悪魔皇子達のイケニエ

２１１. 解いてもいい？

それだけで、彼はなぜか、薔薇が咲き誇るような笑みを見せる。
眼差しはこちらが切なくなるほど精巧だ。離れようとしたら、身ごと抱き抱えられてしまった。


「こんなに愛らしいお嫁さんを、どうしたらいいものか·····」

「？？、ニャ·····っ」


連れ去られて、気がついたらベットの上だ。筋肉のせいでボタンにシワができたタキシードが迫ってくる。
ミチルは視線をさ迷わせた。
乱れひとつない着こなしなのに、目のやり場に困ってしまう。
鼓動は早足になった。


「ストールを·····」


鼓膜を揺らす優しい声。
何を言い出すのかと、意識は彼に全集中だ。
あまりに集中しすぎて、耳の少し上に思いが飛び出しそうな予感がした。
強くまぶたを閉じる。


「解いても良い？」


暖かい生地は全身をすっぽり覆っている。

このあと、神の前で式をあげることはわかっている。
だからこの下は、下着同然のウエディングドレスだけだ。

大きな手がベットのシーツをたどりこちらに伸びてくると、身体はじんと熱くなった。


「だめ」


臆病が口から飛び出す。
泣き跡は消えただろうか。それで彼が傷付いた顔をするのは嫌だ。
ルシフェルは自分のことを愛してくれているから。

だから、あの手紙のことも、ましてや今夜に迷いがあることなど、決して口にしてはいけない。
許されないことだ。

(許されないことなのに)

また目元が熱い。


「こっちを見て」


長い指が差し出される。
それをおって少し見上げた先に、赤い月がある。

彼は全て受け入れると言った。


「·····へ·····？」


理解し難い、予想外な言葉だった。
真夜中の月を思わせる微笑みには、きっと誰もが心臓をさらわれるだろう。
沈黙の中で、僅かに布ズレの音がした。


「！」


伸びた手はくるぶしに触れた。
飛び上がった脚先は彼に受け止められる。嘘のように美しい唇が甲にキスを落とすのを、釘付けになって見守っていた。


「君の全てを愛してる」


隠されていた牙が覗く。
噛みつかれるかと身構えたら、全身に鳥肌が立った。
予想は外された。

唇は、少ししめった口付けだけを残し離れていった。