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《2》人生計画
しおりを挟む「よっ·····」
っしゃぁぁ!!という歓喜の叫び声は、そっと心の中にとどめる。
夢にまで見た転生。希望した形とは大分違うが、この際もうなんだっていい。
憧れのキャラクターと同じ世界に生きている。この喜びに優る脅威は無かった。
絶対に生き延びて、今世ではハッピーライフを送る。
そして叶うならば、最大の推しキャラ──フィアン様と同じ学び舎で、青春時代を過ごすのだ。
学園に入学するのは17の春だから、ノワが入学してから主人公がやってくるまで、1年の猶予がある。
その一年の間、敵対関係になる予定の攻略対象と良い関係を築き、ゲーム中のノワとは真逆の人間になって、死亡フラグを回避してみせよう。
このチャンスを、絶対に無駄にはできない。
漲るこれからの期待に、くつくつと笑いがこみ上がる。
それを聞き付け再びやってきた主治医にげんなりするのは、約30秒後のことだった。
ノワは一週間の療養期間を与えられた。
精神病まで疑われる始末だ。笑顔で伯爵家の愛息子を演じつつ、裏ではだいぶ痺れを切らしていた。
ここ1週間で分かったことは2つ。
1つ目は、ノワの両親は彼を溺愛しているということ。
この屋敷では、ノワの言うことが絶対だった。
物語のノワが我儘に育ってしまった理由もうなずる。
2つ目は、ノワの身体は他の同じ歳の子供と比べ、成長が芳しくないということ。
身体検査の結果を見てみると、平均体重や身長のみならず、「生まれつき骨が細い」という特殊事項まで記載されていた。
ゲームの中のノワは、剣術が苦手なことを生まれつきの身体のせいにし、鍛錬の授業を怠っては主人公にちょっかいをかけていた。
あるイベントでは、攻略対象と剣を交えた際、尽く笑い物にされたという話をレビューで見た事がある。
攻略対象の剣の腕前を引き立てるためのイベントに過ぎないが、本人になってしまった以上、他人事としては見過ごせない。
今のうちから、少しでも身体能力の引けを取らぬようにしなければいけない。
更に、ノワは勉強が出来なかった。そのため、グループワークをするメンバーからも煙たがられていた。
鍛錬はサボり、チームメイトの脚を引っ張る。悪い噂が耐えない(実際噂の通りだった)ノワは、学園で相当な嫌われ者だったのだ。
「お父様、折り入ってお願いがあるのですが」
療養期間という名の監禁状態から解放され、1番に向かったのは、父、アントニーの元だった。
優秀な家庭教師をつけてもらう為だ。
ノワの申し出を、アントニーは快く承諾してくれた。
「しかし、まさかノワがそんなことを申し出るとは·····」
彼は涙をこらえるように何度も瞼を瞬いた。
これは面倒くさい展開かもしれない。しまったと思った時、扉がノックされ、バトラーがやってきた。
「ご到着なされました」
助かった。
ノワは人知れず胸をなでおろした。
ところで、誰が来たのだろう?
アントニーは椅子から立ち上がると、ノワを手招きした。
「ノワ、着いてきなさい」
紹介したい相手がいるんだと付け足し、彼は先を歩き出す。
応接間の扉の向こうに立っていたのはノワと同じ歳程の少年だった。
少年はこちらを覗き見て、深々と礼をした。
「お初にお目にかかります、アレクシス・バル・ジェイムズです」
「やあ、よく来たね」
ノワは告げられた名前を脳内で反復する。
「彼は親戚の子供でね。先日、事故で両親を無くしたばかりで·····うちで引き取ることにしたんだ。ノワの一つ年下だから、これからは兄弟として仲良くやるように」
アントニーが簡単に紹介する。
真っ直ぐな白銀の髪にグレイの瞳。間違いない。
悪役令息の義弟で攻略対象の一人、アレクシス・ボース・パトリックだ。
ノワはため息をついた。
ゲーム中のノワは、なんて愚かなやつだろう。
こんなに可愛らしい天使を虐めるなんてどうかしている。
アントニーが部屋を出ていく。ノワとアレクシスは2人きりになった。
「アレクシス·····」
名前を呼ぶと、相手の瞳には怯えた色が混じった。
この頃から、彼は既に傷を負っていたのだ。
ノワはアレクシスの手を思い切り握り締めた。
「僕、ノワ!これからよろしくね」
主人公の一つ年下で、冷静沈着、悪く言えば無愛想で人間らしい温かみにかける美青年、アレクシス・ボース・パトリック。
彼は両親の悲惨な死を目の当たりにし、更にパトリック家に引き取られてから、ノワに執拗ないじめを受ける。
兄弟のようにといっても、ノワはパトリック家の愛息子。
いきなり現れた親戚の、それも親を亡くした孤児では、ノワとの扱いに天と地ほどの差があるのは当然だった。
アレクシスを虐めるノワを、周りの者は誰一人として咎めなかった。
彼は屋敷の中で孤立し心を閉ざしたまま成長してしまう。
アレクシスは勿論ノワを恨んでいた。彼のエンドルートでは、ハッピーエンドでもバッドエンドであっても、必ず彼がノワへ復讐を果たす結末が待っている。
ゲームの内容を思い出しながら甘く香ばしいクッキーを頬張るノワを、アレクシスは未だ遠慮するように覗き見ていた。
この少年、凄まじい人見知りの上に、警戒心が並ではないようだ。
「食べないの?」
子供は甘いものが好きだろ?遠慮せずべな、と、つい数日、近所の子供達に言っていたのが遠い昔のようだ。
「でも····」
アレクシスの視線が、躊躇するようにさまよう。
「クッキーとケーキどっちが好き?甘いのきらい?お腹すいてない?」
困ったような顔をするアレクシスに気づき、ノワは慌てて謝った。
そうすると今まで以上に萎縮してしまったアレクシスは、見ているこちらが可哀想なくらいだ。
まさかこの出来事が「いじめられた記憶」として起用されるなんてことはないだろうか。
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