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元クソ野郎が肉ディルドになるまで~古町視点

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 いつものコンビニで夕飯用に弁当を買い、アパートの階段を一段一段踏みしめて昇る。
 ゆっくり僕が上っている頭上からバタバタと駆け下りて来る足音が聞こえ顔を上げると、男が一人凄い勢いで走り過ぎて行った。
 危ないな、ぶつかったらどうするんだ、と思っても口には出せない僕が、心の中では盛大にぼやき自分の部屋の階層まで昇り切る。
 すると、隣人の大学生が玄関の扉を開け、顔を出していた。

 ん? もしかして、さっきの駆け下りて行った男は隣人の彼の部屋から出て来たのか?
 あんな勢いで飛び出して行くなんて、痴話喧嘩でもしたか? それとも他に男を連れ込んでいるのがバレたか?
 どちらにしても修羅場だな。

 ご愁傷様。

 なんて他人事でポケットに手を入れ、鍵を探りつつ自室の玄関前まで行くと、隣人の彼はいつもとなんら変わりの無い笑顔で「こんばんは」と挨拶をして部屋に引っ込んだ。
 男が逃げたのにも関わらず余裕な態度に感嘆しつつ、鍵穴に鍵を差し込んだ瞬間、バンッと隣の扉が開き、隣人の彼が飛び出して来た。
 そして先程の男同様、凄い勢いで階段を駆け下りて行く。

 結局、追いかけるのかよ。
 
 そんな隣人の彼の背中に内心ツッコミを入れて見送り、シリンダーに刺した鍵を回そうとして、手が空回った。
 何だ? と手元を見ると鍵が刺さったまま根元から折れ、キーヘッドの部分だけが指に残っていた。

「えええええええ!?」

 慌てて鍵屋に電話するも忙しい、立て込んでいる、ばかりでいつ行けるかは明言出来ない、という返答だった。
 すぐに来てくれる可能性もある、などと言われては下手に数駅向こうにしかないビジネスホテルに行くのも躊躇ってしまう。
 最悪だ。
 こういう時、頼る友人一人いない僕という人間が情けなくなる。

 どこか適当な店にでも入って時間を潰すという選択肢すら億劫になった僕は、玄関扉の前で座り、適当な時間まで鍵屋の連絡を待つ事にした。
 余りに遅くなったらビジネスホテルに行けば良い、と軽く考えて冷たいアルミ製の扉に背を預けた。




 そう、軽い考えだった。
 僕一人、どこで何をしていても気にする人もいないだろう、という軽い考えと気持ちでアパートの共通廊下で座っていた訳だが……

 まさか、隣人の彼に拾われる事になるなんて、誰が予想出来た!!
 追い掛けた彼を伴わず1人で帰って来た隣人の彼に、あれよあれよという間に部屋に通されてしまっていた。

「さっきまで友人来てたんで……どうぞ、好きに座って下さいね」

 入った部屋はベッドとローテーブルにテレビ、それと大学で使う教材が詰め込まれたカラーボックスが端にあるだけの、至ってシンプルな部屋だった。
 そして、友人が来ていた、と彼が言うようにローテーブルの上には缶ビールや開けたままのおつまみの袋が出たままになっていた。
 いかにも急に飛び出して行った、と言わんばかりのこの状態は。先の予想の痴話喧嘩か男バレっていうのも、あながち間違っていなさそうだ。。一人納得し、勧められるままにそのローテーブルの側に腰を下ろした。

 恐らく、引っ越しの挨拶の時に聞いてはいただろうが、全く覚えていなかった隣人の彼は廣邊君と言った。
 その廣邊君だが、兎に角グイグイ来る子だった。陽キャ、というだけで無く何と言うか…人懐っこい。こっちは、数年振りの仕事以外での人との関わりに、体だけで無く心臓まで縮こまらせているというのに、ニコニコ笑いながら僕の顔を覗き込んで来たりする。
 陰キャ気質が染みついた僕には眩しすぎて目が潰れそうだ。

 しかも、あの例の声の主だと思うと余計に意識してしまい、ドギマギして怪しいまでに挙動不審になってしまって更に居た堪れない。
 なんとか落ち着こうとしても、四つん這いで這い寄り僕の膝の上に置いたコンビニ袋を覗き込んだり、そのままの体勢で見上げられたりしては意識するな、と言う方が無理な話だ。
 過去の自分は許しがたく嫌いだが、あの頃の堂々とした精神力だけは欲しい、と今日初めて過去を渇望した。

 その後、何とか酒の力と廣邊君の人当たりの良い雰囲気に、僕の肩の力も少しは抜けて来ていた。
 二人、弁当と珍味をツマミにビールを飲みながら話す時間は、悪く無かった。
 廣邊君は人と話す事が苦手になってしまった僕の拙い喋りを馬鹿にするでも無く、また嫌な顔をする事も無く、ゆっくりと聞いてくれる人だった。
 それに会話を膨らませ、続ける事の出来ない僕の沈黙に、さり気無く新しい話題を出して埋めてくれるなどフォローをしてくれて、人との会話を苦痛に感じないのなんて何時ぶりだろう。

 僕が陰キャとなり、話す事が怖くなり、どもったり言葉が続かなかったりし始めた頃、周りは一様に僕をバカにした様に見て来た。
 それは今も同じで、こんな風に笑顔で僕の話を聞き、楽しそうに笑って貰えるなんて本当に数年振りじゃないだろうか。
 さらに言えば、こんな僕に媚びも馬鹿にもしないで普通に接してくれる人は、皆からチヤホヤされていたクソ野郎の頃から今まで、初めてかもしれない。
 
 始めて僕自身を見て貰えたような感覚と、久し振りに感じた優しさに、何か形容しがたい感情が湧いてきたが、それが何かも分からないし止める事も出来そうにない。
 その謎の感情のせいか、今日すれ違った男の事はただの友人で、急に出て行ったのもバイトだったからだ、と。廣邊君が飛び出して追いかけて行ったのも忘れ物を届ける為だった、という、恐らく誤魔化されているのだろうその話を信じたフリで相槌を打ちつつも、真意が気になってしょうがなかった。

 キョロキョロと忙しなく反らしていた目で廣邊君をチラッと伺うと、目が合い笑いかけて来る。
 普段は丸い目が、笑うと目尻が下がってクシャッとなる所が、昔飼っていた猫を彷彿とさせ、和むのにドギマギしてしまう。
 特別猫が好きな訳では無かったが、今は動物の中では一番好きかもしれない。

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