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《25》真夜中の侵入者

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阿呆な奴"


「·····」


乙女ゲームには異質な存在。

青白い肌に、ハッとするほど深い紅の瞳。不気味で、美しい死神のような生徒。

見た目だけならイケメンロマンス人気ナンバーワンの彼と良い勝負───そこまで考えて、ノワは勢い良く首を振る。

一体、誰と誰を比べようとしたんだ。

あんなに性格の悪いクソ野郎は、フィアンの足元にも及ばない。


「お客さん、着きましたよ」


嗄れた声が告げる。

馬車は完全に停車した。 


「ありがとうございました」


公爵邸に通ずる城壁は、高さをゆうに10メートルは超えていた。

どう足掻いても侵入できない。


("ここからは"侵入できない)


ノワは知っていた。

公爵邸に並ぶ第三宮殿には、子供が通れる程の抜け穴がある。

ゲーム内では、猫を追いかけていたヒロインが、偶然抜け穴をみつける。
彼女はそこで、フィアンとの出会いイベントを果たすのだ。


宮殿の城壁に抜け穴があるものかと突っ込みたい。

が、それは乙女ゲームのご都合上、気にするだけ無駄だろう。
腰の高さほどの葉をかき分ける。記憶の通りなら、この辺りだ。


(──あった!)


抜け穴は予想より遥かに小さかった。

湿った土に服を汚しながら、匍匐前進で抜け穴を進む。初めて華奢な体型に感謝した。

肘が痛み出した頃、視界が開ける。

森の中だ。
木々の向こうに広い庭園が見えた。
ノワは葉をかき分けながら先を進む。

全身が月光に照らされた時、目の前に美しい庭が広がっていた。


「·····綺麗·····」


若かりし頃の王が寵愛した女性のために作った花園。

しかし第三宮殿は後に、憎愛の檻と呼ばれるようになった。
皇帝の子供を身ごもった妾は、この宮殿に幽閉された。
そして精神を患った妾が衰死すると、宮殿には人が寄り付かなくなった。


白いバラが夜露を纏い、青く輝いている。


(誰にも見られないなんて、勿体ないくらい綺麗だ·····)


ヒロインはここでフィアンと出会い、恋に落ちる。
この庭に佇むフィアンは、きっとうっとりするほど美しいだろう。


(だけど·····)


ノワは漠然とした違和感を感じた。


  この庭園に、彼は似合わない気がした。

哀しい庭園に、フィアンはとても眩しすぎる。


(いや、何考えてるんだろう·····)


この自分が公式を否定するなんて、言語道断だ。
ノワは公爵邸に続く塀の前で足を止めた。


「·····」


ゴクリと生唾を飲み込む。

レンガの塀は、少なくとも4メートルはありそうだ。

早くも心が挫けそうになり、首を振る。ここまで来て帰るわけには行かない。
踏み台にできるものはないかと辺りを見渡す。


「ニャア」


ふいに、欠伸のような鳴き声がした。


「猫?」


足元に、目を大きく見開いた野良猫がいた。
髭の長い黒猫だ。可愛らしい見た目に惹かれ、思わず手を伸ばす。


「シャーッ!」

「うわっ?!」


ノワは思わず叫び声をあげた。

威嚇した猫は、やがてこちらから興味をなくしたように顔を背け、暗闇の中へと消えていった。


「びっくりした·····」


ほっと息をついたのも束の間だった。


「こっちか?」

「あぁ、人の声が───」


男たちの声が近づいてくる。
叫び声を聞き付けた警備がやってきたようだ。

しかし、すくんだ足は動かない。


「聞き間違いじゃないだろうな」


男たちの声がだんだんと鮮明になってゆく。


(どうしよう!)


2度目の人生もここまでかと、諦めかけた時だった。

力強く腕を引っ張られ、視界が真っ暗になる。


「!?」


叫びかけた口元は、何者かによって塞がれた。


「!?!?」


背中に人の気配が密着する。
気づけば、両手は後ろ手に拘束されていた。
慣れた手つきだ。


「静かにしろ」


すぐ耳元で、低音が囁いた。




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