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-後宮事変-
拾
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砂利の敷かれた道を歩き、蘭姫宮の奥の室内庭園を目指す。温室と呼ばれるその部屋は、一定の温度に保たれ、常に彩り豊かな花に囲まれている。レイハクがほとんどの時間を過ごし、皇帝との逢瀬もこの部屋を利用する。
いわば、レイハクの第二の私室ともいえる。
リシャナは時折この部屋で、レイハクの話し相手や、暇を持て余し目立たない花壇の一角を借りて、少し薬草を作らせてもらっていた。
足音が響くように設計された道は、レイハクや皇帝が、通る時のみに板が敷かれる。当然リシャナは、その砂利道をザクザクと踏みしめ音を鳴らして、温室の前へたどり着く。
そうして、扉を叩こうと手をあげれば、音も立てずに静かに扉が開き、手が空を叩いた。
「っうわ……びっくりした」
「やぁ、おはよう。思ったよりも到着が早かったね?まだ朝の支度をしてる頃だと思ったけど」
わかってるなら、もう少し時間を遅くしろよと言いかけるのをぐっとこらえて、開いた扉、その奥に座る男を睨む。
扉を開けたのは、見上げるほどの大男。そういえばこの男は、いつもカジャクの側にいるなと、今日もそこにいる男をよく観察する。名前は知らないし、直接会話をした事はない。カジャクが一方的に話しかけているのを見てるだけで、この男自身が口を開いた事もとんと見だ事がない。
体の割に神経質そうなその顔は、眉間にシワがよっている。不機嫌というよりは、もうそれが当たり前になっているのだろう。
気をつけないと、自分も眉間に皺の癖がつきそうだと、思わず自分の眉間を揉む。
「気にしなくても、君は可愛い顔してるよ」
「けっ……そりゃどーも。あ……ありがとうございます」
「いや」
にこにこと、額を気にするリシャナに声をかけてくるカジャクへ、毛虫でも見つけたような顔で返答すれば、扉を開けたまま静かに待つ男に、慌てて頭を下げて中に入る。
男は耳触りの良い、低くく落ち着いた短い声を発し、気にするなと首を振って扉を閉めた。通り抜けて座るカジャクの方へづかづかと、勇ましく歩くリシャナの後ろ姿へ視線を向けてから、小さく溜息を吐く。既に、カジャクへと意識を移していたリシャナは、背後の男の反応に気づく由もなかった。
「で、当然わたしを呼んだってことは、約束のものが手に入ったって事でいいんですよね?」
挨拶もそこそこに、先程までの不機嫌さが鳴りを潜めて、頬を染めたリシャナは、待てないと早々に本題を切り出した。あまりの身の切り替えと、まるで恋する少女の様に目を輝かせる様子に、もう一つ二つ嫌味でも飛ばされると見ていたカジャクは、口を薄く開けリシャナの顔を凝視する。
「はっ、こんな朝早くに言伝も無しに、突然現れたことへの文句でも言われると思いました?」
「うん、まさに今君が思ってることを聞かされたね」
す、と間抜け面を晒すカジャクに、普段の半目に戻れば、鼻で笑ってお望み通り文句を言ってやる。再びの切り替えの早さに、それはもう、楽しそうにカジャクが笑た。
宦官されどもこの後宮を管理しているならば、相当な家の出だろう。男は多分護衛として、武官から引き抜かれた哀れな選ばれしものだろう護衛だと予想する。
貴族と平民、普通なら不敬だと切り捨てられても文句は言えない発言と、態度を崩さないリシャナは、むすっとして腕を組んだ。
本来ならばまず、両拳を合わせて礼をするのが目上に対する挨拶であるが、リシャナはカジャクにする気は無かった。
堂々たる態度で、仁王立ちするリシャナに気分を悪くする所か、より機嫌をよくしたカジャクは、扉の前の男に視線を送る。
「うぁーっあぅ」
突然、カジャクの横から可愛らしい、声が響く。ギョッとしたように、そちらへ顔を向ければ、カゴが一つ置かれていた。不自然に置かれた籠、そこから小さな手が二本ゆらゆらと覗いている。
2人の会話で目を覚ましたのだろう、次第に歪みが交じり始めた声を、カジャクの元にいつの間にか戻った男が、慣れた手つきで籠をかかえてあやし始めた。
「え……それ」
「ミヒャ様だよ。準備が整ったのと少々厄介な事になったのでね、君のいるレイハク様の元にお連れした。しかし、連れ出してからもとんとんではあったが、乳母から離してからは、この通り元気になったよ」
「そう、ですか」
すぐに落ち着き出す、赤児の声に身構えていたリシャナはほっと胸を撫で、耳まで伸びかけていた手を下ろして頷く。
配属初日、改めて、レイハクと侍女との挨拶を済ませた後、すぐにリシャナがカジャクに伝えたのは、赤児の処置と必要な道具と素材。当然、薬に関しては今、必要なもののみである。結局の所、目的もなくただ高価な素材を求めても、無駄であるためであって、断じて遠慮したわけではない。
蘭姫宮に提示したのは、赤児を後宮から離す事、その上での経過観察。一度ナキナコを飲ませる事に成功して、状態は落ち着いているので、暫くは大丈夫と判断したからだ。
まずは、原因の究明として、誰がやっているかを調べなければ、また同じような状態に戻りかねない。原因を立たなければ完治させる事は誰の手でも不可能である。治してもまた、同じ事を繰り返すだけ。
飲ませたナキナコは、花、茎、根に至るまで毒として有名である。一方、実だけは、不思議と無毒である。ただし、大人でも食うのを躊躇う強烈な舌に張り付く渋みと、激痛を伴う辛味がある。それもかなり有名である。
そして、ある層の業種ーー怪異師と呼ばれる者達は、その食えない実とされるナキナコノミを欲するという噂は、怪異師を知る者達ならまた有名な話でもある。
ナキナコノミは現状を解決させる訳ではなく、症状を緩和させる為のもの。元々、リシャナは、ナキナコノミを求める噂を聞きつけ、この後宮へ興味を示させるよう、怪異への知識を持つものへの働きかけが目的だった。
特に、王宮とお近付きになりたい怪異師は、巨万といる。
しかし、現状はリシャナの力を彼らは求める。既に内にいる蘭姫宮母子を救った実績と、欲のないリシャナは、この騒ぎを言いふらす理由も無いと思われているかもしれない。
それに、女だから。
実際は欲の有無や、騒ぎの吹聴の心配ではなく、後宮の現状を説明すべくもなく、把握している事、早い判断、何より立場に縛られず、言う事ははっきりと言う少女であったから選ばれたのだが、今のリシャナに知るすべは無い。
外からの応援を見込めない以上、リシャナが思考し動くしかない。
まず、人為的なものであるという可能性がある限り、治すことは簡単だが、完治は出来ない。
ぶり返す度、乳児に何度も治療は施せないし、なによりリシャナの体力と気力が持たなかった。
自然現象がたまたま重なっていだけ、などと言う希望的空想は有り得ない為、条件も犯人も、ましてや目的すらわからない現状、明確に対象となっている、レイハクの娘を一旦外へ、連れ出させる事にした。
可能であれば、レイハクの付き人の侍女全員も、交代で赤児に付かせ、確認したかったがレイハク曰く、三人の侍女は、幼少期より共に過ごした家族らしく、疑う必要はないとの事。
その為、後からこの国で配属された、乳母一点に絞る事になった。たしかに、藤姫宮でも出てはいるが、レイハクと共に来たヒイラギ、ユイ、まだ今日は会っていない侍女ヨウカに、自身の主人である母子を危険にさらす手段を講じる理由は、ないという結論に至った。
そして、カジャクの報告で乳母が黒である事が判明した。これで、乳母から辿れば騒ぎは収束するだろうと思える。
(なんか、うまく行きすぎてちょっと気持ち悪いな)
カジャクの表情を伺えば、読めない笑みを浮かべるだけ。舌打ちしそうになりながら、深く息を吐く。
「それで、乳母は?」
「少しの間、休暇という形で別のものに担当を代えさせて、様子を見ていたんだ。そしたら、彼女の体調が急激に崩れた。それで今日急ぎ来たんだよ」
どう乳母と皇子ーーミヒャを離したかと言えば、存外と簡単なことではあった。それよりも、乳母の方が急変したとあって、早朝連絡も無しに訪れたのだと、何もわざとじゃないと改めて弁明を入れたカジャク。男に抱かれる籠へ目を向ける。その柔らかい目に真剣味が帯びた。
「乳母が?……乳母は、休暇を簡単に受け入れたんですか?」
「あぁ……多少責任感の強い者だったから、この時期にとは言ってはいたけどね。乳母に疲れも出ていては姫に良くないと言えば、大人しく従ったよ」
厄介な事が起きたと言っていたのはそれかと、リシャナが眉を寄せた。
もしかしてと確認すれば、多少の渋りは見せたものの、頷いて離れていたらしい。
もし、犯人であるなら、離れることはしないはずだ。継続的に制御し続けなければならないそれから離れるなど、考えられない。
あり得るとすれば、それに関する知識が中途半端であり、放置する危険性を知らないか。
カジャクの話によれば、乳母は体調を崩したと言う。よほど自分に自信があったのか、無知だったのか分からないが、怪異が返っている。
あの騒ぎ、倒れるレイハクに、赤児を抱えて近寄っていた女性を思い返す。同業者ではないとは思ってはいた。だから、てっきり同業者から方法を聞き、実行した人物であると思っていた。
だから、離れるのは確実に拒むだろうと、怪しい理由があればこの男ならすぐに聞きに来るだろうとともに思っていた。今のように。
カジャクから見て、最初の拒否の理由は最もだし、その後は納得して離れたところ見ると、その危険性を知らない可能性もある。或いは、教えられた際に意図的に隠されたか。
有り得ないとは思うが、忘れてしまっているか。
そこまで考えて、もう一つの可能性が浮かぶ。リシャナは、背中に嫌な汗が伝うのを感じた。絶対にあってはならない、おぞましいものだ。
「結……」
口にしてみれば、尚更ぞっとする。其れだけリシャナにとって、考えたくもない禁術だった。何より、もしそうなら誰がやったのか探るのは特と、難しくなる。
「ゆわえ……?それは」
「怪異は、当然ご存知ですよね?カジャク様が以前言われた通り、怪異病……姫たちの体調不良は怪異が原因です。乳母は姫君の怪異が返ったと考えれます」
微かに息を詰まらせたカジャクは、返ると口の中で小さく繰り返す。
後ろの男も、聞き覚えのない言葉と、リシャナの明らかに狼狽える、態度に息を飲む気配がした。
「まず、相手がまともな怪異師であるなら、今回の騒ぎに、こんな危険な橋は渡らない……と言っておきます」
「ふむ……だから、怪異師の仕業では無いと?」
眉を寄せ、表情を強張らせたリシャナは、肯定も否定もしない。
からかう色を消したカジャクが、一人の怪異師と対峙すべく、リシャナに目の前の席を促す。促されるままに、布張りの長椅子に体を沈ませたリシャナは、深く息を吐く。座り心地のいい柔らかい椅子は、リシャナの重い気分だけ、深く深く沈み込んでる気さえした。
「怪異ーーおおよそ人とは呼べぬ怪奇の存在。それは言葉を持たず、心を持たず、常にこの常世、ただそこに在る。そして、時に無情な災厄を呼び起こす……」
カジャクがポツリと呟く。目を細めたリシャナは、初めて空間をなぞるように、視線を向ける。カジャクと男は追いかける様に、そちらへ視線をつられるが、あるのは射し込む陽の光に漂う埃が、光を反射して目に映るだけだった。
リシャナの目には、彼等とは違う言葉にしづらい数多の何かが映っていた。普段は、見えない振りをしているそれへ、ほんの少しだけ意識を向ける。
「その言い伝えは、合っていますが間違ってもいます。少なくとも見えない者達からすればそうですね。父も同じ事を言っていました」
リシャナが頸を撫で、深くため息を吐く。怪異に意思がないとは思えない。しかし、それは見えない人間に話したところで意味はない。何より、そこまで語る必要ではない。
「結は、人を介し、対象者に怪異を取り付かせて、怪異に侵させる。その手法は、人と人を怪異で結ぶように見える。だから、結と呼びます。勿論、無知覚者に伝える事もありますが、あくまでそれは解決の法。施させる行為を教えることは決してしません。伝えることは、邪道としてます。そもそも怪異は、人に向けるものじゃない」
怪異師とは、その知識を持って怪異を払う者たちである。間違っても私利私欲に使うものではない。
怪異を使役するならば、怪異に取り込まれる覚悟を持て。怪異師ならば、それだけの覚悟を持って怪異に向き合う。常人の目に見えぬ、超常のモノと接する故の教え。
怪異と対峙する者が、最初に教わる事だ。
「怪異を人から、人に取り付ける……?」
「怪異病とは、名の通り、人に怪異が付いて起こってしまう奇病。結論的に言えば、人為的に起こすことは可能です。今回のは、シノメ草と呼ばれる怪異。本来生きている生き物に、つく事は無いはずなんですよ。余程濃い死臭でも纏わせて、山奥に入らない限り」
リシャナの最後の言葉に、二つの息を飲む気配がする。リシャナは特にカジャクの隣に立つ、剣だこの手を持つ男へと視線を向けた。目があった男は、たじろぐ様子もなく、リシャナの視線を受け入れる。
「付く可能性のある場所に関しては、この際置いておきましょう。今この場で……いえ、後宮で一番この怪異が、自然にまとわりつかないであろう存在は、当然その子ですね。人を、生き物を殺せば、近くで多くの生き物が、死ねば死臭がつく事はありますけど……」
「後宮で過ごす、産まれたばかりの赤児に、その怪異が自然に着くはずがない」
「えぇ、それも、芽がでるほどに」
座るカジャクやリシャナに見えるように机に戻された籠の中の赤児は、まるく柔らかい自分の頬をグニグニと触りながら親指を吸って、集まる視線のなかで心地好さそうに眠る。
リシャナの目にも今はカジャク達と同じようにしか見えない。あの時、初めて見た時は、蔓が伸び、籠を包まんばかりに生い茂っていた。芽が出ているだけなどと可愛い話でもない。十二分に育っていた。
不思議とまだ人の目に映る段階では、無かったにせよ、赤児の身体では、命を落とす寸前と言っても過言ではない。
あの日、藤姫の赤児を観る事は叶わなかったが、同じ症状であろうと言うのは想像できる。なにせ藤姫からは、死臭にも似た、不快な甘い臭いがこびり付いていた。
「特定の手順さえ踏めば、実際見えていなくても怪異を扱う事はできるんです。だから、中途半端な知識を持つ者が、それを行って姫様に付けたと予想してました。シノメ草なんて、余程手に入れようとしなければ手に入るものじゃありませんが、多少聞きかじっていれば、その特徴ゆえ有名な怪異なので。ただ、人に付ける場合、中途半端で引き剥がされたり弱ったりすると、行った本人へ返る。これは呪いに近いですね……そっちについては、私よりカジャク様や蘭姫宮の方が詳しいかと」
「成る程、力を扱うにはその分の代償が要ると」
カジャクもその黒い髪色から、東の国の血筋だろうとは予想していた。レイハクは明るい髪色だが、瞳は東の国の特徴を持つ上、その国から嫁いで来ている。東の国は呪国と呼ばれ、その名の通り呪術が特に発展した国だ。それでなくとも、呪術は手順を守らなければ、その跳ね返りが強いとよく知られている。その呪術に例えて言えば、納得したようだった。
「えぇ、そうです。制御を失えば当然繋がってる自分も、怪異に犯される危険がありますからね、近くないし、決めた範囲でなければという制約があるので……特に今は怪異がナキナコノミで、弱っていましたから」
「成る程、それであの指示か」
こくんと頭を縦に揺らす。複数人反応が出ているなら範囲型と予想した。場所と対象を決める罠は、多少の期間なら離れても問題ない。後宮の外に一時的に出ることも可能だ。しかし、別の誰かなら、彼女を連れていけば、怪異が離れてしまうと離れた分は帰ってきてしまうから困る。だから、気づいて動きがあると思っていた。
「けど、結ならその制約が外れます。自分ではなく、自分と怪異との間に別の存在を入れるんです。自分の代わりに、怪異と繋がってくれる無知の誰かを」
リシャナの言葉に、空気が重くなる。立ったままの男は、籠の中で眠る赤児を見つめ、カジャクはその柔らかい瞳に、リシャナの激昂の表情を移す。
乳母も巻き込まれただけであるとしたら、そう考えれば、握った拳と、頸に触れた手に力がこもる。
「卑怯な手ですよ。その危険性も本質も伝えずただ、危険な行為をさせる。例えば、良き事と虚偽を語れば、尚更簡単に広まるでしょうね」
「その危険を失念した可能性は……と問いたいが彼女は優秀な乳母だ。仮にそうだとしてもそんな危険は犯さない」
カジャクが酷く重い息を吐き出して、首を振る。
もし、乳母が良かれと思った行動が、赤児の命を奪う行為だっと知ったら。そう思えば、やりきれなかった。
美しい花で彩られた温室に、重い沈黙の空気が立ち込める。現時点でリシャナは後宮から連れ出せない。乳母は、外で奇病にかかったとして医者、あるいわ怪異師を呼ぶ事だろう。黙ったカジャクは、指を組み口元を隠す。肘をついて目を閉じているのは、この先の方針を考えているのだろう。
こんこんと、沈黙を破る音が響く。全員が、顔を上げて扉へと視線を向ける。足音が響くはずの砂利道で、足音もなく、扉が叩かれた事でレイハクの到来を知らせた。
「あぅーあっきゃ!」
ついで、母親の気配を感じたからだろうか、目を覚ましたミヒャが、嬉しそうな声を上げる。
「ヴァン」
「はっ」
短くカジャクが男ーヴァンに声をかければ、すぐに扉へ向かって歩き出す。リシャナを迎え入れた時もこんな感じだったんだろうかと、立ち上がって扉へ向かう姿を目で追った。そのまま、カジャクも迎えるため立ち上がるのを見て、リシャナも立ち上がる。
「あの人、ヴァンって言うんだ」
「あぁ、そういえばちゃんと紹介した事無かったね」
初めて名前を聞いた気がすると、これまでおっさんと心中では呼んでいたことを、同じく心中で謝っておいた。呟いたリシャナに、隣に並んだカジャクがぽんと手を打って、く……と喉の奥で笑った。
「彼は、ヴァン。見てわかる通り私の護衛とあとは私の雑務の手伝いかな?」
「うわぁ、苦労しそう」
嫌そうな顔をして、思ったことをそのまま口にだす。うへぇと舌をだすのを付け足して、態度でも示せば、まるでこれからは、リシャナもだと言われているような笑みが、飛んでくる。
そんな、横目で見たカジャクの顔に、身震いした。切に、思い違いであってほしい。
「なんの話をしてるのですか?」
「あらあら、内緒話?」
低音と高音の声が、同時に割って入る。どうやら、温室に入ってきたのは、レイハクだけらしい。顔を上げれば、ニコニコとしたレイハクが、朝一番とびきりご機嫌な笑顔で、並んで立つカジャクとリシャナを見比べる。
「んぎゃ!ちょっと蘭姫様!」
「ねぇー、全然わたくしの名前、呼んでくれないのよぉ~」
レイハクはリシャナへ抱きつくと、その豊満な胸を惜しげもなくリシャナへ押し付けて、少し拗ねた声を出す。
なんとか顔を動かして下から見上げれば、子供のように頬を膨らませたレイハクと、目が合った。
そりゃ一時的な契約なんだから、呼ぶわけないだろう、と心の中で突っ込む。逃れようともがけばもがくほど、レイハクは器用に、逃げられないように抱きしめてくる。
「カジャク様の事は名前を呼ぶのにね?」
「そりゃ、役職知りませんからね!偉いってのはわかりますけど!あと、国母になられる方の名前を気安く呼ぶなんてできるのは、それこそヒイラギさん達くらいですよ」
膨れっ面のレイハクが、許してるのにと拗ねながら、リシャナへ頬ずりをする。本当にこれで、国の母になるのかと、思いたくなる緩さ。
それが、レイハクのいいところなのかもしれないが、リシャナからすれば、縮められる距離感が落ち着かない。
「くくっ、随分と気に入られているね」
「笑ってないで助けろ!!」
「もー、わたくしには絶対そんな言い方してくれないのに」
無理やり押し返す訳にもいかず、必死にもがいていれば、すぐ隣から、笑いを堪える声が降りてくる。間髪入れずに無礼な口調で、苦言を申せば、狡いと言わんばかりに更にレイハクが拗ねる。カジャクとレイハクは、リシャナのこの不遜な態度が、いいらしい。特にレイハクは、リシャナが素を出すとあらかさまに、喜ぶ。
「ぶぁー!あっう……きゃーー!」
「ミヒャ!?」
一向に助けてもらえないリシャナを救ったのは、机に置かれた籠から響く、愛らしい声だった。
パッと離れたレイハクは、眉尻を下げて机へ視線を向ける。喜びと、不安の混じる声を震わせて、カジャクの方へ視線をずらした。
いつのまにか、机の方へ移動していたヴァンが、籠を抱えて、レイハクのそばに近寄る。
抱きやすく下げられた、籠の中から赤児を抱き上げると、きゃきゃと母親が分かるのだろう。嬉しそうに包みから手を伸ばして、レイハクの頬に手を伸ばしていた。
「ミヒャ姫様をお連れしました。本日よりこちらで、レイハク様に育児をお任せします。それから、乳母の事で話があります」
「乳母……彼女がどうしたのかしら?」
レイハクは、一度愛おしそうに視線を落として、伸ばされる手に頬ずりしてから、カジャクへと視線を戻す。
先ずはと、席へ促し先ほどの位置ーーリシャナは、恐れ多くもレイハクの隣に座る事になった。立とうとしたのだが、赤児を預けられ、隣に座ることを懇願されて仕舞えば、断れない。
カジャクが、先程リシャナに話したように、乳母の現状を。リシャナが、導き出した考えを話して説明する。
「まぁ……そんな事が、彼女は大丈夫かしら」
「そこは、ご心配なく。こちらで直ぐに治療出来るよう、手配します。今後、彼女を再び乳母として、配属させる事は出来ませんが。」
カジャクが、レイハクの心配に答える。
まだ、カジャクの目は、完全に乳母が白だとは、決めつけていないようだった。
続いた言葉は、自覚がなかっただろうが、どちらにせよ、世継ぎを危険に晒した事は事実なので、処罰されないだけまし、と言うところだろう。
リシャナは、危険の大きな行動に出るかなと、首をかしげる。だが、それは、リシャナなら絶対にしないと、主観でしか無いんだろう。
「そう、それは仕方ないわね。それじゃぁ、新しい乳母はどうしましょう……」
「なぜ、そう呟きながら私を見るのでしょうか?」
視線を感じて、顔を上げれば、レイハクとカジャクが、リシャナを見ていた。嫌な予感、というよりその目が物語っている。二人の視線が、まるで計ったかのように、細まる。ついでに口元も弧を描く。
蛇に睨まれた蛙とは、この事を言うのだろう。リシャナは、ひくっと口の橋を引きつらせた。
「いやっ!何考えてるんですか!!赤児の世話なんてした事無いです!!」
「あら、それならわたくしも母親になるのは初めてよ?」
「そうそう、誰にだって初めてはあるものさ。それに、これならレイハク様の希望も、叶えられそうですからね」
このやろう、と恨みを込めてカジャクを睨み付けると、くくと喉奥で笑う。レイハクは、両手を合わせて、まぁと嬉しそうにリシャナと、そのぎこちなく抱かれた手に、大人しく収まるミヒャを見比べる。
「はぁ?意味がわかりませんが」
「わたくしはね、母親として、子育ては出来る限り自分でしたいのよ。でも、手練れの乳母だと、慣れてしまってるから悩む間も無く解決してしまうでしょう?」
王の血を引く以上、解決がはやい事が、間違った事でもない。
赤児は死に易い。慣れない者が育てるよりも、専門とする者や先達者に任せる事の方が、安全性も上がる。
そもそも、貴族が自分の手で赤児の世話をする、という事自体が珍しい事でもある。
自分の子供を、自分の手で育てたい。レイハクはそういう事らしい。
「この子が陛下の血を継いでいるのは、分かっているわ。でもね、わたくしはちゃんとこの子の母親として、辛いことも嫌な事も、向き合いたいの」
可愛がるだけで、大変なところは全部他人任せなんて出来ないと、レイハクが笑うのだった。
ただ、普通の乳母では、それは許してくれないだろう。当然だ。
片目を瞑ったレイハクに、リシャナは味方のいないこの部屋で、唯一の常識人と思われるヴァンへと、助けを求めるように視線を向ける。視線が合うかと思えば、すっと横にそらされてしまった。
申し訳なさそうなその横顔は、この位の高い二人に振り回される、同族の諦めろという意思なのかもしれない。
「どうせ、仕事も貰えなかったので、良いですよ。だけど、この先何があっても、責任は負いませんよ!そんな事で、処刑されたらたまったものじゃない。あくまで、出来るのは、まだ精々薬師の真似事です」
はぁと深く息を吐き、了解です承諾する。そもそも拒否権は、無いのだから仕方ない。
ただし保険はかける。口約束ではなく、書面での契約を。
「了解した、では後でその話もしようか」
リシャナの行動に、気分を害する事も無ければ、当然だと言うようにカジャクが頷いた。
「あら、まだなにかあるのかしら?」
この話だけだと思っていたのだろう、レイハクが不思議そうに、頬に手を当てて優雅に首をかしげる。
リシャナが顔を逸らすと、カジャクがくすりと笑う。
「えぇ、もう一つ。実はリシャナから一つきになる話を受けてましてね」
そう言うカジャクが指を立てて、一度リシャナへ目配せをすると、リシャナがカジャクに頼んでいた、もう一つの結果の報告を始めた。
いわば、レイハクの第二の私室ともいえる。
リシャナは時折この部屋で、レイハクの話し相手や、暇を持て余し目立たない花壇の一角を借りて、少し薬草を作らせてもらっていた。
足音が響くように設計された道は、レイハクや皇帝が、通る時のみに板が敷かれる。当然リシャナは、その砂利道をザクザクと踏みしめ音を鳴らして、温室の前へたどり着く。
そうして、扉を叩こうと手をあげれば、音も立てずに静かに扉が開き、手が空を叩いた。
「っうわ……びっくりした」
「やぁ、おはよう。思ったよりも到着が早かったね?まだ朝の支度をしてる頃だと思ったけど」
わかってるなら、もう少し時間を遅くしろよと言いかけるのをぐっとこらえて、開いた扉、その奥に座る男を睨む。
扉を開けたのは、見上げるほどの大男。そういえばこの男は、いつもカジャクの側にいるなと、今日もそこにいる男をよく観察する。名前は知らないし、直接会話をした事はない。カジャクが一方的に話しかけているのを見てるだけで、この男自身が口を開いた事もとんと見だ事がない。
体の割に神経質そうなその顔は、眉間にシワがよっている。不機嫌というよりは、もうそれが当たり前になっているのだろう。
気をつけないと、自分も眉間に皺の癖がつきそうだと、思わず自分の眉間を揉む。
「気にしなくても、君は可愛い顔してるよ」
「けっ……そりゃどーも。あ……ありがとうございます」
「いや」
にこにこと、額を気にするリシャナに声をかけてくるカジャクへ、毛虫でも見つけたような顔で返答すれば、扉を開けたまま静かに待つ男に、慌てて頭を下げて中に入る。
男は耳触りの良い、低くく落ち着いた短い声を発し、気にするなと首を振って扉を閉めた。通り抜けて座るカジャクの方へづかづかと、勇ましく歩くリシャナの後ろ姿へ視線を向けてから、小さく溜息を吐く。既に、カジャクへと意識を移していたリシャナは、背後の男の反応に気づく由もなかった。
「で、当然わたしを呼んだってことは、約束のものが手に入ったって事でいいんですよね?」
挨拶もそこそこに、先程までの不機嫌さが鳴りを潜めて、頬を染めたリシャナは、待てないと早々に本題を切り出した。あまりの身の切り替えと、まるで恋する少女の様に目を輝かせる様子に、もう一つ二つ嫌味でも飛ばされると見ていたカジャクは、口を薄く開けリシャナの顔を凝視する。
「はっ、こんな朝早くに言伝も無しに、突然現れたことへの文句でも言われると思いました?」
「うん、まさに今君が思ってることを聞かされたね」
す、と間抜け面を晒すカジャクに、普段の半目に戻れば、鼻で笑ってお望み通り文句を言ってやる。再びの切り替えの早さに、それはもう、楽しそうにカジャクが笑た。
宦官されどもこの後宮を管理しているならば、相当な家の出だろう。男は多分護衛として、武官から引き抜かれた哀れな選ばれしものだろう護衛だと予想する。
貴族と平民、普通なら不敬だと切り捨てられても文句は言えない発言と、態度を崩さないリシャナは、むすっとして腕を組んだ。
本来ならばまず、両拳を合わせて礼をするのが目上に対する挨拶であるが、リシャナはカジャクにする気は無かった。
堂々たる態度で、仁王立ちするリシャナに気分を悪くする所か、より機嫌をよくしたカジャクは、扉の前の男に視線を送る。
「うぁーっあぅ」
突然、カジャクの横から可愛らしい、声が響く。ギョッとしたように、そちらへ顔を向ければ、カゴが一つ置かれていた。不自然に置かれた籠、そこから小さな手が二本ゆらゆらと覗いている。
2人の会話で目を覚ましたのだろう、次第に歪みが交じり始めた声を、カジャクの元にいつの間にか戻った男が、慣れた手つきで籠をかかえてあやし始めた。
「え……それ」
「ミヒャ様だよ。準備が整ったのと少々厄介な事になったのでね、君のいるレイハク様の元にお連れした。しかし、連れ出してからもとんとんではあったが、乳母から離してからは、この通り元気になったよ」
「そう、ですか」
すぐに落ち着き出す、赤児の声に身構えていたリシャナはほっと胸を撫で、耳まで伸びかけていた手を下ろして頷く。
配属初日、改めて、レイハクと侍女との挨拶を済ませた後、すぐにリシャナがカジャクに伝えたのは、赤児の処置と必要な道具と素材。当然、薬に関しては今、必要なもののみである。結局の所、目的もなくただ高価な素材を求めても、無駄であるためであって、断じて遠慮したわけではない。
蘭姫宮に提示したのは、赤児を後宮から離す事、その上での経過観察。一度ナキナコを飲ませる事に成功して、状態は落ち着いているので、暫くは大丈夫と判断したからだ。
まずは、原因の究明として、誰がやっているかを調べなければ、また同じような状態に戻りかねない。原因を立たなければ完治させる事は誰の手でも不可能である。治してもまた、同じ事を繰り返すだけ。
飲ませたナキナコは、花、茎、根に至るまで毒として有名である。一方、実だけは、不思議と無毒である。ただし、大人でも食うのを躊躇う強烈な舌に張り付く渋みと、激痛を伴う辛味がある。それもかなり有名である。
そして、ある層の業種ーー怪異師と呼ばれる者達は、その食えない実とされるナキナコノミを欲するという噂は、怪異師を知る者達ならまた有名な話でもある。
ナキナコノミは現状を解決させる訳ではなく、症状を緩和させる為のもの。元々、リシャナは、ナキナコノミを求める噂を聞きつけ、この後宮へ興味を示させるよう、怪異への知識を持つものへの働きかけが目的だった。
特に、王宮とお近付きになりたい怪異師は、巨万といる。
しかし、現状はリシャナの力を彼らは求める。既に内にいる蘭姫宮母子を救った実績と、欲のないリシャナは、この騒ぎを言いふらす理由も無いと思われているかもしれない。
それに、女だから。
実際は欲の有無や、騒ぎの吹聴の心配ではなく、後宮の現状を説明すべくもなく、把握している事、早い判断、何より立場に縛られず、言う事ははっきりと言う少女であったから選ばれたのだが、今のリシャナに知るすべは無い。
外からの応援を見込めない以上、リシャナが思考し動くしかない。
まず、人為的なものであるという可能性がある限り、治すことは簡単だが、完治は出来ない。
ぶり返す度、乳児に何度も治療は施せないし、なによりリシャナの体力と気力が持たなかった。
自然現象がたまたま重なっていだけ、などと言う希望的空想は有り得ない為、条件も犯人も、ましてや目的すらわからない現状、明確に対象となっている、レイハクの娘を一旦外へ、連れ出させる事にした。
可能であれば、レイハクの付き人の侍女全員も、交代で赤児に付かせ、確認したかったがレイハク曰く、三人の侍女は、幼少期より共に過ごした家族らしく、疑う必要はないとの事。
その為、後からこの国で配属された、乳母一点に絞る事になった。たしかに、藤姫宮でも出てはいるが、レイハクと共に来たヒイラギ、ユイ、まだ今日は会っていない侍女ヨウカに、自身の主人である母子を危険にさらす手段を講じる理由は、ないという結論に至った。
そして、カジャクの報告で乳母が黒である事が判明した。これで、乳母から辿れば騒ぎは収束するだろうと思える。
(なんか、うまく行きすぎてちょっと気持ち悪いな)
カジャクの表情を伺えば、読めない笑みを浮かべるだけ。舌打ちしそうになりながら、深く息を吐く。
「それで、乳母は?」
「少しの間、休暇という形で別のものに担当を代えさせて、様子を見ていたんだ。そしたら、彼女の体調が急激に崩れた。それで今日急ぎ来たんだよ」
どう乳母と皇子ーーミヒャを離したかと言えば、存外と簡単なことではあった。それよりも、乳母の方が急変したとあって、早朝連絡も無しに訪れたのだと、何もわざとじゃないと改めて弁明を入れたカジャク。男に抱かれる籠へ目を向ける。その柔らかい目に真剣味が帯びた。
「乳母が?……乳母は、休暇を簡単に受け入れたんですか?」
「あぁ……多少責任感の強い者だったから、この時期にとは言ってはいたけどね。乳母に疲れも出ていては姫に良くないと言えば、大人しく従ったよ」
厄介な事が起きたと言っていたのはそれかと、リシャナが眉を寄せた。
もしかしてと確認すれば、多少の渋りは見せたものの、頷いて離れていたらしい。
もし、犯人であるなら、離れることはしないはずだ。継続的に制御し続けなければならないそれから離れるなど、考えられない。
あり得るとすれば、それに関する知識が中途半端であり、放置する危険性を知らないか。
カジャクの話によれば、乳母は体調を崩したと言う。よほど自分に自信があったのか、無知だったのか分からないが、怪異が返っている。
あの騒ぎ、倒れるレイハクに、赤児を抱えて近寄っていた女性を思い返す。同業者ではないとは思ってはいた。だから、てっきり同業者から方法を聞き、実行した人物であると思っていた。
だから、離れるのは確実に拒むだろうと、怪しい理由があればこの男ならすぐに聞きに来るだろうとともに思っていた。今のように。
カジャクから見て、最初の拒否の理由は最もだし、その後は納得して離れたところ見ると、その危険性を知らない可能性もある。或いは、教えられた際に意図的に隠されたか。
有り得ないとは思うが、忘れてしまっているか。
そこまで考えて、もう一つの可能性が浮かぶ。リシャナは、背中に嫌な汗が伝うのを感じた。絶対にあってはならない、おぞましいものだ。
「結……」
口にしてみれば、尚更ぞっとする。其れだけリシャナにとって、考えたくもない禁術だった。何より、もしそうなら誰がやったのか探るのは特と、難しくなる。
「ゆわえ……?それは」
「怪異は、当然ご存知ですよね?カジャク様が以前言われた通り、怪異病……姫たちの体調不良は怪異が原因です。乳母は姫君の怪異が返ったと考えれます」
微かに息を詰まらせたカジャクは、返ると口の中で小さく繰り返す。
後ろの男も、聞き覚えのない言葉と、リシャナの明らかに狼狽える、態度に息を飲む気配がした。
「まず、相手がまともな怪異師であるなら、今回の騒ぎに、こんな危険な橋は渡らない……と言っておきます」
「ふむ……だから、怪異師の仕業では無いと?」
眉を寄せ、表情を強張らせたリシャナは、肯定も否定もしない。
からかう色を消したカジャクが、一人の怪異師と対峙すべく、リシャナに目の前の席を促す。促されるままに、布張りの長椅子に体を沈ませたリシャナは、深く息を吐く。座り心地のいい柔らかい椅子は、リシャナの重い気分だけ、深く深く沈み込んでる気さえした。
「怪異ーーおおよそ人とは呼べぬ怪奇の存在。それは言葉を持たず、心を持たず、常にこの常世、ただそこに在る。そして、時に無情な災厄を呼び起こす……」
カジャクがポツリと呟く。目を細めたリシャナは、初めて空間をなぞるように、視線を向ける。カジャクと男は追いかける様に、そちらへ視線をつられるが、あるのは射し込む陽の光に漂う埃が、光を反射して目に映るだけだった。
リシャナの目には、彼等とは違う言葉にしづらい数多の何かが映っていた。普段は、見えない振りをしているそれへ、ほんの少しだけ意識を向ける。
「その言い伝えは、合っていますが間違ってもいます。少なくとも見えない者達からすればそうですね。父も同じ事を言っていました」
リシャナが頸を撫で、深くため息を吐く。怪異に意思がないとは思えない。しかし、それは見えない人間に話したところで意味はない。何より、そこまで語る必要ではない。
「結は、人を介し、対象者に怪異を取り付かせて、怪異に侵させる。その手法は、人と人を怪異で結ぶように見える。だから、結と呼びます。勿論、無知覚者に伝える事もありますが、あくまでそれは解決の法。施させる行為を教えることは決してしません。伝えることは、邪道としてます。そもそも怪異は、人に向けるものじゃない」
怪異師とは、その知識を持って怪異を払う者たちである。間違っても私利私欲に使うものではない。
怪異を使役するならば、怪異に取り込まれる覚悟を持て。怪異師ならば、それだけの覚悟を持って怪異に向き合う。常人の目に見えぬ、超常のモノと接する故の教え。
怪異と対峙する者が、最初に教わる事だ。
「怪異を人から、人に取り付ける……?」
「怪異病とは、名の通り、人に怪異が付いて起こってしまう奇病。結論的に言えば、人為的に起こすことは可能です。今回のは、シノメ草と呼ばれる怪異。本来生きている生き物に、つく事は無いはずなんですよ。余程濃い死臭でも纏わせて、山奥に入らない限り」
リシャナの最後の言葉に、二つの息を飲む気配がする。リシャナは特にカジャクの隣に立つ、剣だこの手を持つ男へと視線を向けた。目があった男は、たじろぐ様子もなく、リシャナの視線を受け入れる。
「付く可能性のある場所に関しては、この際置いておきましょう。今この場で……いえ、後宮で一番この怪異が、自然にまとわりつかないであろう存在は、当然その子ですね。人を、生き物を殺せば、近くで多くの生き物が、死ねば死臭がつく事はありますけど……」
「後宮で過ごす、産まれたばかりの赤児に、その怪異が自然に着くはずがない」
「えぇ、それも、芽がでるほどに」
座るカジャクやリシャナに見えるように机に戻された籠の中の赤児は、まるく柔らかい自分の頬をグニグニと触りながら親指を吸って、集まる視線のなかで心地好さそうに眠る。
リシャナの目にも今はカジャク達と同じようにしか見えない。あの時、初めて見た時は、蔓が伸び、籠を包まんばかりに生い茂っていた。芽が出ているだけなどと可愛い話でもない。十二分に育っていた。
不思議とまだ人の目に映る段階では、無かったにせよ、赤児の身体では、命を落とす寸前と言っても過言ではない。
あの日、藤姫の赤児を観る事は叶わなかったが、同じ症状であろうと言うのは想像できる。なにせ藤姫からは、死臭にも似た、不快な甘い臭いがこびり付いていた。
「特定の手順さえ踏めば、実際見えていなくても怪異を扱う事はできるんです。だから、中途半端な知識を持つ者が、それを行って姫様に付けたと予想してました。シノメ草なんて、余程手に入れようとしなければ手に入るものじゃありませんが、多少聞きかじっていれば、その特徴ゆえ有名な怪異なので。ただ、人に付ける場合、中途半端で引き剥がされたり弱ったりすると、行った本人へ返る。これは呪いに近いですね……そっちについては、私よりカジャク様や蘭姫宮の方が詳しいかと」
「成る程、力を扱うにはその分の代償が要ると」
カジャクもその黒い髪色から、東の国の血筋だろうとは予想していた。レイハクは明るい髪色だが、瞳は東の国の特徴を持つ上、その国から嫁いで来ている。東の国は呪国と呼ばれ、その名の通り呪術が特に発展した国だ。それでなくとも、呪術は手順を守らなければ、その跳ね返りが強いとよく知られている。その呪術に例えて言えば、納得したようだった。
「えぇ、そうです。制御を失えば当然繋がってる自分も、怪異に犯される危険がありますからね、近くないし、決めた範囲でなければという制約があるので……特に今は怪異がナキナコノミで、弱っていましたから」
「成る程、それであの指示か」
こくんと頭を縦に揺らす。複数人反応が出ているなら範囲型と予想した。場所と対象を決める罠は、多少の期間なら離れても問題ない。後宮の外に一時的に出ることも可能だ。しかし、別の誰かなら、彼女を連れていけば、怪異が離れてしまうと離れた分は帰ってきてしまうから困る。だから、気づいて動きがあると思っていた。
「けど、結ならその制約が外れます。自分ではなく、自分と怪異との間に別の存在を入れるんです。自分の代わりに、怪異と繋がってくれる無知の誰かを」
リシャナの言葉に、空気が重くなる。立ったままの男は、籠の中で眠る赤児を見つめ、カジャクはその柔らかい瞳に、リシャナの激昂の表情を移す。
乳母も巻き込まれただけであるとしたら、そう考えれば、握った拳と、頸に触れた手に力がこもる。
「卑怯な手ですよ。その危険性も本質も伝えずただ、危険な行為をさせる。例えば、良き事と虚偽を語れば、尚更簡単に広まるでしょうね」
「その危険を失念した可能性は……と問いたいが彼女は優秀な乳母だ。仮にそうだとしてもそんな危険は犯さない」
カジャクが酷く重い息を吐き出して、首を振る。
もし、乳母が良かれと思った行動が、赤児の命を奪う行為だっと知ったら。そう思えば、やりきれなかった。
美しい花で彩られた温室に、重い沈黙の空気が立ち込める。現時点でリシャナは後宮から連れ出せない。乳母は、外で奇病にかかったとして医者、あるいわ怪異師を呼ぶ事だろう。黙ったカジャクは、指を組み口元を隠す。肘をついて目を閉じているのは、この先の方針を考えているのだろう。
こんこんと、沈黙を破る音が響く。全員が、顔を上げて扉へと視線を向ける。足音が響くはずの砂利道で、足音もなく、扉が叩かれた事でレイハクの到来を知らせた。
「あぅーあっきゃ!」
ついで、母親の気配を感じたからだろうか、目を覚ましたミヒャが、嬉しそうな声を上げる。
「ヴァン」
「はっ」
短くカジャクが男ーヴァンに声をかければ、すぐに扉へ向かって歩き出す。リシャナを迎え入れた時もこんな感じだったんだろうかと、立ち上がって扉へ向かう姿を目で追った。そのまま、カジャクも迎えるため立ち上がるのを見て、リシャナも立ち上がる。
「あの人、ヴァンって言うんだ」
「あぁ、そういえばちゃんと紹介した事無かったね」
初めて名前を聞いた気がすると、これまでおっさんと心中では呼んでいたことを、同じく心中で謝っておいた。呟いたリシャナに、隣に並んだカジャクがぽんと手を打って、く……と喉の奥で笑った。
「彼は、ヴァン。見てわかる通り私の護衛とあとは私の雑務の手伝いかな?」
「うわぁ、苦労しそう」
嫌そうな顔をして、思ったことをそのまま口にだす。うへぇと舌をだすのを付け足して、態度でも示せば、まるでこれからは、リシャナもだと言われているような笑みが、飛んでくる。
そんな、横目で見たカジャクの顔に、身震いした。切に、思い違いであってほしい。
「なんの話をしてるのですか?」
「あらあら、内緒話?」
低音と高音の声が、同時に割って入る。どうやら、温室に入ってきたのは、レイハクだけらしい。顔を上げれば、ニコニコとしたレイハクが、朝一番とびきりご機嫌な笑顔で、並んで立つカジャクとリシャナを見比べる。
「んぎゃ!ちょっと蘭姫様!」
「ねぇー、全然わたくしの名前、呼んでくれないのよぉ~」
レイハクはリシャナへ抱きつくと、その豊満な胸を惜しげもなくリシャナへ押し付けて、少し拗ねた声を出す。
なんとか顔を動かして下から見上げれば、子供のように頬を膨らませたレイハクと、目が合った。
そりゃ一時的な契約なんだから、呼ぶわけないだろう、と心の中で突っ込む。逃れようともがけばもがくほど、レイハクは器用に、逃げられないように抱きしめてくる。
「カジャク様の事は名前を呼ぶのにね?」
「そりゃ、役職知りませんからね!偉いってのはわかりますけど!あと、国母になられる方の名前を気安く呼ぶなんてできるのは、それこそヒイラギさん達くらいですよ」
膨れっ面のレイハクが、許してるのにと拗ねながら、リシャナへ頬ずりをする。本当にこれで、国の母になるのかと、思いたくなる緩さ。
それが、レイハクのいいところなのかもしれないが、リシャナからすれば、縮められる距離感が落ち着かない。
「くくっ、随分と気に入られているね」
「笑ってないで助けろ!!」
「もー、わたくしには絶対そんな言い方してくれないのに」
無理やり押し返す訳にもいかず、必死にもがいていれば、すぐ隣から、笑いを堪える声が降りてくる。間髪入れずに無礼な口調で、苦言を申せば、狡いと言わんばかりに更にレイハクが拗ねる。カジャクとレイハクは、リシャナのこの不遜な態度が、いいらしい。特にレイハクは、リシャナが素を出すとあらかさまに、喜ぶ。
「ぶぁー!あっう……きゃーー!」
「ミヒャ!?」
一向に助けてもらえないリシャナを救ったのは、机に置かれた籠から響く、愛らしい声だった。
パッと離れたレイハクは、眉尻を下げて机へ視線を向ける。喜びと、不安の混じる声を震わせて、カジャクの方へ視線をずらした。
いつのまにか、机の方へ移動していたヴァンが、籠を抱えて、レイハクのそばに近寄る。
抱きやすく下げられた、籠の中から赤児を抱き上げると、きゃきゃと母親が分かるのだろう。嬉しそうに包みから手を伸ばして、レイハクの頬に手を伸ばしていた。
「ミヒャ姫様をお連れしました。本日よりこちらで、レイハク様に育児をお任せします。それから、乳母の事で話があります」
「乳母……彼女がどうしたのかしら?」
レイハクは、一度愛おしそうに視線を落として、伸ばされる手に頬ずりしてから、カジャクへと視線を戻す。
先ずはと、席へ促し先ほどの位置ーーリシャナは、恐れ多くもレイハクの隣に座る事になった。立とうとしたのだが、赤児を預けられ、隣に座ることを懇願されて仕舞えば、断れない。
カジャクが、先程リシャナに話したように、乳母の現状を。リシャナが、導き出した考えを話して説明する。
「まぁ……そんな事が、彼女は大丈夫かしら」
「そこは、ご心配なく。こちらで直ぐに治療出来るよう、手配します。今後、彼女を再び乳母として、配属させる事は出来ませんが。」
カジャクが、レイハクの心配に答える。
まだ、カジャクの目は、完全に乳母が白だとは、決めつけていないようだった。
続いた言葉は、自覚がなかっただろうが、どちらにせよ、世継ぎを危険に晒した事は事実なので、処罰されないだけまし、と言うところだろう。
リシャナは、危険の大きな行動に出るかなと、首をかしげる。だが、それは、リシャナなら絶対にしないと、主観でしか無いんだろう。
「そう、それは仕方ないわね。それじゃぁ、新しい乳母はどうしましょう……」
「なぜ、そう呟きながら私を見るのでしょうか?」
視線を感じて、顔を上げれば、レイハクとカジャクが、リシャナを見ていた。嫌な予感、というよりその目が物語っている。二人の視線が、まるで計ったかのように、細まる。ついでに口元も弧を描く。
蛇に睨まれた蛙とは、この事を言うのだろう。リシャナは、ひくっと口の橋を引きつらせた。
「いやっ!何考えてるんですか!!赤児の世話なんてした事無いです!!」
「あら、それならわたくしも母親になるのは初めてよ?」
「そうそう、誰にだって初めてはあるものさ。それに、これならレイハク様の希望も、叶えられそうですからね」
このやろう、と恨みを込めてカジャクを睨み付けると、くくと喉奥で笑う。レイハクは、両手を合わせて、まぁと嬉しそうにリシャナと、そのぎこちなく抱かれた手に、大人しく収まるミヒャを見比べる。
「はぁ?意味がわかりませんが」
「わたくしはね、母親として、子育ては出来る限り自分でしたいのよ。でも、手練れの乳母だと、慣れてしまってるから悩む間も無く解決してしまうでしょう?」
王の血を引く以上、解決がはやい事が、間違った事でもない。
赤児は死に易い。慣れない者が育てるよりも、専門とする者や先達者に任せる事の方が、安全性も上がる。
そもそも、貴族が自分の手で赤児の世話をする、という事自体が珍しい事でもある。
自分の子供を、自分の手で育てたい。レイハクはそういう事らしい。
「この子が陛下の血を継いでいるのは、分かっているわ。でもね、わたくしはちゃんとこの子の母親として、辛いことも嫌な事も、向き合いたいの」
可愛がるだけで、大変なところは全部他人任せなんて出来ないと、レイハクが笑うのだった。
ただ、普通の乳母では、それは許してくれないだろう。当然だ。
片目を瞑ったレイハクに、リシャナは味方のいないこの部屋で、唯一の常識人と思われるヴァンへと、助けを求めるように視線を向ける。視線が合うかと思えば、すっと横にそらされてしまった。
申し訳なさそうなその横顔は、この位の高い二人に振り回される、同族の諦めろという意思なのかもしれない。
「どうせ、仕事も貰えなかったので、良いですよ。だけど、この先何があっても、責任は負いませんよ!そんな事で、処刑されたらたまったものじゃない。あくまで、出来るのは、まだ精々薬師の真似事です」
はぁと深く息を吐き、了解です承諾する。そもそも拒否権は、無いのだから仕方ない。
ただし保険はかける。口約束ではなく、書面での契約を。
「了解した、では後でその話もしようか」
リシャナの行動に、気分を害する事も無ければ、当然だと言うようにカジャクが頷いた。
「あら、まだなにかあるのかしら?」
この話だけだと思っていたのだろう、レイハクが不思議そうに、頬に手を当てて優雅に首をかしげる。
リシャナが顔を逸らすと、カジャクがくすりと笑う。
「えぇ、もう一つ。実はリシャナから一つきになる話を受けてましてね」
そう言うカジャクが指を立てて、一度リシャナへ目配せをすると、リシャナがカジャクに頼んでいた、もう一つの結果の報告を始めた。
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