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第一章

《第6話》あんたが悪い

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「お前さてはYDKだな?やれば出来る子ってやつ」


あ、もうこの言葉古いかも?とかって言いながら、姫宮はジャージの上着を脱ぐ。
滅多なことがない限りYES or No以外の返答をしない後輩は、いつもとは違っていた。


「今日は遅刻して来ればよかったと思いました」


低い声が、ゆっくりと言う。
空気の流れが遅くなるような口調だ。
姫宮は手を止めた。


「なんでだよ」


辛うじて聞く。
ユニフォームの上を脱ぎ、ワイシャツのボタンを締めながら、更衣月の声は同じ調子だった。


「来なきゃ良かったってことっす」

「は?」


部活の練習を舐め腐った物言いだ。
姫宮は更衣月を睨みつけた。
人相の悪い目は、虚ろにこちらを捉えている。
これは何を言ってもダメな時だ。

そう思わせてしまったなら、自分にも責任がある。
姫宮はため息をついて、説教モードを解除した。

部活での出来事を振り返る。
思い当たる節を挙げるとしたら、庵野との1on1のときくらいだ。

更衣月は今まで同学年に負けたことがないから、ショックだったのかもしれない。
姫宮は今日の庵野の歓迎会について、一瞬切り出すのを躊躇った。

が、招待しない訳には行かない。
今日来なければよかったと思った理由がそれなら、尚更だ。
思えば、更衣月と庵野は紹介しあった時から雰囲気が悪かった。

今はあまり良くない関係も、知り合えば変わるかもしれない。


「更衣月、このあと時間ある?」

「え?」


更衣月はなぜかあどけない顔をみせた。


「別に、ありますけど」


その表情に一瞬驚きつつ、続きを言う。


「今日庵野の歓迎会があんだけど」


一緒に行こう、そう続けるうち、彼の表情から先程のあどけなさが抜けていく。


「···あいつのこと気に入ったんすか」

「·····?」


掠れた声は聞き取りずらい。
姫宮は更衣月の顔を覗き込んだ。


「何もないっす。あと俺、今日用事あるんで」



先程とは真逆のことを言って顔を背ける。彼はさっさと荷物を持つと、部室を後にしようとした。


「更衣月、待てよ!」


この後輩は、いつも何か言いたげにこちらを見る癖に、何も伝えてくれない。
今言いかけた言葉がなんだったのか聞かなければいけない気がして、姫宮は更衣月の腕を掴んだ。
振り返った更衣月に腕を引っ張られたのは、一瞬の出来事だった。


「!」


引き寄せられた先に、首筋があった。
大きな体にすっぽりと体がおさまる。
次の瞬間、唇を奪われた。
触れていた時間は、1秒もなかっただろうか。




「·····っやめろ!」




パシン、と、軽快な音が部室に響いた。
更衣月は横を向いて俯いたまま、長めの前髪のせいで、表情は読み取れない。

手のひらに熱が広がる。
姫宮はハッとした。


「·····更衣月·····」


悪いと、小さく呟く。
思わず殴り付けてしまった。

頬が赤らんでいる気がする。
そっと手を伸ばす。

指先が触れそうになった時、暗闇から鋭い眼が覗いた。
獲物を狙う、まるで肉食獣のような───。

思わず怯んだ手首を捕まえられ、力強くロッカーへ押さえつけられる。


「アンタが悪いんすよ」


こちらを覗き込んでくる彼の言葉を、頭の中で反芻する。


「··············は····、?」


更衣月にキスされた。

素行も悪いし、無愛想で手のかかる後輩だが、可愛げもあるし、やる時はやる奴。
そう、信じている。

言葉を失った姫宮の両手を拘束した彼の手に、力が篭もる。
更衣月は震えていた。


「···アンタのせいで、俺がどんだけ苦しんでるかも、知らないで」

「いっ···」


手首の骨が軋む。
やめろ。そう拒絶しようとした口は、再び熱い弾力に塞がれた。
もう片方の手が胸ぐらを掴む。ボタンが二つほど弾け飛んだ。


「おい、きさら········───ん·····っ!」



荒々しくシャツをずり下ろされ、冷たい手がむき出しの肌に触れる。
喉奥まで舌が伸びてくる。

息の仕方がわからない。
苦しい。
姫宮は更衣月の肩口にしがみつき、必死に酸素を取り込んだ。


「んっ····!····んぅ、····」


逃げようと藻掻くも、拘束はビクともしない。
意図せず熱い吐息が漏れた。
ロッカーに頭を固定されて、彼の舌が舌を絡めとる。
開かれた足の間を、更衣月の膝が撫でた。
瞳に涙の膜が張る。


「ふ、ぅ·····っン·····」


ねっとりと絡みつく舌は熱くて、擦れる度、ゾワゾワと神経が逆立つようだ。
唇が離れてゆく。
姫宮は荒い呼吸を繰り返した。
変な薬を飲んだみたいに、頭がクラクラしていた。


更衣月は恍惚とした表情でこちらを見つめていた。
姫宮の目尻には、たっぷりと涙が溜まっている。

とても甘そうだ。
舐めとると、彼はどうしようもなさそうに瞼を伏せた。


「な、んで···」


火照った唇が、蛍光灯の明かりでてらてらと光っている。
偉そうで、面倒見のいい、可愛い先輩。
そんな彼が、自分によって淫らな表情を見せるのは、たまらなく耽美だった。

今彼は、誰でもない自分が独占している。
────俺のものにしてしまいたい。


「姫宮さん·····」


伸ばした手は、力任せに振り払われた。
いつかの日、とろけるほど優しく微笑みかけてきた瞳は、零れた宝石を隠すように片手で覆われる。


「やめてくれ···」


聞いたこともないような震え声が、冷たい空気に響いた。










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