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第七章

《第44話》褪せた思い出

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「あ···っ」


首元へ近づいた顔が傾かれ、熱い唇を感じる。
逃れようとすると、手首をがっしりと掴まれ、ベッドへ押し付けられる。
せっかく肩にかけ直したワイシャツも、簡単に剥かれてしまった。


「どうして隠すんですか」


耳元で低く囁かれた庵野の声に、ビクリと震えあがる。


「何か、やましい事でも?」


「ち、が·····っ」


「みずき先輩」


密度をました色気のある声が、咎めるように姫宮の名前を呼ぶ。
やましいことも無いし、庵野に言わなければいけない義務もない。

逃げるように身を捩り、背を向ける。
後ろから捕まえられ、ベルトを解された。


「逃げないで下さい」

「うわっ」


肩口に噛みつかれる。
やがて激しく動き出す指に、姫宮は言葉を紡げなくなってゆく。


「俺なら、決してあなたを傷つけません。誰よりも愛します。誰よりも···」


違う、と言おうとする前に、指が引き抜かれた。


「それでも、俺以外を選ぶんですか?」


息が荒い。
局部に押し付けられたモノは、既に固くなっていた。


「誰よりも特別に、大切にしたいのに···本当に、狂ってしまいそう」


返答する間もなく、それが捩じ込まれる。


「あっ···あぁっ···ひ、ぅんっ」


ぱちゅっ、と優しく尻を叩きつけられる。
ねっとりとした動きが、しつこく繰り返される。


「トロトロですね」


庵野は下唇を舐めた。
姫宮の望む通り、後ろから何度も最奥を突いてやる。

果てた姫宮を抱き寄せる。

俺だけのものにしたい。


「先輩·····」


お互いは出たあと、振り返った姫宮にキスをねだる。
そして、脇腹に肘鉄をくらった。


「待てって、言っただろ·····」


すでに高飛車な台詞が返ってきた。
あれだけ煽り散らしておいて、なんて人だ。庵野は姫宮の言葉に、すみませんでしたと返す。

後ろから抱きしめる手に、力が籠る。
気づけば、どちらからともなく眠りに着いていた。





















カーテンの隙間から、木漏れ日がキラキラと光っている。



静かな朝に、安堵する毎日だ。



自分の存在を認知されるのが怖くて、部屋の隅にしゃがみこんでいた。



呪文みたいに何かを呟く母。
耳を傾けるのが怖かった。



なんで自分なんかを産んだんだと、恨んだこともある。



産んでさえくれなければ、こんなにも辛い思いをすることは無かった。



破れた皮膚が乾くと、痒くて痛い。
熱が出て、熱くて仕方がなくなる。



泣き叫ぶと、首を絞められた。



そうやって毎日毎日続く地獄に、抗う術などなかった。



母親は、みやびが保護されるよりずっと前に、既に部屋の中で腐った肉の塊となっていた。



ぽっかりと黒く空いた目が自分を見ている。
まるで怨むようにこちらを見ていた。



それなのに今日の夢は、少し違っていた。



傷跡を撫でながら、母は、聞いたことのあるような懐かしい歌を歌っている。



美しい横顔。
若い頃の母だ。
視線が、ふとみやびに流れた。



部屋の隅にいる自分へ、そっと手招きをする。



「こお母さんを許して」



お母さん。
彼女は自分のことをそう呼んだ。



母親としての言葉だとしたのなら。
あるいはそれが、みやびへの謝罪ならば。



手を伸ばす。



夢の中で、目を背けていた頃の母親の表情が、何故かしっかりと映し出される。
穏やかな笑顔だった。



見たこともない"母親"の顔だった。





















目を覚ました先に、柔らかなまつ毛があった。
姫宮だ。
目の前に、すやすやと眠る天使がいた。

思わず、額に口付けを落とし───ぱっちりと目を開けた姫宮に、慌てて何もしていないふりをする。

こんなに可愛らしい姫宮が見れるのなら、あと数時間くらい早く起きておけばよかった。
後悔する庵野を他所に、姫宮は身を捩り出す。


「重い」


崩れそうな理性を何とか持ちこたえる。


「おはようございます」


にこりと微笑む。


「朝から目に悪い奴だな···」


多分こっちのセリフだ。
姫宮は寝起きから元気だった。

「今日は庵野にもやってもらうことがあるんだからな」


昨日の余韻などない、頼もしい声が告げる。
それが逆に、色っぽく思えてしまう。


「てか、今日は朝作られてないんだな」

「朝?」           

「ほら、前に俺が家来た時、用意されてたやつ」


姫宮はあれが気に入ったらしい。
庵野は喜びを隠して言った。


「あれは···俺がつくりました」


簡単にですが、と言う庵野に、姫宮は、無言のまま部屋を出る。
どこまでも可愛くないやつだ。

2人で車に乗り、8時頃学校へ到着する。


「ほら、早く」


姫宮は強い。
多分、自分よりも、ずっと強くてかっこいい。
比べるまでもない素敵な人だ。


「待ってください」


完全に姫宮のペースだ。
庵野は彼の背中を追いかけた。

人目の少ないところがいいと連れてこられたのは、屋上前の踊り場。
踊り場の柱の下に、目つきの悪い男がいる。


「は?」


思わず言葉が漏れる。
こちらを見ている更衣月が、同じように顔を顰めた。




















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