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第二章

《第9話》表の顔

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1時間目は自習。姫宮はクラスメイトに絡まれるほどの気力がわかなくて、寝たフリをした。

夢と現実の狭間で、ぼんやりと、数年前の記憶を思い出していた。
確か中学生の頃、今の家に引っ越す前の思い出だ。





「───ごめん!母さんの買い物に付き合わされて、それで遅くなっちゃって····」


今日のように嘘をついた、中学の頃の自分。
本当は、クラスメイトに誘われたゲームに夢中になり、時間を忘れていたのだ。

5時の鐘がなる頃、ふと思い出して寄ってみると、そこにはしゃがみ込んでいる少年がいた。
少年は姫宮を見つけると、嬉しそうにこちらに駆け寄ってくる。

もたついた服の間から、ごぼうのように細い脚が覗いていた。
顔は、よく思い出せない。名前も、もう思い出すことは出来ない。

が、その時の彼が寂しかったのは、今でもよく覚えている。


───ずっと心配してた。



何故か毎日同じ服を着て、生傷の絶えない幼い少年だった。
姫宮の手を握りほっとしたように笑う頬は、極端な痩せのせいでコケていた。

いつでも自分を慕い付いてくる少年に、あの頃は子分ができたようで嬉しかっのだ。


───ここでずっと待ってたら、また会えるでしょ?


団地のすぐ近くの公園。
自分よりも1、2年しか歳は変わらないはずなのに、いくつも年下に見えるほど体が小さかった。

今、彼はどうしているだろうか。
考えたってわかるはずのない疑問だ。
記憶の中の少年は、チャイムを合図に煩くなる生徒たちの声によって、掻き消された。

























「庵野くんって、ほんとに勉強出来るんだね、ありがとう~」

「めっちゃ分かりやすかった~♡」


甲高い女子生徒達の声は、1人の机を取り囲んで群れを作っていた。


「俺でよければいつでも聞いて」


定番の返答をした庵野は、ちらと時計に視線を流す。
約束の時間が、着実に迫ってきている。
逸る気持ちは、彼と出会って初めて知ったものだった。


「庵野くん、お礼になにか奢るから放課後遊びに行こうよ」


キャーキャーと盛り上がっている女子生徒等。
お前らに興味はない。庵野は愛想笑いを作った。


「今日は用事あるんだ」


彼女たちは一段と騒がしくなった。
「え~、残念」

「用事って、彼女?あ、でも彼女いないって言ってたよね?」

「いても諦めたくなぁ~い♡」

「家の用事とか?何かあったの?」


これ以上話しかけられるのが億劫だった。
庵野は適当に返して、耳にイヤホンを装着する。
そうすると女子たちは、残念そうにしながら席を場を離れていった。

雑音が消えると、瞼の裏に姫宮が浮かんできた。
首筋の体温、なめらかな触り心地。思い出す度、感情は幾度となく昂った。

耳の裏をなぞった時の反応は予想外だった。
繊細で敏感な人なんだ。
他の下等とは違う、綺麗な人だ。

理性を崩されそうになって、ため息をつく。
不意に、がしりと肩を掴まれた。


「庵野、聞いたぜ」


無神経な奴には、イヤホン遮断は無意味なようだ。
女子が離れてから間もなくしてやってきたのは、3人の男子生徒だった。庵野は脳内で舌打ちを落としつつイヤーピースを外した。


「お前、更衣月斗真とやり合って圧勝したんだってな!」


更衣月。持ち出された名前には、勿論聞き覚えがあった。
この学校の厄介者でありながら、姫宮が特に世話を焼いてる生徒だ。


「やり合ったって···ただのバスケのゲームだろ」

「かっけぇ~」


庵野の言葉に顔を見合せながら、彼らの反応は楽しげだ。


「俺、あいつ嫌いなんだよなー。庵野が痛い目みしてやった時、超爽快だったよ」

「素行悪い癖に成績トップだし、この学校バスケ部強豪校だもんな···教師も見て見ぬふりって感じだったからな」

「ちょ、声小さくしろよ。聞かれたら何されるかわかんねえ」


口をつぐんで周りを見回した生徒達は、でも、と、再び調子よく話し出す。


「庵野まじすげえよ。俺らの代わりにあいつに恥かかせてくれてサンキューな」


彼らは口々に話し出す。
庵野は更衣月が嫌いだった。
姫宮を『そういう目』で見ている男だ。





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