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《188》欺く

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国やら平和やら、自分にとってはどうだって良い。ただ、彼を、生涯自分だけのものにする。それさえ叶うなら、聖女の力などいくらでもくれてやろう。

誰にも邪魔はさせない。
その為には、まず邪魔者を抹消する必要がある。


(リダルを、殺してやる)


そうすれば、ノワの心は───。

デリックはふと息を止めた。
扉の向こうからは、物音1つしない。

そっと扉を開く。

窓から入る月明かりが、部屋の中を冷たく照らしている。

大きなベッドの中央が微かに膨らんでいる。
耳を澄ますと、安らかな寝息が聞こえていた。

ノワは眠っているようだった。


「·····ノワくん」


手を伸ばせば、触れることが出来る。


(勝手なことをしたら、だめだ)


嫌われたくない。そんな思いとは裏腹に、腕は彼に向かって伸ばされた。


(いや·····)


果たして、これ以上の我慢が必要だろうか?
彼は今、自分の支配下にいるのだ。


(無理やりにでも、俺を受け入れさせて·····)


「·····っ」


デリックは拳を握りしめた。


(俺は、何を·····)


自分にとって、彼は唯一無二の神だ。傷つけるなど、決して許されることではない。

握りしめた拳を下ろし、踵を返す。

しかし、弱い力に、腕を掴まれた。 


「·····?」


手錠を嵌められた両手が、裾を掴んでいる。


「デリック·····」


暗闇の中から、濡れた黒い瞳が、じっとこちらを見上げた。
起こしてしまった。


「こんな時間に尋ねてしまい、すみません」

「ううん」


ノワは先程までと様子が違っていた。
目が合うと、柔らかな頬が愛らしく微笑む。先程戒めたばかりの心臓は簡易に跳ねた。


「来てくれたんだ」

「え·····」


(──デリックを、騙す)


ノワは、頬がひきつらぬよう口元に力をこめた。

脱出するためには、デリックの警戒をとかなければいけない。大人しく従うふりをして、隙を作らせるのだ。

それが考えた作戦の一つだ。

手を離して視線をそむける。
大袈裟すぎても、嘘がバレてしまう。あくまで自然に、彼の好意に付け込むのだ。


「·····体調は、どうですか?」


視線の先で、デリックが拳を強く握る。
それが、まるで動揺を表しているようだった。


「大丈夫だよ。でも·····」


一度言葉を切る。
ノワは視線を斜め下にさまよわせ、1、2回、発言するのを迷うように、口を開閉した。


「どうしましたか?やはりどこか·····」


彼はたちまち心配するようにかがみこんだ。
良心が痛んだのは、ほんの一瞬。


(彼を完全に騙すんだ)


国の将来と大切な人たちの命がかかっている。
逸る心臓の鼓動に耐え、ノワは小さく呟いた。


「一人だと、心細くて」


鼓動のおかげで、語尾が震える。


「すみません、気を回せず」


果たして、彼は簡単に騙されてくれた。
長い脚がベッドの前に片膝をつく。


「すぐに侍従を用意します」


会場では残酷だった高圧的な声が、今はどこまでも優しく、こちらの鼓膜を揺らす。













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