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《256》2人だけの秘密
しおりを挟む「分かってくれたなら良いんだ」
ノワは気づいている。
彼の表の顔に隠れたもう一つの顔が、ユージーンなんか比では無いほど意地悪に笑うことを。
太陽の裏側を覗くのは、見てはいけないものを見るような背徳感だ。
時折感じる狂気も癖になってしまうくらいには好きだ。さらに言えば、彼が自分を叱って、正してくれることに安堵している。
そしてそんな心情さえ、フィアンに気づかれている気がしてならない。
大公国へ向かう話はトントン拍子で進んだ。
たった1ヶ月の滞在だと言うのに、近衛騎士のロイドとレイゲルは勿論、他にも20人あまりの使用人が同道することとなった。
「不安ですか?」
レイゲルがそっと問いかけてくる。
不安だなんてとんでもない。ノワは、いいえと呟いた。
夕方の空は、まるで紅茶に浸したようなオレンジ色だ。
数日前、あの男と会った時とは、まるで別の場所のように穏やかな庭園を歩いていた。
フィアンは、不自由がないようにと配慮してくれたのだろう。
しかし、少し過剰すぎる。
イアードが見たら、どう思うだろう。
きっと溝はさらに深まるだろう。
大公爵家の使用人には任せたくない。彼を信用出来ないと、露骨に表明していることになる。
フィアンの好意を無下にはできない。そもそも、彼の決定は絶対だ。
(嫌われたいわけじゃないのに)
ノワは溜息をついた。
隣を歩いていた影が、不意に立ち止まる。
レイゲルは、不意にノワの前へ片膝を着いた。
「お手をいただけますか」
差し出された大きな手が、こちらを確認しながら手をとる。
まるでお姫様のような扱いだ。
「俺を救ってくれたあの日から、この命は貴方様のものです」
遠征での出来事が足枷となって、彼にこんなことをさせているのだろうか。
「どこまでもお供させてください」
「たったあれだけのことを、いつまでも後ろめたく思わないでください」
大したことはしていない。
命を預けられるなんて、荷が重すぎる。
ノワは彼から手を離した。
「·····あれだけのことなんて、仰らないで下さい」
振り払うみたいになってしまったが、レイゲルは特に気にしていないようだった。
しかし、声のトーンが半音低い。
「あの出来事は、2人だけの秘密で····」
目の前に立たれると、彼は普段よりさらに背が高く見えた。
「私達を繋ぐ大切な思い出でしょう」
「誰しも、間違いはあります。それにあなたは、罪をおかさなかった。だから、もう、負い目を感じる必要はありません」
ずっと言いたかったことだ。
彼が必要以上に自分に拘るのは、罪悪感からだろう。
暫く沈黙が続いた。
「違うと言ったらどうしますか?」
「·····?」
「俺がノワ様に跪く理由が、あなたの思うような美しいものではなかったとしたら」
このセリフ、どこかで聞いたことがある。
どこだっけ。思い出せないが、確かに聞いた。
「ノワ様からの寵愛を望む一人の男だとしたら」
冗談が好きなレイゲルだ。
これも冗談だろう。そう思おうとしたノワは、彼と目が合うと、思わず立ちすくんだ。
瞬きをした目は笑っていなかった。
「なんて」
「へっ?」
レイゲルは、ぱっと前に向き直った。
「つまり好きでやってる事ですから、お側で護らせて下さい」
冗談めかしたセリフの後を、鼻歌が続く。
ノワは胸をなで下ろした。
この人は、学生の頃から度々心臓に悪い。
「ノワ様、馬車の用意がととのいました」
アーチの向こうからロイドがやってくる。
ノワは庭を後にした。
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