悪魔皇子達のイケニエ

re.《２９８》

こちらを中央に降ろして、彼は着ていたジャケットを脱ぐ。

一刻を争う状況なのに、何故囚われ人と寝床を共にしなければいけないのか。

相手はこっちの気も知らず、ごろりとベットに寝転がって、整えた枕をポンポンたたいた。
おまけに両手を広げてる。
ちょっと恐ろしいくらいしなやかな指先を見ていると、やっぱりなかったことにしたくなる。


「··········」


その中に飛び込むのは気が引けて、少し間隔をあけて寝転がった。

じっと見つめ合うあいだは無言だ。
相手は期待はずれそうな顔をして、数秒後距離を詰めてくる。


「！」


伸ばした腕は、人形を抱きしめるように背に回された。


「ぎゅう」


手の行き場に困ってさまよう。

本当に意味がわからない。
ただの抱擁だ。
この青年はなぜ、それを自分にするのか？
もしかしたら、ただ寂しいだけの可哀想な悪魔なのか？

そんな奴が、なぜ皇帝殺しなんて企むんだ？

(そうだ、その事も、ダリアに早く伝えないと·····)


「ねえねえ」


「！」


目の前で喉仏が上下する。
そこが響いているのがわかる。

焦っていたら、相手は少しずつ下へ下がってきて、鼻先を鼻先で撫でた。
そして何か言いたげにしっとり見つめて、またさらに下へと下がってゆく。

まるで猫に捕まったネズミだ。


「·····！」


飛び出しかけた声を慌てて飲み込む。
腰をぎゅうと抱きしめて、今度はお腹の辺りに頭をグリグリ擦り付けてくる。
ちょっとくぐもった声が言った。


「撫でてくれないの」

「···············」


見られていないのをいいことに、限界まで顔を歪める。

甘えられてる以外の何物でもない。
彼はこちらのことを、母親や父親と間違えているのか？
見ず知らずの人間に、こんなにも甘えることが出来るヤツが存在したのだ。

街中で出会った時は一見紳士的な詐欺師かと思ったが、その時とはまた顔が違う。

かなり困惑しつつ、指先で毛並みをなぞる。
驚くほど柔らかな糸だ。
高級毛皮だってこんなに質は良くない。