上 下
52 / 120

第52話

しおりを挟む
《RDside》

 次の日の夜。夕闇を呑み込むように、真っ黒な空が広がる時間。
 おれは早速、アリアーナ嬢とユージンと話すため、《濡鴉》の城へとやって来ていた。

「いらっしゃい、リダ」
「こんばんは、イルちゃん」

 おれを出迎えてくれたのは、第二皇子ではなくイルちゃんだった。闇夜でも分かるスノーホワイトの髪がフワフワと風に揺れる。
 イルちゃんに聞いたところ、第二皇子は急遽入った任務により、他国まで出かけているらしい。本当に多忙な御人だ…。

「第二皇子から聞いてると思うけど、アリアーナ嬢とユージンに面会したいんだ」
「……………」

 イルちゃんは、珍しく眉間に皺を寄せ、悩み込むように少しだけ俯いた。その様子に違和感を覚えたおれは、茶化すように笑う。

「ちょ、ちょっと何その顔~。勝手なことはしないから安心してよ!本当に話がしたいだけ」
「……………」

 イルちゃんは、うんともすんとも言わない。単純に無視しているわけではなさそうだし、何か理由があるのかな。
 拭い切れない不安に苛まれる。

「イルちゃん、おれのこと信じてないわけ?」
「そういうわけじゃないんだけど…ヘドゥーシャの姫はあまり良い状態じゃない」
「…どういう、こと?」

 ドクン、ドクン、と鳴る心臓の音がダイレクトに脳内に響く。
 あまり良い状態じゃない…?拷問され過ぎて、ピンチな状態ってこと?単純に拷問されているだけ?

「とにかく、危ない状態ってことだ」
「今すぐアリアーナ嬢の元へ連れてって!」

 捲し立てるように叫ぶと、イルちゃんは迷った挙句、渋々首を縦に振った。
 イルちゃんに続いて《濡鴉》の城へと足を踏み入れる。すれ違う黒装束の人たちがイルちゃんに向かって一礼をしていく。
 歩くこと数分。やっとのことで、アリアーナ嬢が監禁されているという地下室に着いた。イルちゃんは二人の男性に指示をして、厳重な監禁魔法を解かせた。

「ヘドゥーシャの姫はこの中にいる」
「ありがとう…」

 ゆっくりと部屋に入る。蝋燭の光が申し訳程度に揺れる先、小汚い小さなベッドに拘束されたアリアーナ嬢の姿が。顔色は酷く青白く、痩せ細っている。肉はなく、皮と骨だけ。

「たったの…たったの一日しか経ってないのにどうして?」

 思わず疑問の言葉が口から出てしまった。それほどにアリアーナ嬢は悲惨な状態だったのだ。拷問された痕はない。何もされていないのにこんな状況になるなんて、有り得ない。、の話だけだけど。
 アリアーナ嬢の悲惨さに息を呑むと、ロードクロサイトの瞳がゆっくりと開かれるのが見えた。そして、カサカサの唇が「リダ、殿下…?」と音を紡ぐ。

「イルちゃん、ちょっと二人っきりにしてくれる?」
「………分かった。何かあったらすぐに俺のこと呼んでよ」

 イルちゃんはそれだけ言うと扉を閉めた。
 くぅ…。イケメンにのみ許される言葉だね!!!
 イルちゃんの男前さを噛み締めていると、アリアーナ嬢はもう一度おれの名を呼んだ。アリアーナ嬢の元に近寄り、ベッドの傍らに置かれた木製の椅子に腰掛ける。

「アリアーナ嬢。昨日の威勢のいいあなたは一体何処へ行かれてしまわれたのでしょう」
「昨日の、私は、私ではないです…」

 絞り出すようなか弱い声。
 やっぱり、とおれは思った。アリアーナ嬢の言う通り、あれはアリアーナ嬢ではない。操られたアリアーナ嬢だ。
 ロードクロサイトの瞳から流れる一筋の涙。頬を伝った涙は、枕に染み込む。

「ただ、好きだっただけなのです…。ただ、ただっ、皇太子殿下に、恋を、していただけなのです」

 訴えかけるような声色。おれは、その言葉に静かに頷いた。
 恐らく、おれに敵意を表し始めた辺りから、徐々に体も思考も乗っ取られていったのだろう。意識はあるのに、自分ではないみたいに動く体と心。操られた者が辿る結末は、自我の喪失だ。アリアーナ嬢が自我を取り戻したことには驚きだけど…。まだ完全には失くしていなかったみたいだから、《濡鴉》の力によって自我を取り戻せたんだろう。

「リダ殿下の身柄と、引き換えに…皇太子殿下と結婚できると唆されて、私…私、…。いつの間にか、に従っていたんです…」

 おれの身柄と引き換えに、想い焦がれていた皇太子殿下との結婚。アリアーナ嬢にしたように、皇太子殿下のことも魔法で洗脳するつもりだったわけね。噂には聞いていたけれど、本当に恐ろしい連中だ。
 アリアーナ嬢はおれから目線を逸らし、虚空を見つめる。

「そしたら、日に日に私じゃなくなってくみたいで…」「……………」
「リダ殿下。私は一体、誰なんでしょう、」

 細い指が小刻みに震えている。
 自我を無理矢理取り戻したせいで、自身の記憶が曖昧になっている…。
 おれは、アリアーナ嬢の手に自身の手を添えて、ギュッと握る。死人のような冷たさだ。

「アリアーナ・ティス・エティア・ヘドゥーシャ。ヘドゥーシャ王国第一王女殿下にございます」

 聡明な国王と陽だまりのようにお優しい王妃の、愛娘。あなたもその血を一心に受け継いでいるのに、《アルムグリスト》と《テリオン教》に唆されたせいで…。

「あぁ…私は王女…。お父様、お母様、アレル。お元気ですか?」
「……………アリアーナ嬢、」

 口角が上がり、美しい微笑みが刻まれる。
 どうやら家族の記憶は、残っているようだ。アレルとは、恐らく第一王子殿下であり世継ぎである弟君のことだろう。
 アリアーナ嬢の澄み渡った瞳が、再びおれを映す。大粒の涙が零れていく。その姿に、まずい、と全身が震える。

「リダ殿下…ごめんなさい、本当に、申し訳ございません、、、」
「アリアーナ嬢っ!!!」






‧✧̣̥̇‧✦‧✧̣̥̇‧✦‧✧̣̥̇‧✦‧✧̣̥̇‧✦

 
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

虐げられ聖女(男)なので辺境に逃げたら溺愛系イケメン辺境伯が待ち構えていました【本編完結】(異世界恋愛オメガバース)

美咲アリス
BL
虐待を受けていたオメガ聖女のアレクシアは必死で辺境の地に逃げた。そこで出会ったのは逞しくてイケメンのアルファ辺境伯。「身バレしたら大変だ」と思ったアレクシアは芝居小屋で見た『悪役令息キャラ』の真似をしてみるが、どうやらそれが辺境伯の心を掴んでしまったようで、ものすごい溺愛がスタートしてしまう。けれども実は、辺境伯にはある考えがあるらしくて⋯⋯? オメガ聖女とアルファ辺境伯のキュンキュン異世界恋愛です、よろしくお願いします^_^ 本編完結しました、特別編を連載中です!

悪役令息の七日間

リラックス@ピロー
BL
唐突に前世を思い出した俺、ユリシーズ=アディンソンは自分がスマホ配信アプリ"王宮の花〜神子は7色のバラに抱かれる〜"に登場する悪役だと気付く。しかし思い出すのが遅過ぎて、断罪イベントまで7日間しか残っていない。 気づいた時にはもう遅い、それでも足掻く悪役令息の話。【お知らせ:2024年1月18日書籍発売!】

エロゲ世界のモブに転生したオレの一生のお願い!

たまむし
BL
大学受験に失敗して引きこもりニートになっていた湯島秋央は、二階の自室から転落して死んだ……はずが、直前までプレイしていたR18ゲームの世界に転移してしまった! せっかくの異世界なのに、アキオは主人公のイケメン騎士でもヒロインでもなく、ゲーム序盤で退場するモブになっていて、いきなり投獄されてしまう。 失意の中、アキオは自分の身体から大事なもの(ち●ちん)がなくなっていることに気付く。 「オレは大事なものを取り戻して、エロゲの世界で女の子とエッチなことをする!」 アキオは固い決意を胸に、獄中で知り合った男と協力して牢を抜け出し、冒険の旅に出る。 でも、なぜかお色気イベントは全部男相手に発生するし、モブのはずが世界の命運を変えるアイテムを手にしてしまう。 ちん●んと世界、男と女、どっちを選ぶ? どうする、アキオ!? 完結済み番外編、連載中続編があります。「ファタリタ物語」でタグ検索していただければ出てきますので、そちらもどうぞ! ※同一内容をムーンライトノベルズにも投稿しています※ pixivリクエストボックスでイメージイラストを依頼して描いていただきました。 https://www.pixiv.net/artworks/105819552

だから、悪役令息の腰巾着! 忌み嫌われた悪役は不器用に僕を囲い込み溺愛する

モト
BL
第10回BL大賞奨励賞を頂きました。ありがとうございます! 2023.12.11~アンダルシュノベルズ様より書籍化されます。 ◇◇◇ 孤高の悪役令息×BL漫画の総受け主人公に転生した美人 姉が書いたBL漫画の総モテ主人公に転生したフランは、総モテフラグを折る為に、悪役令息サモンに取り入ろうとする。しかしサモンは誰にも心を許さない一匹狼。周囲の人から怖がられ悪鬼と呼ばれる存在。 そんなサモンに寄り添い、フランはサモンの悪役フラグも折ろうと決意する──。 互いに信頼関係を築いて、サモンの腰巾着となったフランだが、ある変化が……。どんどんサモンが過保護になって──!? ・書籍化部分では、web未公開その後の番外編*がございます。 総受け設定のキャラだというだけで、総受けではありません。CPは固定。 自分好みに育っちゃった悪役とのラブコメになります。

婚約破棄されて捨てられた精霊の愛し子は二度目の人生を謳歌する

135
BL
春波湯江には前世の記憶がある。といっても、日本とはまったく違う異世界の記憶。そこで湯江はその国の王子である婚約者を救世主の少女に奪われ捨てられた。 現代日本に転生した湯江は日々を謳歌して過ごしていた。しかし、ハロウィンの日、ゾンビの仮装をしていた湯江の足元に見覚えのある魔法陣が現れ、見覚えのある世界に召喚されてしまった。ゾンビの格好をした自分と、救世主の少女が隣に居て―…。 最後まで書き終わっているので、確認ができ次第更新していきます。7万字程の読み物です。

大好きなBLゲームの世界に転生したので、最推しの隣に居座り続けます。 〜名も無き君への献身〜

7ズ
BL
 異世界BLゲーム『救済のマリアージュ』。通称:Qマリには、普通のBLゲームには無い闇堕ちルートと言うものが存在していた。  攻略対象の為に手を汚す事さえ厭わない主人公闇堕ちルートは、闇の腐女子の心を掴み、大ヒットした。  そして、そのゲームにハートを打ち抜かれた光の腐女子の中にも闇堕ちルートに最推しを持つ者が居た。  しかし、大規模なファンコミュニティであっても彼女の推しについて好意的に話す者は居ない。  彼女の推しは、攻略対象の養父。ろくでなしで飲んだくれ。表ルートでは事故で命を落とし、闇堕ちルートで主人公によって殺されてしまう。  どのルートでも死の運命が確約されている名も無きキャラクターへ異常な執着と愛情をたった一人で注いでいる孤独な彼女。  ある日、眠りから目覚めたら、彼女はQマリの世界へ幼い少年の姿で転生してしまった。  異常な執着と愛情を現実へと持ち出した彼女は、最推しである養父の設定に秘められた真実を知る事となった。  果たして彼女は、死の運命から彼を救い出す事が出来るのか──? ーーーーーーーーーーーー 狂気的なまでに一途な男(in腐女子)×名無しの訳あり飲兵衛  

転生先のぽっちゃり王子はただいま謹慎中につき各位ご配慮ねがいます!

梅村香子
BL
バカ王子の名をほしいままにしていたロベルティア王国のぽっちゃり王子テオドール。 あまりのわがままぶりに父王にとうとう激怒され、城の裏手にある館で謹慎していたある日。 突然、全く違う世界の日本人の記憶が自身の中に現れてしまった。 何が何だか分からないけど、どうやらそれは前世の自分の記憶のようで……? 人格も二人分が混ざり合い、不思議な現象に戸惑うも、一つだけ確かなことがある。 僕って最低最悪な王子じゃん!? このままだと、破滅的未来しか残ってないし! 心を入れ替えてダイエットに勉強にと忙しい王子に、何やらきな臭い陰謀の影が見えはじめ――!? これはもう、謹慎前にののしりまくって拒絶した専属護衛騎士に守ってもらうしかないじゃない!? 前世の記憶がよみがえった横暴王子の危機一髪な人生やりなおしストーリー! 騎士×王子の王道カップリングでお送りします。 第9回BL小説大賞の奨励賞をいただきました。 本当にありがとうございます!! ※本作に20歳未満の飲酒シーンが含まれます。作中の世界では飲酒可能年齢であるという設定で描写しております。実際の20歳未満による飲酒を推奨・容認する意図は全くありません。

攻略対象5の俺が攻略対象1の婚約者になってました

白兪
BL
前世で妹がプレイしていた乙女ゲーム「君とユニバース」に転生してしまったアース。 攻略対象者ってことはイケメンだし将来も安泰じゃん!と喜ぶが、アースは人気最下位キャラ。あんまりパッとするところがないアースだが、気がついたら王太子の婚約者になっていた…。 なんとか友達に戻ろうとする主人公と離そうとしない激甘王太子の攻防はいかに!? ゆっくり書き進めていこうと思います。拙い文章ですが最後まで読んでいただけると嬉しいです。

処理中です...