悪魔皇子達のイケニエ

２２３.嘘つき

崖の上の礼拝堂だ。
ミチルはしゃがみこんだまま階段を降り始めた。

月は真上から傾いて、どんどん近づいてくるみたいだ。

一体、何が起きているのか？

分からないまま、階段を降り続ける。

やっと、自ら外へでてきた。
記憶を失っても構わない。愛されなくてもいい。

(みんなに会いたい)

もう逃げたりはしない。
傷ついたってかまわない。

階段は城の最上階に繋がっている。

もう少しで不安定な階段から脱出できる。
縮み上がりそうな心臓を奮い立たせて先を急ぐ。
遠くは無いところから、ゴゴゴと地鳴りが響いた。


「！」


振動に足をくじかれ、前のめりに倒れ込む。起き上がったら、密度の高い濁音とともに、尻の穴を熱いものが飛び出した。


「は、ぅ」


脚はそれ以上言うことを聞かなかった。
溢れる精液が尻の頬を熱くする。身体を引きずって先に進み、辿り着いたのは、舞踏会場を思わせる広場だった。

(みんなはどこ？)


「！」


バランスを崩し、再びその場に倒れ込む。
片膝は硬い地面に強打した。

いつの間にか地鳴りも止んでいる。一体今は、何が起こっているんだろう。
何も分からないし、ここは暗くて寒い。


「うう·····」


冷えた夜空が素肌を滑る。
自分に何ができるのだろう？
さっきまでの衝動が、みるみる萎んでゆく。

それと比例して、目元が熱くなった時だった。

  目の前に長いシルエットが出来た。

背の高い影だ。
恐怖で俯いたミチルに、優しすぎる音が届いた。


「見つけた」


水の中に響く、甘くかすれた男の声だ。
前を見たミチルはおもむろに瞬きを繰り返した。

赤い月と紫の星空。
幻想的な夜闇を背景に、彼は窓辺へ佇んでいた。


「··········？」


ヨハネスは、そっと口角をかたむけた。


「うさぎちゃん·····」

「いや」


会いたくてたまらなかったのに、咄嗟に拒絶していた。
あんなに好きだと、ずっと一緒にいると言ったのに、ただ無言で首を縦に振って、自分を捨てた人物だ。

こちらへ伸びた手がピタリと止まる。
静かに温まる湖。それに見つめられると胸が痛くてたまらなくなる。

座り込んだ床が冷たいのに、身体はまた、嫌な興奮で熱い。
今更、なにをしに来たのか？


「お迎えが·····」


じっと耳をそばだてる。


「遅くなって、ごめんね」


鼓膜を撫でるこぼれるような優しい音色が、たったそれだけ呟く。

遠くからすんすんと堪えきれない鼻音が聞こえる。
自分のものだ。
頭は痛いほど熱い。迎えに来るつもりがあったなんて、嘘に決まってる。また適当なことを言っているに決まっている。
彼は嘘つきなのだ。