62 / 342
《60》棘のない薔薇
しおりを挟む探せど、リダルは見つからない。
(あんなこと、言わなければよかった!)
激しい後悔に襲われるが、時既に遅し。
これだけ探してもいない。
なぜか、寮室のどこにも名前が無い。
おまけに彼と関わりのある者どころか、面識のある人間さえいない。
リダルは本当に、学園に存在していたのか?
今度こそ笑えなかった。
一度立ちどまる。
学園にすらいない可能性もある。
ノワはリダルを探すのを諦め、行先を変更した。
向かったのは、2学年の教室。
階段を下ってくる生徒が、驚いたようにノワを眺めては通り過ぎてゆく。
険しい顔をして階段を駆け上がっているから、無理もない。しかし気にしている場合ではないのだ。
ノワは息を弾ませながら先を急いだ。
2学年のフロアも、例のニュースのせいで騒がしい。
生徒達の間をすり抜けながら、手前の教室を覗く。
新たに探している人物は見当たらない。
「すみません」
ノワは、丁度教室からでてきた生徒へ声をかけた。
「お伺いしたいことがあるのですが···」
「君は──」
相手は、ノワを見、軽く目を見開く。
「生徒会の」
笑みを浮かべた相手に面識は無いが、彼はノワを知っているらしい。
気づけば、周りの生徒達は、物珍しそうにこちらを眺めていた。
「例の一年生じゃないか?」
無名の伯爵家の息子が生徒会役員に抜擢されれば、目立つのは当たり前だ。
他にも、所以は考えられる。
キースとの噂話が、他学年にも広がっているのかもしれない。
ノワはブンブンと首を振った。
「ユージーン様に用があるのですが、」
恐ろしい上級生の名前を口にする。
「彼なら、少し前に教室を出てったよ」
今頃迎えの馬車に乗ったところじゃないか、と、相手が窓の向こうを指さす。
ノワは礼を返し、来た道を走り出した。
出来ることならば、ユージーンとは一切関わりたくない。
しかし、今助けを求められるのは、彼だけだ。
踊り場を抜け、室内履きのまま外に出る。
果たして彼は、門の前にいた。
「ジェダイト様!」
馬車に乗り込もうとしていたユージーンが振り返る。
「ノワ?」
こうしてみると、やはり息を飲むほどの美男だ。
綺麗な顔立ちに気がちってしまう。
今は、見蕩れている場合ではない。
「ジェダイト様、どうかお待ちくださ···はぁ、は···」
息も絶え絶えにユージーンを引き止める。
彼の目の前にたどり着き、ノワは深呼吸を繰り返した。
「あの、その·····はぁ·····っ」
息をするので精一杯だ。
彼は少し驚いた顔をし、続いて上品な笑みを浮かべた。
「君の方から俺に声をかけるなんて珍しいな。何か頼み事でも?」
「ぎくっ」
開口1番核心を突かれる。
ノワは視線を泳がせた。
「本当に、素直な所が好印象だよ」
ユージーンが、2週間前と同じことを言う。
まるで、全て見透かされているみたいだ。
「·····はい、お願いがありまして·····」
ノワは止むを得ず白状した。
弱みを握られている立場で頼み事をするなんて、とんだ愚か者。そう思われているに違いない。
「立ち話もなんだし、場所を変えようか」
ノワは、笑みをひきつらせながら首を横に振った。
「ジェダイト様の貴重なお時間を頂くほどでは···すぐに終わらせますので!」
2人きりの密室は避けた方が良い。何をされるかわかったものでは無い。
こんな状況でなければ彼の誘いはご褒美でしかないのだが──運命とは意地悪なものだ。
「どうか、1週間後の剣大会に、僕を連れて行っていただけないでしょうか?」
単刀直入に言い、深く頭を下げる。
公爵家は、毎年傍観席の最前列に席を用意されている。
その距離からなら、万が一リダルが妙な動きを見せた際、阻止することが出来る。
「構わないよ」
ユージーンの返答は至極あっさりとしたものだった。
「良いんですか?」
気まずさを忘れ、相手をまじまじと見つめる。
「ありがとうございます!」
「ああ、また問題を起こされても困るからね」
ユージーンは吐息のような笑みを零した。
漂う色気に酔ってしまいそうだ。
ノワは首を傾げた。
「問題···?」
「君は賢く、美しい。けれどそれだけだ」
いわば、毒も、棘も持たぬ可憐な花。
その身に甘い蜜がある事を知られれば、身を守るすべを知らぬ花は、たちまち手折られてしまうだろう。
「公爵家の権力があれば、君の能力を存分に発揮することが出来る」
112
お気に入りに追加
5,000
あなたにおすすめの小説
悪役令息の従者に転職しました
*
BL
暗殺者なのに無様な失敗で死にそうになった俺をたすけてくれたのは、BLゲームで、どのルートでも殺されて悲惨な最期を迎える悪役令息でした。
依頼人には死んだことにして、悪役令息の従者に転職しました。
哀しい目に遭った皆と一緒にしあわせになるために、あるじと一緒にがんばるよ!
【完】悪女と呼ばれた悪役令息〜身代わりの花嫁〜
咲
BL
公爵家の長女、アイリス
国で一番と言われる第一王子の妻で、周りからは“悪女”と呼ばれている
それが「私」……いや、
それが今の「僕」
僕は10年前の事故で行方不明になった姉の代わりに、愛する人の元へ嫁ぐ
前世にプレイしていた乙女ゲームの世界のバグになった僕は、僕の2回目の人生を狂わせた実父である公爵へと復讐を決意する
復讐を遂げるまではなんとか男である事を隠して生き延び、そして、僕の死刑の時には公爵を道連れにする
そう思った矢先に、夫の弟である第二王子に正体がバレてしまい……⁉︎
切なく甘い新感覚転生BL!
下記の内容を含みます
・差別表現
・嘔吐
・座薬
・R-18❇︎
130話少し前のエリーサイド小説も投稿しています。(百合)
《イラスト》黒咲留時(@kurosaki_writer)
※流血表現、死ネタを含みます
※誤字脱字は教えて頂けると嬉しいです
※感想なども頂けると跳んで喜びます!
※恋愛描写は少なめですが、終盤に詰め込む予定です
※若干の百合要素を含みます
親友だと思ってた完璧幼馴染に執着されて監禁される平凡男子俺
toki
BL
エリート執着美形×平凡リーマン(幼馴染)
※監禁、無理矢理の要素があります。また、軽度ですが性的描写があります。
pixivでも同タイトルで投稿しています。
https://www.pixiv.net/users/3179376
もしよろしければ感想などいただけましたら大変励みになります✿
感想(匿名)➡ https://odaibako.net/u/toki_doki_
Twitter➡ https://twitter.com/toki_doki109
素敵な表紙お借りしました!
https://www.pixiv.net/artworks/98346398
悪役側のモブになっても推しを拝みたい。【完結】
瑳来
BL
大学生でホストでオタクの如月杏樹はホストの仕事をした帰り道、自分のお客に刺されてしまう。
そして、気がついたら自分の夢中になっていたBLゲームのモブキャラになっていた!
……ま、推しを拝めるからいっか! てな感じで、ほのぼのと生きていこうと心に決めたのであった。
ウィル様のおまけにて完結致しました。
長い間お付き合い頂きありがとうございました!
侯爵令息セドリックの憂鬱な日
めちゅう
BL
第二王子の婚約者候補侯爵令息セドリック・グランツはある日王子の婚約者が決定した事を聞いてしまう。しかし先に王子からお呼びがかかったのはもう一人の候補だった。候補落ちを確信し泣き腫らした次の日は憂鬱な気分で幕を開ける———
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
初投稿で拙い文章ですが楽しんでいただけますと幸いです。
推しの完璧超人お兄様になっちゃった
紫 もくれん
BL
『君の心臓にたどりつけたら』というゲーム。体が弱くて一生の大半をベットの上で過ごした僕が命を賭けてやり込んだゲーム。
そのクラウス・フォン・シルヴェスターという推しの大好きな完璧超人兄貴に成り代わってしまった。
ずっと好きで好きでたまらなかった推し。その推しに好かれるためならなんだってできるよ。
そんなBLゲーム世界で生きる僕のお話。
攻略対象5の俺が攻略対象1の婚約者になってました
白兪
BL
前世で妹がプレイしていた乙女ゲーム「君とユニバース」に転生してしまったアース。
攻略対象者ってことはイケメンだし将来も安泰じゃん!と喜ぶが、アースは人気最下位キャラ。あんまりパッとするところがないアースだが、気がついたら王太子の婚約者になっていた…。
なんとか友達に戻ろうとする主人公と離そうとしない激甘王太子の攻防はいかに!?
ゆっくり書き進めていこうと思います。拙い文章ですが最後まで読んでいただけると嬉しいです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる