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《117》歌声

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颯爽と去っていった背中が勇ましい。

オスカーもアレクシスも、今年の新入役員はやる気に満ち溢れている。
ノワは拳を握りしめた。

自分もこうしてはいられない。



──そう心に決めたのが、約20時間前。
その日の生徒会の集まりを終え、ノワは廊下に立ちすくんでいた。

隣に佇む人物を、恐る恐る見上げる。

久方振りに間近で見る顔は、どんな美景も褪せるほど美形だ。ビケイだけに。
気が動転している時こそ、くだらない駄洒落が思い浮かんでしまう。


(しっかりしろ、自分)


高い鼻が傾かれ、横顔に影が落ちる。
夕方の陽に揺れる瞳は、まるでサファイアを紅茶に浸しているようだ。


「あ·····ユージーン様·····」


挨拶をするべきか、それともこの場を去るべきか。

はたまた随分前から気まずい雰囲気であったことを謝罪するべきか、好きだと言ったのは嘘だったと真実を伝えるべきか?

全て今更すぎる事だ。


『ノワ、歌、うたえるか?』


生徒会室へ入るなり、凛とした声に投げかけられた問いかけ。
あの頃の自分は、愚かにもある種の期待をしてしまった。

フィアンが自分を必要としているかもしれないと。

最推しに見つめられ、ノーと答える馬鹿がどこにいるだろうか。
大きく頷いたのが、つい先程の事。


『そうか!じゃあ、お前はラージェの伴奏に合わせて歌を披露してくれ』


ノワの期待は天から地へと突き落とされた。

今年の披露パーティは、4種目の出し物に対し生徒会役員が5名。
というのも、剣練部教官のロイドはパーティ数日後に実施される剣練部合宿の視察のため、参加することが出来ないからだ。


『お前の歌声が楽しみだ』


あの時、厳しい瞳が少し甘く綻んだ。
思い出したノワは思わず鼻の下をのばし、そしてすぐ我に返る。
披露できる程の歌唱力は、持ち合わせていない。


「僕、歌が、上手ではないんです····」


否、どちらかというと限りなくヘタクソだ。
案の定、こちらを見下ろした碧眼は冷ややかだった。


「····そういう事は、引き受ける前に言ってくれ。君一人の問題ではないのだから」


最もだ。
陶器のような頬に体温は感じられない。ノワは視線を下げ、ごめんなさいと呟いた。

ノワを無言で眺めていたユージーンは、やがて廊下の先を歩き出す。


「選曲は君に任せるよ」

「えっ」

「明明後日同じ時間、楽譜を持って第二視聴覚室の前まで来るように」


彼は、演奏からノワを外す気は無いらしい。

それだけでない。重要な選曲まで任すという。


「ま·····ま、待ってください!」


ノワは慌てて彼のあとをついてゆく。
ユージーンは足を止めようとしない。

頼むから無理なことは言わないで、考え直して欲しい。
腕に手を伸ばした時、長い脚がピタリと立ち止まった。


「ぶっ」


ノワの額は、案の定広い背中に思い切りぶつかる。


「あ·····っご、ごめんなさい」


きっとこれから、謝罪をする日々が続くのだろう。

ノワは涙目になりながら鼻を押さえた。
相手がこちらを振り返る。


「·····っ?」


しなやかな人差し指が顎に添えられた。驚くまもなく、続いて、導くように上を見あげさせられる。


「謝罪は、目を見て言いなさい」


媚薬のような低音が戒める。
並大抵でない色気の流出だ。もし自分がイケメンロマンスの制作に携わっていたら、彼のステータスに「声だけで想像妊娠する恐れあり」と注意書きを添えたい。


「返事は?」









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