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《206》全て遅い
しおりを挟む「俺の意識が無くなる数分間のうちに、あなたが全て終わらせてくれれば·····ノワくんの手で、この時間を、永遠にしてくれれば、知ることもなかった」
殺してくださいと、そう言った時のデリックは、幸せそうに笑っていた。
表情とあまりにも似合わない台詞の意味に、気づくことが出来なかった。
「もう、全て遅い、もう、全て」
デリックの語尾が震える。
全て、と、彼は何度も繰り返した。
身じろぐと、腕を掴む手に力が込められた。ほんの数秒で、指の先がピリピリと麻痺し出す。
「痛·····」
「俺は知ってしまったんです」
頭上の影が濃くなる。
まるで、黒煙が湧き出るみたいに、デリックの影が大きくなってゆく。
「貴方の心が、一生俺のものにならないということを」
「雨、止みませんねえ」
ルイセの言葉と共に、雷が轟く。
昨晩から降り続ける雷雨は止む気配がない。窓の向こうは、淀んだ灰色だった。
カシャン、と、金属のこすれる音がした。
手首の鎖はベッドに繋がれている。
『決して逃がしませんよ』
デリックは、この手錠を撫でながら、呪いの言葉を囁いた。
『あなたを、俺の物にします』
「彼は、茶髪の青年を探していますよ」
ルイセが言う。窓の向こうに、閃光が走った。
「茶髪の·····?」
「ええ。ご存知ですよね?」
"茶髪の青年"なんて、国中にごまんといるだろう。しかしノワは、それが誰を指すのか、すぐに理解出来た。
「国中総動員で、草の根を分けても探す勢いです。見つかるのも時間の問題でしょう」
嫌な予感がする。
「探して·····どうするつもりなの?」
「殺すでしょうね」
ルイセはなんでもない事のように言った。
「どうして?」
嫌な予感は大抵当たる。そしてその理由も、聞かずとも知れていた。
「あれほどお気をつけ下さるよう申し上げたのですが」
ルイセは薄ら笑いをうかべている。
「もしかしたら今頃、殺されてしまったかも」
「·····!」
彼の言葉に聞く耳を持ってはいけない。
ノワは勢いよく顔を背け、再び窓の向こうを眺めた。
リダルが簡単に殺されるはずがない。
大丈夫、と、何度も自分に言い聞かせる。不安に押しつぶされそうな心情を隠すように、姿勢は、できるだけまっすぐに伸ばしていた。
「気丈に振る舞うお姿が·····とても素敵ですよ」
ルイセはぼそりと呟いた。
一際荒々しい雷が轟く。
それは、まるで天が怒り狂っている様子にも見えた。
彼がジャケットに袖を通す。
背格好が似てきたと思っていたが、こんなにもサイズピッタリだとは。
レハルトは幼い頃の主人を思い出さずにはいられなかった。
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