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第一章

《第5話》歓迎会

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ゴールの近くにいた部員が、鋭く笛を鳴らす。
転校してきたばかりでありながら大きな注目を集める庵野と、二年の実力者、更衣月。

アリーナにいた全ての生徒が彼らに注目する。
その場は静寂に包まれた。
笛の音を合図に、庵野はゆっくりとバウンドをつき始めた。

手馴れた動きと手首のスナップだ。


「あ」


姫宮は一文字呟いた。
先に1点入れた方が勝ちの、省略式のゲーム。

その賞杯は果たして、庵野に上がった。
実力面では互角。
有り得ないフェイクに隙をつかれた更衣月を追い越し、庵野の投げたボールはゴールへ吸い込まれていった。

ピピーッ、と終了の笛が鳴る。
他の部員たちはざわざわと不穏な騒がしさを抱え、元の練習を再開し出す。


「姫宮先輩!」


駆け寄ってくる庵野をおもむろに見て、姫宮は後ろの更衣月を眺めた。
彼は呆然と立ちすくんでいた。
そしてこちらの視線に気づくと、転がっているボールを拾い、背中を向け他のゴール下へと遠ざかってゆく。


「きさ·····」

「姫宮先輩、どうでしたか?」


更衣月を呼び止めようと踏み出した姫宮は、庵野に引き止められた。


「庵野·····」


少し見ただけでもわかるように、庵野は相当な実力者なのだろう。
もしかしたら、有力なクラブチームに入っていてもおかしくないくらいだ。
彼を褒めて質問したいことはあったはずなのだが、何故か言葉が浮かんでこない。


「凄いな。···バスケ、いつからやってんの?」


差し障りなく話題を振る。
庵野の動きは、一瞬ピタリと止まったように見えた。


「小学生からです。10歳の、春頃···」


語尾は尻すぼみに消えてゆく。
自信に満ち溢れている彼から一瞬感じたのは、淋し気な眼差しだった。


「今から丁度7年程前でしょうか」

「へえ·····」


その後、部活動の時間は賑やかに過ぎていった。
庵野はとても友好的で、すぐに部員とうちとける事が出来た。

先程の更衣月への態度はなんだったのかと疑いたくなる程だ。
部活帰りにはすっかり3年達にも気にいられ、数人からは庵野の歓迎会をしようなんていう話題が持ち出された。

「姫宮先輩が来て下さるのなら」


そう言って姫宮を伺う庵野の背を、荒井が勢いよく叩く。


「なんだなんだ、お前も姫宮狙いかよ」


ガハハと笑う荒井に馬鹿野郎と言い返し、姫宮は誘いを了承した。


「日誌書いてから行くから、お前らで先に行ってろよ」


「でしたら、俺も一緒に残ります」


提案した庵野は、主役がいなかったら意味ないだろうと、他の部員たちに強制連行され部室を出ていった。
うるさいのが出ていくと、部屋はしんと静かになる。
姫宮は短くため息をついた。

今日はなんだか疲れた。
庵野は少し変わったヤツだが、慕ってくれているのは悪い気がしない。
部室を出る時まで惜しそうにこちらを振り返っていた端正な顔を思い出す。

思わずほくそ笑む。
サッサと書いて行ってやるか。腕まくりをした所で、ふと、アリーナの方からドリブル音が聞こえてきた。


「·····?」


全員庵野の歓迎会に行ったと思っていたが、聞き漏らした部員がいたらしい。
やがて、弾みに感覚が空く。最後のバウンドは扉の前で止まった。

誰だろうか?
不審に思った姫宮がノブに手を伸ばす。
掴んだのと同時に、反対側から扉が引かれた。

前のめりに倒れた姫宮はそのまま、何者かに抱きとめられる。


「·····姫宮さん」


頭上から、ボソリとした声が名前を呼ぶ。
更衣月だ。


「わり」


姫宮はすぐに体勢を立て直し、更衣月から離れた。


「まだいたのかよ」


後輩に抱きとめられたというのが決まり悪くて、早口に問う。
「っす」と、相変わらず素っ気ない返事が聞こえた。


「あ、そうだ」


姫宮は再び更衣月を振り返る。


「お前今日、ちゃんと来たじゃん」

「っス」


「っす」が鳴き声なのか、お前は?皮肉を言いたくなるが、せっかく褒めてるので我慢しておこう。
広い背中を軽く叩く。


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