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第55話
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《TBside》
誰もいない自室。窓に打ち付けるほどの雨の音が、集中力を削いでいく。
新たに始める事業の計画を一人で立てているのだが、なかなか計画が進まない。モヤモヤとしながら、無理矢理机に向かっていた。
『エーデルワイス大公家が動き出したらしいわ』
先日、カーデリアン侯爵令嬢であるレミルアナから聞いた話が脳裏を過り、ピタリとペンを止めた。
エーデルワイス大公家。かつて異世界より召喚された勇者と共に魔王を殺し、世界に平穏をもたらしたレイフォード・ティーラ・グラデンド・エーデルワイス元帥。神の御加護を賜りし異世界人と歴史に名を残すほどの軍人を先祖に持つ大公家だ。アルフェンロード大帝国皇族でさえ、彼らに一言物申すには勇気のいることだと言う。グラディドール大帝国の守護神はライドニッツ家であるのと同じように、アルフェンロード大帝国にとっての一風変わった大公家はエーデルワイス家なのである。
先代大公の末息子であり、現大公の末弟であったおれの父。勘当されエーデルワイス家の名を失った後に、母と出会いおれを産んだ。エーデルワイス大公家の正当な血を引いているとは言え、おれは別にエーデルワイス大公家の人間ではない。
「はぁ………」
やけに重々しい溜息が室内に響く。
エーデルワイス大公の末息子は、おれと同じ異世界人に与えられた神の御加護を受けている。つまり、男でありながら子が産める。おれの従兄弟にあたる人。生まれつき体が弱いため、余っ程のことがない限りは公の場に姿を現さない。おれもその姿は見たことがない。だが、噂によると、とても美しいとも聞く。
そこまで考えて、ずっと胸の中にあった嫌な予感に気づく。
「おれとランスが結婚するという噂を聞いて、エーデルワイス大公家が動き出した…?」
誰もいない部屋で、そう呟いた。
エーデルワイス大公家の直系は、男が四人、女が二人だ。次期大公以外の二人の男は、既に皇族や他家に婿入りをしているし、女も結婚済み。ともなれば、残るは病弱の末息子。エーデルワイス大公家がその末息子とランスの結婚を望んでいるということ…?
「次から次へと…どうしてこうもあの男はモテるわけ?」
乱雑にペンを放り投げ、後ろに仰け反る。別にそうしたって、モヤモヤは取れないのに…。
べリザード家がいなくなった早々に、エーデルワイス大公家が出てくるなんて。エーデルワイス大公家め。虎視眈々とこのときを狙っていたんだね。
「エリノア」
「はい、ここに」
呼ばれて部屋へと入って来たのは、専属使用人のエリノア。美しい紫の髪は湿気の多い今日も健在だ。
「エーデルワイス大公家について調べて欲しい」
「エーデルワイス大公家を、ですか?」
「どんな情報でも構わないし、手段は問わない」
おれの言葉にエリノアは深く頷き、部屋を後にした。
べリザード家には手を出さなかったくせに、おれとランスが結婚すると噂が流れた途端動き出すなんて…。はっきり言っておれのことなめてるわけ?
「あ~、イラつく」
そもそもべリザード家よりもオルドガルド大公家の方が、何かと怖いでしょうが…!
オルドガルド大公家の嫡男などどうとでもなると高を括ってるんだろうけど…。
「ランスはあげないから」
おれがそう呟いた途端、ボキッと何かが折れる音がする。気付かぬ間にペンを手に取って真っ二つに折ってしまっていたようだ。
自分たちはあのエーデルワイス大公家だから大人しく引き下がれとも取れる行動。功績を挙げたのはあなた方ではなく、エーデルワイス元帥なんだけどね。
「ティファニベル様。よろしいですか?」
「あぁ、いいよ…」
恐る恐る部屋へと入って来たのは、マリアだった。赤い瞳が相変わらず美しい。
「オルドガルド次期大公が御帰還されます…!」
「えっ………」
「今朝方、リディガーラ王国との戦争に勝利し、条約を締結。明日の朝には最北部を出発されるとのことです」
マリアの言葉に、おれは深く安堵して息を吐いた。
そうか、ランス。勝ったんだね。何より無事で本当に良かった。
ランスの朗報を聞いただけで、こんなにも胸が晴れやかになるなんて…。エーデルワイス大公家のことは、今日は忘れよう。
「皇都に着くのはまだ先だよね?」
「はい!」
最北部から皇都のオルドガルド大公家邸宅に着くまでには、かなりの時間を要する。今から用意してもまだ間に合うかな。
「マリア、ウラルデッタ公爵に手紙を書くから早急に出してくれる?」
「はい!任せてくだしゃい!!!」
またもや盛大に噛んだマリア。いつものことのため、おれは特に気にすることもなく、便箋を取り出した。予備のペンを取り出してスラスラと文字を綴っていく。
ランスにプレゼントとして貰ったピアス。数月経っても廃れることのない、青色の輝きを放つそれは、今もおれの耳元で光っている。それとお揃いの物をプレゼントしよう。勝利品として、そして、長年の感謝として…。
全ての希望を書き終えて、一通り読み返す。
「ティファニベル様。とても楽しそうですね」
「そ、そう…?」
年甲斐もなく喜んでしまったと恥ずかしくなりながら、プレゼントを受け取ったランスの顔を思い浮かべたのだった。
‧✧̣̥̇‧✦‧✧̣̥̇‧✦‧✧̣̥̇‧✦‧✧̣̥̇‧✦
誰もいない自室。窓に打ち付けるほどの雨の音が、集中力を削いでいく。
新たに始める事業の計画を一人で立てているのだが、なかなか計画が進まない。モヤモヤとしながら、無理矢理机に向かっていた。
『エーデルワイス大公家が動き出したらしいわ』
先日、カーデリアン侯爵令嬢であるレミルアナから聞いた話が脳裏を過り、ピタリとペンを止めた。
エーデルワイス大公家。かつて異世界より召喚された勇者と共に魔王を殺し、世界に平穏をもたらしたレイフォード・ティーラ・グラデンド・エーデルワイス元帥。神の御加護を賜りし異世界人と歴史に名を残すほどの軍人を先祖に持つ大公家だ。アルフェンロード大帝国皇族でさえ、彼らに一言物申すには勇気のいることだと言う。グラディドール大帝国の守護神はライドニッツ家であるのと同じように、アルフェンロード大帝国にとっての一風変わった大公家はエーデルワイス家なのである。
先代大公の末息子であり、現大公の末弟であったおれの父。勘当されエーデルワイス家の名を失った後に、母と出会いおれを産んだ。エーデルワイス大公家の正当な血を引いているとは言え、おれは別にエーデルワイス大公家の人間ではない。
「はぁ………」
やけに重々しい溜息が室内に響く。
エーデルワイス大公の末息子は、おれと同じ異世界人に与えられた神の御加護を受けている。つまり、男でありながら子が産める。おれの従兄弟にあたる人。生まれつき体が弱いため、余っ程のことがない限りは公の場に姿を現さない。おれもその姿は見たことがない。だが、噂によると、とても美しいとも聞く。
そこまで考えて、ずっと胸の中にあった嫌な予感に気づく。
「おれとランスが結婚するという噂を聞いて、エーデルワイス大公家が動き出した…?」
誰もいない部屋で、そう呟いた。
エーデルワイス大公家の直系は、男が四人、女が二人だ。次期大公以外の二人の男は、既に皇族や他家に婿入りをしているし、女も結婚済み。ともなれば、残るは病弱の末息子。エーデルワイス大公家がその末息子とランスの結婚を望んでいるということ…?
「次から次へと…どうしてこうもあの男はモテるわけ?」
乱雑にペンを放り投げ、後ろに仰け反る。別にそうしたって、モヤモヤは取れないのに…。
べリザード家がいなくなった早々に、エーデルワイス大公家が出てくるなんて。エーデルワイス大公家め。虎視眈々とこのときを狙っていたんだね。
「エリノア」
「はい、ここに」
呼ばれて部屋へと入って来たのは、専属使用人のエリノア。美しい紫の髪は湿気の多い今日も健在だ。
「エーデルワイス大公家について調べて欲しい」
「エーデルワイス大公家を、ですか?」
「どんな情報でも構わないし、手段は問わない」
おれの言葉にエリノアは深く頷き、部屋を後にした。
べリザード家には手を出さなかったくせに、おれとランスが結婚すると噂が流れた途端動き出すなんて…。はっきり言っておれのことなめてるわけ?
「あ~、イラつく」
そもそもべリザード家よりもオルドガルド大公家の方が、何かと怖いでしょうが…!
オルドガルド大公家の嫡男などどうとでもなると高を括ってるんだろうけど…。
「ランスはあげないから」
おれがそう呟いた途端、ボキッと何かが折れる音がする。気付かぬ間にペンを手に取って真っ二つに折ってしまっていたようだ。
自分たちはあのエーデルワイス大公家だから大人しく引き下がれとも取れる行動。功績を挙げたのはあなた方ではなく、エーデルワイス元帥なんだけどね。
「ティファニベル様。よろしいですか?」
「あぁ、いいよ…」
恐る恐る部屋へと入って来たのは、マリアだった。赤い瞳が相変わらず美しい。
「オルドガルド次期大公が御帰還されます…!」
「えっ………」
「今朝方、リディガーラ王国との戦争に勝利し、条約を締結。明日の朝には最北部を出発されるとのことです」
マリアの言葉に、おれは深く安堵して息を吐いた。
そうか、ランス。勝ったんだね。何より無事で本当に良かった。
ランスの朗報を聞いただけで、こんなにも胸が晴れやかになるなんて…。エーデルワイス大公家のことは、今日は忘れよう。
「皇都に着くのはまだ先だよね?」
「はい!」
最北部から皇都のオルドガルド大公家邸宅に着くまでには、かなりの時間を要する。今から用意してもまだ間に合うかな。
「マリア、ウラルデッタ公爵に手紙を書くから早急に出してくれる?」
「はい!任せてくだしゃい!!!」
またもや盛大に噛んだマリア。いつものことのため、おれは特に気にすることもなく、便箋を取り出した。予備のペンを取り出してスラスラと文字を綴っていく。
ランスにプレゼントとして貰ったピアス。数月経っても廃れることのない、青色の輝きを放つそれは、今もおれの耳元で光っている。それとお揃いの物をプレゼントしよう。勝利品として、そして、長年の感謝として…。
全ての希望を書き終えて、一通り読み返す。
「ティファニベル様。とても楽しそうですね」
「そ、そう…?」
年甲斐もなく喜んでしまったと恥ずかしくなりながら、プレゼントを受け取ったランスの顔を思い浮かべたのだった。
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