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第四章

《第20話》大丈夫

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「うん·····やめろとかいう前に、わざわざ申告すんなってなるな。あ、今の例は飯食ってる時に言うものじゃなかったな」


というか、こんな綺麗な顔の男に下品な話を聞かせるのは良くない気がする。
姫宮は謎の罪悪感に襲われた。


「いただきます」


チラと庵野の方を見てみる。
箸の持ち方が綺麗だ。姿勢は良く、整った口元に運ばれる副菜が、妙に美味そうに見える。

どう見ても、箸で米を掻き込む自分より、彼の方が育ちが良いだろう。
姫宮は思わず視線を持っていかれ、


「庵野君、ご飯食べる姿も綺麗」


周りの女子の、声を抑えているにしてはあからさまな黄色い声に、はっとする。
モテモテの庵野は、どうやら自分のことを好きらしい。

好きだけではない。斜め上を行く告白だった。


(庵野は、なんで俺を?)


当たり前の疑問を、初めて考える。
出会って2日で告白され、飯を一緒にしたのは今日が初めて。

少し一緒にいるだけでもわかるほど嫌味の無い好青年で、オマケに家はとんでもない金持ちときている。
完璧なステータスだ。

本当に、なんでこんなやつが、あんな顔をして自分を愛していると言ったのか、理解できなかった。

特別なことなど何もしていない。


「庵野って、なんで俺の事好きなの?」なんて聞くのは野暮だ。
姫宮は出しかけた言葉を飲み込み、変わりにボソリと言った。


「庵野って、変な奴だな」


庵野は細い眉をくいと持ち上げ、

「そんなこと初めて言われました」

続いて楽しそうに笑った。

仕草一つ一つが偉く様になっている。姫宮はなんだか焦って、視線を逸らした。
変な気分だ。


「ごちそーさま」


食器を持ち立ち上がる。


「俺が下げます」


後を追うように立ち上がった庵野が、腕を伸ばしてくる。
この男のペースに飲まれてしまっている気がする。
姫宮はそれが嫌で、面倒くさそうに振り返った。


「いいって···──」


言ってるだろ、そう言いかけた姫宮の背に、急いでいた生徒の食器がぶつかる。


「みずき先輩!」


ぶつかった生徒のうどんが、空中でひっくり返る。
椀がこちらへ飛んでくる。
姫宮は両腕で顔をおおった。

周りの女子生徒から、小さな悲鳴が上がった。
次いで、食器の割れる音。

ざわざわというざわめきが聞こえる。
姫宮に熱湯がかかることは無かった。
そっと目を開ける。


「·····え、」


自分を抱きしめているのは、庵野。
コロンの香りが鼻腔を掠めた。

うどんの持ち主らしき生徒が、バツが悪そうに謝っている。
姫宮はハッとした。


「!庵野、だいじょ·····」

「みずき先輩、お怪我はありませんか?」


いつもと同じ調子の庵野が、心配そうにこちらを見下ろした。


「え、いや、俺は大丈夫だけど·····、」


お前は、と、いう姫宮の言葉を聞きながら、不安げな表情が、安堵へと変わる。


「先輩、まだ休み時間ありますから、念の為保健室に行って見てもらいましょう」

「な、に言ってんだよ、お前···」


見てもらうべきなのは彼の方だろう。
庵野が人間である以上、熱湯を背に被っておいて、痛みが無いはずがない。
早く冷やさなければ、火傷の跡が出来てしまうかもしれない。


「早く、行くぞ!」

「先輩っ?」


姫宮は庵野の腕を引っ張り、大股で歩き出した。


「とこか痛むんですか」


案ずるような声を聞きながら、奥歯を噛み締める。
別に助けてくれなんて頼んでいない。むしろ、誰かが傷付くなら、喜んで自分が犠牲になるくらいだ。

この苛立ちは自分へのものだ。
姫宮は庵野を振り返ることなく廊下を進む。

保健室には誰もいなかった。

姫宮は庵野をベッドへ座らせると、水場に向かった。
身体を冷やすようのアイスバッグに、氷水をたっぷり詰め込む。

「庵野、脱いで待ってて」

「え。俺ですか?」

「あたり前だろ。思いっきり汁かぶったじゃん」

「いや、俺は大丈夫·····」


いつもはグイグイ来る彼は、自分のことになるとおかしなくらい謙遜し出す。
姫宮は、いいから、と少しきつい口調で言った。


「みずき先輩、あの、」


「あ?·····てか、下着のシャツも脱げってば」


ベットに戻ると、かろうじてネクタイとワイシャツを脱いだ庵野がいた。
火傷は早く冷やした方がいい。
無理やりシャツをまくりあげようとした手は、庵野の腕に引き止められた。


「先輩、俺大丈夫です」


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