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第9話

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《TBside》

 次々と話しかけてくる貴族たちを何とか振り切って、約束の場所へと向かったおれ。皇宮内にある、招待された貴族なら誰でも使うことのできる個室だ。軽くノックをして中へと入った。そこには、先に離脱していたマリアと、カーデリアン伯爵令嬢に絡まれていた際におれを見つめていた女性がいた。

「はじめまして、プルチェッカ辺境伯令嬢」

 彼女は、エリノア・レーラ・スザン・プルチェッカ。プルチェッカ辺境伯令嬢である。紫の髪を高く結い上げた紫の瞳の美人さんだ。

「ティファニベル様、ですよね?」
「いかにも」
「何故、あなたのような御方が私を呼び出したのですか?」

 怪訝そうにおれを見つめるプルチェッカ辺境伯令嬢。そう慎重になるのも仕方はない。嫌われ者だと思っていた相手が急に自分を呼び出したのだ。驚くのも当たり前のこと。

「あなたをスカウトするためです」

 第二目標。それは、マリアに次ぐ専属の使用人を作ることだ。信用できる、仕事ができる。これに限るのだが、プルチェッカ辺境伯令嬢は情に厚い女性だと聞いている。少し汚いが彼女の弱みは握っているのだ。あとは、彼女がおれに着いてきてくれるか、どうか。

「プルチェッカ辺境伯家は家族が多いと聞きました。三女であるあなたは他家に嫁げと言われているとか…」
「っ…………」
「でも、あなたは嫁ぎたくないのですよね?」

 プルチェッカ辺境伯令嬢は、おれの問いかけに、恐る恐る頷いた。男も女も多いプルチェッカ辺境伯家は、家族が多いからか他の辺境伯家と比べても貧乏だ。三番目の娘であるプルチェッカ辺境伯令嬢は、他家に嫁ぐしか道はないのだが彼女は嫁ぎたくないと考えているのだ。ならば、働き口を見つければいい。上位貴族の名誉ある専属の使用人として。

「おれの、二人目の専属使用人になってくれませんか?」
「………いいの、でしょうか?」
「これはあなたにしか務められませんよ」

 そう言うと、プルチェッカ辺境伯令嬢、エリノアは深く頷いて「よろしくお願い致します」と深々と頭を下げたのであった。


 無事に、二人目の専属使用人エリノアをスカウトすることに成功したおれ。心は、とても晴れ渡っていた。断られる気はしていなかったから、既にスカウトの件を説明する手紙をプルチェッカ辺境伯家に送っている。舞踏会が終わればすぐにでもおれの元へと来てくれると約束してくれたエリノアには感謝しかない。ステージで他の貴族男性と踊っているマリアを見つめながら、一人来ることでだいぶ仕事が楽になるなと安堵した。と、そこへ何者かがおれに近づいて来る。

「ティファニベル様」
「あなたは…ウラルデッタ次期公爵…」

 ギルメル・マーフィー・リザ・ウラルデッタ次期公爵。優しい色味の茶髪に翡翠の双眸の顔立ちの整った好青年だ。

「僕の家が製作したドレスを初めて買われ、それを着てくださったのはティファニベル様です」
「本当ですか?光栄です」
「少し、抜けて話しませんか?」
「はい、もちろん」

 ウラルデッタ次期公爵にエスコートされながら会場を後にする。ウラルデッタ次期公爵の横顔を見ながらランスには敵わないものの、十二分に顔立ちがいいなと感じる。

「ティファニベル様は‘’ベル‘’という投資家をご存知でしょうか?」
「…あの伝説のお菓子や飲み物を作った起業家の方ですよね?投資もしていらっしゃるとは、」

 白々しいな、自分…。嘘をつくことに少しの抵抗を覚えながら何事もないように、別人かのようにそう返事をした。

「この事業に初めて投資をしてくださった方なんです。その御方のおかげで素晴らしいドレスを作ることができ、そしてティファニベル様にも買っていただけた」

 嬉しそうにそう言うウラルデッタ次期公爵。おれの目を迷いなく見つめる翡翠の瞳に、違和感を感じ取る。熱を孕んだ、目だ。そんなにおれにドレスを買って貰えたことが嬉しかったのだろうか。そう思いながら、ウラルデッタ次期公爵の目を見つめ返していると、頬に向かって手が伸びてくる。触れられる。そう思った瞬間、物凄い勢いでウラルデッタ次期公爵の腕が捻り上げられた。

「くっ…!」
「こんなところで何をしようとしているのですか?」
「ランス、?」
「お、オルドガルド次期大公…!も、申し訳ありません!」

 咄嗟に謝ったウラルデッタ次期公爵は、ランスの手を振り払って逃げ出して行ってしまった。せっかくベルの評価とか諸々聞けると思ったのに、何で邪魔するんだ。おれはランスを睨む。

「この場所は逢瀬に使われる場所ですよ。こんな場所に男性と二人っきりで来るとは、一体何考えているんですか?」
「はぁ…?同意だから別にいいでしょう?」
「……………」

 暗闇でも分かるほどの眩しい瞳。ゆっくりと細められたその目を見つめる。相変わらず何を考えているか分からないけど、何やら不穏な感じだ。怒っているかのようにも見える。

「…手紙の差出人ですか?」
「え…?」
「この前の、」

 この前、とは。おれが手紙を取りに行ったときに怪我をして、ランスにハンカチを巻いてもらったときのこと?おれが手紙を持っていることに気が付いていたの?あの手紙はウラルデッタ公爵からの手紙で、ウラルデッタ次期公爵からの手紙ではない。だけどあまり変わらないな。そう思ったおれは、その問いかけに首を縦に振った。

「ウラルデッタ次期公爵があなたの婚約者候補に挙がっていることを知っていますか?」
「は、は?」
「今日のことでも、あなたに求婚する男性は増えると思います。その気がないのなら早急に全て断った方が身のためです」

 おれとは目を合わさずに、何処かムスッとした顔をしてそう言い切ったランス。もしかして、おれが注目されるのが気に入らないわけ?これまで平民の子だって、嫌われ者だって虐げられていたくせに、最近になって変わり始めてるおれのことが気にくわないんだ?だから最近やけに突っかかってくるのか。

「何それ、体験談?早く断らないと面倒だぞって?」
「っ!」
「でもさ、べリザード大公令嬢のことは断らないなんて、余程気に入ってるんだね」

 皮肉交じりにそう言って背を向けて去る。この前は引き留めてくれたくせに今日は何もなしなんだ。ランスに振り回されている自分が嫌だ。ムカムカとする胸を抑えて、ランスがどんな顔をしているとも知らずに足早に会場へと戻ったのだった。





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