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《13》ごめんなさい

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「俺はそっちの方が好みだ」


フィアンが不敵に笑う。


「えっ」 


「また、変なこだわりが始まった」


ユージーンが肩を竦める。


「言い直してみろ」


彼はまだこちらを許すのか決めかねているようだった。


「ご、めんなさい·····」


今までに何度も口にしたことのある言葉を呟く。語尾は、ある種の感覚に戸惑い震えた。


「反省してるか?」


「は、い」


ごめんなさいと繰り返しながら、ノワは悟りの境地に達した。
推しに促される謝罪は、褒美になりうるらしい。


「決まりだな」


フィアンがパチンと指を鳴らす。彼は背もたれにかけていたジャケットを羽織り、流れるような視線で時計を見やった。


「もうこんな時間か」


先日、医務室まで運んでくれた事への礼も伝えたかったが、それは叶わなかった。

もじもじと指先を動かす。今日はもうおしまいみたいだ。
目の前にふと影が落ちた。


「期待してるぜ」


通り過ぎざま、ぽんと肩を叩かれる。


「··········」


ノワはしばらくフィアンの消えた扉を呆然と眺めていた。


「パトリック、俺たちはまだ話があるから、先に──」


遠くから誰かの声がし、ノワは現実に引き戻された。
こちらを振り返ったロイドはぎょっと目を見開いた。


「おい、パトリック」


「え?」


彼の声が硬い。
ロイドは大股で近づいてきて、こちらの目の前で立ち止まった。
かさついた指が顎に添えられる。


「えっ…え?」


精悍な顔立ちが距離を縮めてくるのだ。
ノワは慌てて声を上げた。


「だっ·····駄目です、ウォルター先輩…!」

「おい、じっとしてろ」

「ええ?!」


随分と強引だ。
ノワの胸は不覚にも跳ねた。

しかし、自分はあくまでも夢男子で、決してホモでは無いのだ。


(いやダメ、でも、いや、でも·····!) 


むしろ歓迎だという考えを振り切って、ノワはまぶたを固く閉じた。


「そっ····そんな強引に····っやっぱり、だめです!」


むにっ。
唇の少し上に、何かが触れる。


「·····そんなに嫌なら、自分で押さえろ」


ハンカチだ。ノワの鼻の下を拭ったロイドが怪訝そうに眉をひそめていた。


「それはやる」


ハンカチを受け取る。

上質な絹に血が滲んでいた。


「は、鼻血·····」


「っふ·····」


一部始終を見ていたユージーンが笑いをこらえるように息を吐く。


「あ、う·····」


顔から火が出そうだ。

ノワはおぼつかない足取りで生徒会室を後にしたのだった。


























寮棟に辿り着いた頃、ノワは深くため息をついた。

乙女ゲームの世界にしたって美形ぞろいの生徒会は目に毒だ。
鼻血の出しすぎで貧血になるかもしれない。鉄分を取らなければなんて思いながら、寮室の扉を開く。


「遅せぇよ」


「·····?」


ベッドの上にあぐらをかいて座っている人物がいた。

闇のような黒髪がこちらを振り返る。


「お前が、どうして?!」


部屋にいるはずのない人物だ。

どんなに探してもいなかった彼が、なぜここに?
相手は質問を無視してこちらをじろりと一瞥した。


「飲み物とかねぇの?気ぃ利かねー奴·····」


「飲み物·····」


威圧的な美形に気圧される。
が、ここは自室で、相手は不法侵入者だ。


「生徒会の奴らが飲む前に、俺が毒味してやるよ」


ヒラヒラと手を振る彼は、ノワが新会員になったことを知っているようだった。
どこまでも気味の悪いやつだ。


「わ、分かった。ちょっとまってて」


本心を隠してダイニングに向かう。
あの男が偉そうにしていられるのも今のうちだ。
両手でカップを握りしめる。


「熱いから、座って飲んだ方がいいと思う」


ノワは男の前まで行き、にっこりと微笑んだ。

油断した隙をついてこの陶器でぶん殴ってやろう。残念ながら縄はないが、拘束するだけならいくらでも代わりは利く。


「·····」


ノワを見下ろし、血の気のない唇がそっと弧を描いた。















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