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《60》棘のない薔薇

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探せど、リダルは見つからない。


(あんなこと、言わなければよかった!)


激しい後悔に襲われるが、時既に遅し。
これだけ探してもいない。

なぜか、寮室のどこにも名前が無い。
おまけに彼と関わりのある者どころか、面識のある人間さえいない。

リダルは本当に、学園に存在していたのか?

今度こそ笑えなかった。

一度立ちどまる。

学園にすらいない可能性もある。
ノワはリダルを探すのを諦め、行先を変更した。

向かったのは、2学年の教室。
階段を下ってくる生徒が、驚いたようにノワを眺めては通り過ぎてゆく。
険しい顔をして階段を駆け上がっているから、無理もない。しかし気にしている場合ではないのだ。

ノワは息を弾ませながら先を急いだ。

2学年のフロアも、例のニュースのせいで騒がしい。
生徒達の間をすり抜けながら、手前の教室を覗く。
新たに探している人物は見当たらない。


「すみません」


ノワは、丁度教室からでてきた生徒へ声をかけた。


「お伺いしたいことがあるのですが···」


「君は──」


相手は、ノワを見、軽く目を見開く。


「生徒会の」


笑みを浮かべた相手に面識は無いが、彼はノワを知っているらしい。
気づけば、周りの生徒達は、物珍しそうにこちらを眺めていた。


「例の一年生じゃないか?」


無名の伯爵家の息子が生徒会役員に抜擢されれば、目立つのは当たり前だ。

他にも、所以は考えられる。
キースとの噂話が、他学年にも広がっているのかもしれない。

ノワはブンブンと首を振った。


「ユージーン様に用があるのですが、」


恐ろしい上級生の名前を口にする。


「彼なら、少し前に教室を出てったよ」


今頃迎えの馬車に乗ったところじゃないか、と、相手が窓の向こうを指さす。

ノワは礼を返し、来た道を走り出した。

出来ることならば、ユージーンとは一切関わりたくない。
しかし、今助けを求められるのは、彼だけだ。

踊り場を抜け、室内履きのまま外に出る。
果たして彼は、門の前にいた。


「ジェダイト様!」


馬車に乗り込もうとしていたユージーンが振り返る。


「ノワ?」


こうしてみると、やはり息を飲むほどの美男だ。

綺麗な顔立ちに気がちってしまう。
今は、見蕩れている場合ではない。


「ジェダイト様、どうかお待ちくださ···はぁ、は···」


息も絶え絶えにユージーンを引き止める。
彼の目の前にたどり着き、ノワは深呼吸を繰り返した。


「あの、その·····はぁ·····っ」


息をするので精一杯だ。 
彼は少し驚いた顔をし、続いて上品な笑みを浮かべた。


「君の方から俺に声をかけるなんて珍しいな。何か頼み事でも?」


「ぎくっ」


開口1番核心を突かれる。
ノワは視線を泳がせた。


「本当に、素直な所が好印象だよ」


ユージーンが、2週間前と同じことを言う。
まるで、全て見透かされているみたいだ。


「·····はい、お願いがありまして·····」


ノワは止むを得ず白状した。

弱みを握られている立場で頼み事をするなんて、とんだ愚か者。そう思われているに違いない。


「立ち話もなんだし、場所を変えようか」


ノワは、笑みをひきつらせながら首を横に振った。


「ジェダイト様の貴重なお時間を頂くほどでは···すぐに終わらせますので!」


2人きりの密室は避けた方が良い。何をされるかわかったものでは無い。
こんな状況でなければ彼の誘いはご褒美でしかないのだが──運命とは意地悪なものだ。


「どうか、1週間後の剣大会に、僕を連れて行っていただけないでしょうか?」


単刀直入に言い、深く頭を下げる。

公爵家は、毎年傍観席の最前列に席を用意されている。
その距離からなら、万が一リダルが妙な動きを見せた際、阻止することが出来る。


「構わないよ」


ユージーンの返答は至極あっさりとしたものだった。


「良いんですか?」


気まずさを忘れ、相手をまじまじと見つめる。


「ありがとうございます!」


「ああ、また問題を起こされても困るからね」


ユージーンは吐息のような笑みを零した。
漂う色気に酔ってしまいそうだ。

ノワは首を傾げた。


「問題···?」

「君は賢く、美しい。けれどそれだけだ」


いわば、毒も、棘も持たぬ可憐な花。

その身に甘い蜜がある事を知られれば、身を守るすべを知らぬ花は、たちまち手折られてしまうだろう。


「公爵家の権力があれば、君の能力を存分に発揮することが出来る」









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