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第51話

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《TBside》

 ライドニッツ卿から求婚されて、数時間後。おれは必死に頭の中で先程の出来事を整理していた。
 皇帝陛下にライドニッツ卿の接待役を命じられ、玉座の間にて顔合わせをしたときに、何故かライドニッツ卿から求婚をされる。

「わけ分かんないんだけど…」

 大きな溜息をついて頭を抱える。

「何が分からんのだ?」

 背後から聞こえた声にビクゥ!と体を跳ね上がらせる。恐る恐る振り返ると、そこには想像通りの人物がいた。
 美しい金髪に、虹色眼の持ち主。《剣聖》フェリクス・ジャンヌ・ライドニッツ卿。一寸の狂いなく整った顔立ちに、均整の取れた体。非の打ち所がない男性に、おれはますます深く頭を抱えたくなった。
 ここは、皇宮の中でもかなり豪華な客間。ライドニッツ卿が二日間過ごす場所である。だからこの場にライドニッツ卿がいるのは自然なことなんだけれど…。知らず知らずに声が出てしまっていたみたいだ。

「お茶を淹れたのでよければいかがですか?」

 カタッとテーブルの上へと淹れたてほやほやの紅茶が入ったカップを置く。ライドニッツ卿は「貰おう」と一言言うとおれの向かいのソファーに腰を下ろした。紅茶を飲み満足気に口角を上げる彼の姿に、おれは覚悟を決める。
 聞きたいことは、直接聞かないと気が済まない!

「ライドニッツ卿。一つお聞きしても?」
「許す」
「何故、おれに求婚などしたんですか?」

 ライドニッツ卿は、想像通りの質問だと言うように、その美貌に笑みを浮かべた。
 さすがは《剣聖》と呼ばれる一族の当主だ。隙もなければ、油断もない。

「理由が必要か?」
「アルフェンロード大帝国の大公家の人間であるおれと、世界最強の騎士一族の当主であらせられるライドニッツ卿が婚姻を結ぶことに、何の利益を感じられなかったので」

 素直に思ったままを告げたおれに、ライドニッツ卿はピタリと動きを止める。そして、心底不愉快とでも言いたげな顔でおれを見つめた。
 相手は、あの《剣聖》の主だ。結婚相手など、おれでなくともそこらじゅうにいる。他国でなければいけないのなら、わざわざ大公家の人間でなくとも、王族や皇族の姫君でもいいだろう。それなのに、ライドニッツ卿はおれに求婚をした。その意図が全く分からない。おれが起業家で投資家のベルだとしても、《剣聖》の一族はお金に困ってなどいない。男でありながら子を生める体に興味を持ったという理由も、何となく納得し難い。

「利益のためだけにおれが結婚をすると?」
「ライドニッツ家の御当主様ともなれば、利益を考慮することは当たり前のことでは?」

 ライドニッツ卿は、おれの言葉を鼻で笑い飛ばした。カップをテーブルの上へ戻し、堂々と足を組む。

「そんなものどうでもいい。既に全てを手に入れているライドニッツ家は、利益など気にしない。俺は結婚したいと思った人間と結婚をする」

 身分が高くなればなるほど政略結婚が当たり前になると言うのに、そんなこと許されるのだろうか。確かに、《剣聖》の一族は、貴族の枠には収まり切らないほどの権力や財産を持っている。グラディドール皇族も彼らの扱いはらかなり難しいと言っているし。彼らともなれば、恋愛結婚も可能なのか…。いやでも、おれとライドニッツ卿は恋愛結婚にはならない…。本当に何が目的なの?

「つまり、結婚したいと思った人間が、おれであったと?」
「そう言っている」

 シレッと答えるライドニッツ卿。
 ますます分からなくなった。考えるだけ無駄なのかもしれない。天才の考えることは違うって言うし。
 おれの表情から何かを読み取ったのか、ライドニッツ卿は自信満々気に微笑んで口を開いた。

「なに。おまえは何も心配せずライドニッツ家に嫁いでこればいい」
「お断りします」

 数秒も挟まずすぐに答えたおれに、ライドニッツ卿は大きく目を見開いた。ふさふさの黄金の睫毛が、目下に大きく影を落とす。
 断れられるとは、思ってもいなかったみたい。それもそうか。思わず見惚れるほどの美貌と、確立された地位。誇り高き一族の当主であるライドニッツ卿に、嫁ぎたいと考える女性は決して少なくない。ランスと良い勝負なのでは?とも思う。

「………何だと…」

 先程よりも数段低い声。射抜くような瞳が、赤く色付く。おれは怯むことなく、真っ向からその瞳を見つめ返す。

「幸せになれない結婚はしません」

 その言葉に、ライドニッツ卿の目が大きく見開かれる。ランスを思わせる瞳の色に、ブルッと体が震えた。
 幸せになること。それがおれの第二の目標。そのためには結婚ももちろん視野に入れているけれど、今日あったばかりの人間と結婚する、なんて馬鹿げたことは絶対に嫌だ。幸せになれないに決まっている。
 ライドニッツ卿は、再び笑う。


「ますます惚れた。絶対におまえを俺の妻とする」

 
 余裕そうに笑うライドニッツ卿を控えめに睨む。
 惚れた、という言葉に違和感しか感じない。他に目的があるに決まっているもの。そうじゃなきゃ、好き好んで今日会ったばかりのおれに求婚なんてしない。
 赤く色付いていた瞳が、太陽光に当たり黄金に色付く。次々と色を変える気味の悪い瞳を、おれは見つめ続けたのだった。





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