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4.餌袋
しおりを挟む彼の肩口からもう1人の男が顔をのぞかせた。
さっき喧嘩していた茶髪の方だ。
ギラギラしたピアスと同じ色の瞳が、頭の先から足まで物色するようにこっちを眺める。
餌袋。
確かにそう言われた。
「どれ、ちょっと味見してみるか」
褐色の腕が伸びてくる。
「ひぃぃ」
扉の奥へ引き下がろうとした膝から力が抜ける。
尻もちを着く前に、何者かに支えられた。
「全くお前たちは·····怖がらせてどうする」
心臓がうるさい。
口から飛び出してしまいそうだ。
怖い、早くこの場から逃げ出したい。
「弟たちがすまなかった」
肩を抱きとめた男が詫びる。
「紹介しよう」
彼は目の前にいるチャラけた男、次いでその隣にいた茶髪、最後に部屋の奥に佇んでいる青年を手のひらで示した。
「三男のハインツェ、四男のアヴェル、末子のヨハネスだ。そして──」
聞きながら、ミチルは完全にパニック状態だった。
紹介が終わると共に喰われるのだろうか?
味見って、まさか書物にあったとおり、目玉をくり抜かれたり、指をちぎられたりするのか?
「·····ミチル?」
「にぁう」
耳元に低い声が響く。
驚いたミチルは、懸命に堪えていた衝動をついに我慢できなかった。
ぴょこんっ、と、頭の上で、慣れた感覚がした。
「········································?」
相変わらず言い合っていたハインツェとアヴェルは口を開けたまま静止した。
隣に立っていた男は真顔のまま言葉を中断する。飽きもせずこっちを眺めている碧眼は、大きく見開かれた。
その場に完全な静寂が訪れた。
「可愛いうさぎちゃん」
ずっと黙っていたヨハネスが初めて呟く。
それを合図に、部屋はどっと騒がしくなった。
「すげえ!まじで耳生えるじゃん!やべえ!」
「おい、片方喰わせろ」
兎族の耳が出てきてしまった。
食欲をそそってしまったようだ。なんとか戻そうとするが、今までも獣化を操れたことは無い。
「·····つーか、なんかヘンな匂いしねぇ·····?」
ミチルはびくりと震え上がった。
ヘンな匂い。
自分のフェロモンが正常でないことを、彼らも勘づいているのだ。
「ご、ごめんなさ·····っ」
「お前達は全員出ていろ」
不意に、重力が消えた。
浮き上がった身体は横の男に抱き上げられる。
そして視界が真っ暗になった。
布を被されたのだ。
「は?なんでだよ、ダリアだけ狡いじゃん」
「片耳だけ先によこせ」
しばらく言い争う声が聞こえ、数分後、辺りが静かになる。
振動に揺られながら、ミチルは胸元を押さえつけた。
落ち着け、落ち着け。自分に言い聞かせ深く息を吸う。
フェロモンが収まる気配がした。
ミチルはそっとベットに降ろされた。
被っていたシーツが滑り落ちる。
「ダリア・サタン。悪魔族帝王の長子だ」
さっき目を覚ましたベットの上だ。
名乗った黒髪の男がふちに腰掛ける。
「説明することがあるだろう、ミチル」
彼の表情は硬かった。
「突然フェロモンを撒き散らすとは·····どういうつもりだい?あっちではそうしろと教わったのか?」
静かな口調だが、青紫の瞳は冷たい。
本来、フェロモンの放出は相手を惑わす時に使う。
目的は、子孫繁栄や、惑わした敵を第二の能力で退治するため。
彼が怒るのも無理はない。
ミチルは自分がフェロモンを操作出来ないことを打ち明けた。
感情が激しく揺さぶられると、獣化してしまう。兎族特有の耳と尻尾が現れ、ネコ科の鳴き声が混じる。
言い終わると共に聞こえてきたのはため息だった。
「つまり人間界の奴らは、不良品を送ってきたというわけか」
「·····?」
よく聞こえなかった。
聞き返そうとするが、彼は続けて言った。
「少し困ったな。今回の花嫁は今までと違う"使い方"をしようと考えてたんだが·····特性を治すのが先だ」
品定めするような視線がまとわりつく。
理性的な話し方に時折嫌な感じが見え隠れするが、彼は自分を助けてくれるという。
「治す·····?」
「荒治療にはなるが、不可能じゃない。協力してくれるかい?」
ミチルは大きく首を縦に振った。
命の保証もされるという。
夢にも見ない提案だった。
「将来、ミチルには俺たちの子を産んでもらう。しかしフェロモンの制御が思い通りに出来なければ、腹の中の子が君を餌にしてしまうかもしれない」
「えっ」
「まずは一緒に講義を受け、日替わりで寝室を共にてもらう。恐怖の対象と過ごす時間が長いほど制御がしやすくなるだろう。勿論、あいつらに慣れてもらうためでもある」
「·····寝··········えっ?」
あの恐ろしい悪魔たちと、寝室まで共にする?
それは喰われてこいと言っているのと、何が違うんだ?
聞き間違いであって欲しい。
縋るようにダリアを見上げる。彼は美しい笑顔の見本みたいににこりと口角を上げた。
「体裁上俺の寝室にも通ってもらうが、俺は戻るのが遅いので先に寝ていたまえ。必ず」
そんなことが聞きたくって見つめているわけじゃない。
「でも、あの」
「計画は明日から実行しよう。俺の書斎は3階の左三つ目の扉だ。何かあれば訪るように」
彼はそれだけ言い残し、部屋を出ていってしまった。
呼び止めるのは躊躇われた。後ろ姿が酷く冷たく感じたからだ。
暫くして運ばれてきたのは、1人分にしてはボリューミーな魚料理とスープにパン、葉っぱだった。
見た目は綺麗だが、魚と野菜だけ、なんだか生臭い。
きっとこっちの住人は魚や野菜なんて食べないから、味が上手いかまずいかなんて分からないんだろう。
「····················」
スープの中に肉が入っていた。
ただの肉でないことはわかっている。
死は免れそうな新婚生活を前に、ミチルは既に挫けそうだった。
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