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《172》分からない

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「あの·····」


彼は、気づいているのではないか。

この想いを知っていて、からかっているのでは?

彼はそんな人じゃない。分かっているはずなのに、まるでこちらの考えを見透かされているような錯覚に陥る。
飴と鞭で、上手く飼い慣らされているような気分になる。

まるで、思い通りに操れるように、躾られているような───。


(なのに、嬉しくて·····)


脳みそは、フィアンからの言葉を良いように受け取ってしまう。

彼に喜んで欲しい。ガッカリさせたくない、もっと、構って欲しい。

首輪を付けられた先に待っているものは、果たして褒美だろうか?


「隠さないで、言ってごらん」


フィアンが、ノワの背に手を回す。

爽やかな香りに、鼻の先がツンと痛んだ。


(この胸騒ぎは、なんなんだろう)


眩しい太陽の裏側に隠されたものが、怖い。


「フィアン様の事を·····」


漠然と、誰よりも信用していた。絶対に間違いはないと、信じて疑わなかった。


『信じろ』


血のように赤い瞳を思い出した。


『誰でもなく、お前を助けてやれる俺だけを』


寂しく冷たい夜の匂いと、白い月光。彼は、こちらを真っ直ぐに見つめていた。

あの時、フィアンの名前を紡ごうとした口は、強引に塞がれてしまった。


『どんなに待ったって、あいつは来ねえよ』


傷付けようとして口にした台詞に決まっている。
なのに、あの言葉が、妙に頭から離れない。


(なんで、またリダルを·····)


「ノワ」


フィアンに呼ばれ、思考から逸出する。


信じてもいいか、なんて、フィアン本人に聞いてしまうところだった。


「招待状は受け取ったか?」


現皇帝の即位50周年記念パーティーの招待の事だろう。


「はい·····」


他でもないフィアンからの招待だ。出席しない訳には行かない。

しかし、ノワは迷っていた。


「必ず来て欲しい」 


窓際の観葉植物が、そよ風に揺れている。


「お前に話したいことがある」


フィアンは静かに告げた。


「話したい、こと·····?」


真摯な瞳に惹き付けられる。


拒むことなど不可能だ。気が付くと、頷いていた。


「───医務室に運ばれたと聞いて、見舞いに来たんだが」


不意に、もう一人の声が加わる。

ノワは扉の方を振り返った。


「邪魔してしまったかな?」


「ジェダイト様」


碧眼が優雅に微笑む。扉によりかかったユージーンが、ノワを確かめるように一瞥した。


「具合はどう?」


彼が自分の見舞いに来るなんて、どういう風の吹き回しだろう。


「もうすっかり·····」


近づいてきたユージーンが、腕を伸ばす。

ノワの頬に触れようとした手は、フィアンに掴まれた。








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