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第20話
しおりを挟む《TBside》
ランスの誤解が解けてから数日。家族の中では、徐々にかつての家族愛が戻りつつあった。母がリラ夫人を殺害していないということは、とりあえず家族の中での誤解は解けたようだった。ランスの誤解が解けただけでも大きいし、お父様も一人で秘密を背負わなくてもよくなった。母の情報も集めたし、お父様もリラ夫人を殺害したのは母ではないとしっかり言ってくれた。だけど、まだまだこれから。リラ夫人についての情報を集めて黒幕を炙り出す。他には、ベルとしての活動だったり、事業だったり。まだまだやるべき事がたくさんある。こんなところで満足していてはダメだ。
「ティファニベル」
「あ、おかえり。フェオ」
考え事に没頭していると、フェオに声をかけられた。三日間の休日と共に、久々にクロド教会の孤児院に顔を出すように言ったのだ。どうやら無事に帰還した様子。
「孤児院はどうだった?」
「施設もできあがって食料も豊富だ。最近は膨大な土地で作物の栽培もしている。前よりも子供が増えていた」
「そう。維持費は足りる?」
「…多過ぎるくらいだとさ」
フェオは満足そうに笑って上質なソファーへとドカッと座った。
毎回支援金を送る度に、丁寧に御礼の手紙を送って来てくれるクロド教会の人々はいい人たちばかりだ。子供たちの手作りの可愛らしい小物もたくさん贈られて来て、心が癒される。
フェオの様子を見つめていると、扉がノックされ開かれた。
「ティファニベル様。べリザード大公令嬢から…って、フェオさん!!!またそこに座って!ティファニベル様のお部屋ですよ!?」
「はぁ?ティファニベルが良いって言ったんだから良いだろ」
「そ、そういう問題ではなくてですね!」
腰に手を当ててプンスカ怒っているマリアの姿に、フッと笑う。
この二人、結構お似合いの二人なのでは?優秀だけど何処か自信のないマリアがフェオの前では歳若い妻のように怒っているのだ。あんまり見ない光景。結婚したら上手く行く二人だな。
そんなことを思いながらにこやかにその光景を見つめていると、再び扉がノックされとある人物が部屋に入って来る。
「今日は何だか来訪者がいっぱい」
その言葉に少し申し訳なさそうに目を逸らしたのは、ランス。フェオ、マリアに続いて部屋へ入って来たのはランスだった。おれは溜息をつく。最近よくランスが部屋へと訪ねて来るのだ。廊下ですれ違えば話を交わすようになったし。明らかにあの日からランスの態度が変わった気がする。昔のランスに戻ったようで、喜ばしいことなんだけど。
「先程、シアナ…べリザード大公令嬢から茶会への招待状が届きました。あなたの元へも届いていませんか?」
ランスの話を聞いていたマリアが、慌てておれの元に駆け寄って来て手紙を差し出して来た。薔薇の紋章は間違いなくべリザード大公家の物だ。それを見つめながら、おれはランスの一言に違和感を感じたのを思い出す。
アテネシアナ・オービヌ・ルシュー・べリザード大公令嬢。名は、アテネシアナ。ランスはべリザード大公令嬢のことを名前で呼んでいるんだ。
何故かその事実に苛立ったおれは、手紙を丁寧に開くことはせずビリビリと破りながら開いた。それには、さすがのフェオもランスも口をあんぐり開けて驚いている。
「へぇ。おまえってそんなにあの令嬢と仲良かったんだ」
「な、仲良くは…。彼女の父、べリザード大公は俺の恩人であるので…」
戸惑いながら必死に弁明しようとするランスを見る。
昔からランスとべリザード大公令嬢は幼馴染で仲が良いってことは何処かで聞いたことはあるけど。まさか名前まで呼ぶ仲だとは。仮の婚約者だと公言しているようなものだ。何でおれはこんなに苛立っているんだろう。相手が腹黒い令嬢だから?
「別にどうでもいいけど」
強がりのようにそう言って手元の手紙へ目線を落とす。やけに丁寧に書かれたべリザード大公令嬢からのお茶会の招待状をその場でビリッビリに破いて地面へと捨てる。
ついに仕掛けて来た。カーデリアン伯爵令嬢を操り、自分の手は汚すことなくおれの噂を流し続け、ランスに色目を使う腹黒令嬢が。最近になり、おれの良い噂しか耳に入らないしカーデリアン伯爵令嬢も思い通りにいかないと気づいて、おれを直接お茶会へ呼んだのだろう。このタイミングでこれまで全く面識のないおれをお茶会へ呼ぶのは完全に自分が黒です!って言っているようなもの。少しは頭が良さそうと思っていたのに、あからさまな敵対心にガッカリだ。
おれの行為に、再び口を開けて驚くフェオ。ランスは、居心地が悪そうにしている。
「招待状じゃなくて挑戦状の間違いでは?」
「…あなたの言う通りです。その茶会でべリザード大公令嬢は何かしらを仕掛けてくるかもしれません」
「どうして?」
「令嬢は、日頃からあなたに敵対心を剥き出しにしていました。本人は…隠しているつもりなのでしょうが」
完全な猫被り腹黒令嬢だ。ランスの前では必死に隠していたようだけど。軍人であるランスにバレないとでも思ったのだろうか。おれの母の罪に便乗して、おれの悪い噂も流し続けていた女だ。容赦はいらない。
「ランス、お茶会は一緒に行こうか」
「え、」
「何?嫌なわけ?」
「い、いえ。そのことを言いに来たので」
ランスがここを訪ねた理由は、おれとお茶会に一緒に行こうと誘うため?たったそれだけのことでわざわざここまで来てくれたんだ。
単純なことで嬉しくなったおれは、鼻歌を歌いながら上機嫌に床に捨てたゴミを拾ったのだった。そんなおれの不吉な様子に、ランスたちがどんな顔をしているかも知らずに…。
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