそうだし、さっきも、父様と母様から庇ってくれて。僕、オクトーに離婚されるまで、何も知らなかった。何も見ず、何も考えずに言われるがままに生きていた。でも、兄様はちゃんと見て考えていたんだな」

 自分がどれだけ世間知らずでボンヤリと生きて来たのかと思うと恥ずかしくなる。比べる物じゃ無いとは思うけれど、兄様と比べると僕って本当に駄目だな。

「そんな事は無い。俺は見て考える機会を与えられていただけだ。お前は家の中で『Ω』として育てられていたから、故意にそれらの機会を奪われていたんだ。俺はそれを分かっていて今まで放置して来た。その結果がコレだ。ジョセリンも母様に感化されて、色々と助長していたのも分かっていたのにな。俺が事なかれ主義なんて気取ってなけりゃ、もっと違ったのかも知れない。すまなかった」
「違う! そんなの兄様のせいじゃない! 兄様は何も悪くないっ」

 何もかも自分のせいだと言う兄様に、それは違う!と、首を振る。兄様は僕の事をいつも考えてくれていた、イサーク様だって兄様がいなければ……そう、ほんの一瞬イサーク様の顔が頭を掠めた、その瞬間。
 心臓が雷に打たれた様にドキリと波打ち、そこから背筋をゾクゾクッとしたものが走り抜けた。

「ウォレン!?」

突然の事にカクッと力なく崩れた僕の体は寸での所で兄様に抱き止められたが、全身の肌が粟立つ、この身に覚えのある感覚に焦り、ひやりと背に汗が滲む。

「兄様っ! はな、して……」
「ウォレン?」
「部屋……部屋にっ」

 兄様の腕が回っている脇腹から、掴まれている腕から、ジワジワと僕を蝕もうとするかの様な快感が這い上がって来る。それに反応するように体の奥の胎が熱く、ジワと下着を濡らす感触に血の気が引く。
 兄様にこんな姿を見られたくなくて、僕を支えてくれている兄様の手を震える手で剥そうと掴む。けど、上手く力が入らず、反対に縋り付く様になってしまう。
 
「もしかして、ヒートか!? だが、次のヒートは二ヶ月後の筈じゃ!?」

 その筈だった、その筈だったのに。でも、兄様が言う通り、これはヒートで間違いない。
 僕のヒート周期は規則正しく三ヶ月周期で来ている。だから先月ヒートがあった僕に今ヒートが来るなんてあり得ない。
 ヒートになった所で番以外には届かない僕のフェロモンで誰かに迷惑をかける心配は無いけど、だからって、こんなはしたない姿を晒して良い訳じゃ無い。

「なんでか……分からない、けど……ヒートみたっい…ぅぅ」
「すぐに部屋に連れて行ってやるから、少し辛抱しろ!」
「っ!!」

 兄様は素早く僕の膝裏から手を入れ抱き上げると、部屋に駆け込みベッドの上に降ろしてくれる。

「抑制剤は?」

 首を振って「無い」事を伝えると、兄様が息を呑むのが分かった。
 結婚して番もいた僕に抑制剤なんて必要なく、持ってない。それでも二ヶ月後のヒートに備えて用意するつもりではいたのに、まさか、こんな突発的なヒートに襲われるなんて。
 番のいない、しかも抑制剤無しの初めてのヒートは、きっと辛いものになる。
 頭は熱に浮かされた様にボンヤリとしているけれど、これから苦しい数日間を過ごすだろう事だけはハッキリと理解出来ていた。

「ウォレン……すぐに水分と食料の用意をさせてくる……耐えてくれ」
 
 まるで自分の事の様に心配してくれる兄様にそんな辛そうな顔をして欲しくなくて、掠れる声で「大丈夫」とだけ伝えて、出来ているかは分からないけど、笑いかける。
 今の僕にはほんの少し触れられるだけでも刺激になってしまうのを分かっている兄様は、僕の頭を撫でようとした手をきつく握りしめ、速足で部屋を出て行った。

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