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番外編3 バレンタインの日、事件は起こった。

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「zzz……」

「……コイツ、授業中だってのに堂々と寝てやがる」

 冬休みもあけて、俺と彼女のあの一日の物語も大分懐かしく感じるようになってきた今日この頃。授業の最中だというのにも関わらず、彼女、紫苑は机に突っ伏して惰眠を貪っていた。

 彼女の頬を指でツンツンしたくなるような、愛らしい寝顔を俺は和やかな気分で隣の席から眺める。

「…………」

 ……本当に可愛いなコイツ。そんな感想を抱いていた俺だが、ふと黒板の方へ視線を向けると、授業を担当するハゲの教師が恨めしそうにこちらを見ていることに気付いた。特に咎めることはしてこない。きっと裏でガツンと内申点を下げるヤツだこれは。

 ……起こしてやるべきか。そう俺が思ったのと全く同じタイミングで、授業終了のチャイムが鳴った。

「……はえ?」

 終業のチャイムで目を覚ました紫苑が間の抜けた声をあげる。

 ……可愛い、とても可愛い、そこはかとなく可愛い。だが、以前のコイツは授業中に居眠りをするようなヤツではなかったんだけどなあ。どうしてこうなったのか。

 そう思った俺は隣の席で気だるげに欠伸をする紫苑に言葉をかける。

「……なあ、お前授業中寝てただろ」

「うん?しょうだけども、どうして?」

 寝起きで呂律が回らない紫苑が答える。

「……昔は真面目に授業を聞いていたのに、最近はどうしてそうも怠惰なんだ」

「うーん。昔は将来の展望も無いし、生きてくのに必死だったから勉強頑張ってたけど、今はもう就職先も決まってるし」

「就職先!?もう内定とかもらってんのか!?」

「うん!蓮くんの所に永久就職♪」

 ……真面目に聞いた俺が馬鹿だったよ。

「……ところで、あの!蓮くん!」

 ……俺が溜め息を吐いていると、紫苑が何やら少しばかり顔を赤らめながら、満面の笑みで俺に話しかけてきた。

「どうした?」

「あ、あの!これ、バレンタインチョコレート!」

 そう言って紫苑が差し出したのは、真っ赤な包装に包まれた、ハート型の小さな箱だった。

 ……ああ、そう言えば今日は2月14日か。つまりはバレンタインデーな訳だ。

 ……通りで、朝からチョコを渡される訳だ。

「……?蓮くん、それってもしかして……」

「え、ああ、チョコレートだけど」

「……私があげたヤツじゃ無いよね?」

「そ、そうだけど」

「……誰から貰ったの?」

「い、いや、それは……」

 俺のバックからチラリと見えた、ハート型のケースにマスキングテープで手紙が結ばれた、本命としか思えないような女子力高めなキラキラしたチョコ。それ見た紫苑は怒りの形相で俺を問い詰める。

「浮気!浮気したのね!!いや、不倫よ!!犯罪よ!!もう絶対に許さない!!」

「ち、違う!!待ってくれ!これは……」

「言い訳なんて聞きたくないわ!!犯罪者!!刑務所にぶち込まれる楽しみにしておいて下さい!いいですね!」

「おい!待てって!!」

 俺の制止の言葉も聞かず、紫苑は何処かに去っていく。

 ……ヤバい、絶対に愛想つかされた。どうしよう。

 どっかに行った紫苑であったが、授業開始前には俺の隣の席に座り、今度は多分きちんと授業を聞いていた。




 ※




「……ただいま」

 ……学校が終わって家に帰るも、室内には誰も居なかった。帰宅の挨拶がもぬけの家に寂しく響く。

「……はあー」

 俺は大きな溜め息をついてソファーに腰掛ける。……きっと紫苑は昔住んでいたあの古倉庫で不貞腐れて居るのだろう。少し落ち着いたら、彼女に弁明をしに行かなくちゃな。

 ……多分紫苑は、あのチョコは俺に好意を持っている誰かが本命として渡したものだと思っているのだろう。まあ、強ち間違いでは無いのだが。

 ……テレビでは今日の夕方から夜にかけて雨が降るということを、天気予報のキャスターがモニターと棒を使って丁重に説明していた。

 ……そういえば、あの告白の日も雨が降ってたな。そして二人とももれなく風邪を引いたのだ。……もう半年近くも前か。

 ……そんな事を考えてながらにぼんやりと過ごしていると、ふと家のインターフォンが鳴った。

「紫苑か?」

 そう思った俺は素早く立ち上がり、来客を迎えるために玄関へ急ぐ。……ドアホンに写ったモニターも覗かずに。

「待ってくれ、今開ける!」

 早急にドアを開け、俺は入り口で待つ紫苑を迎え入れる。

 ……しかし、そこに立っていたのは青色髪の神秘学的少女ではなかった。

「……え?」

「ふふふ、……久しぶりね」




 ※




 ……私は泣いていた。

 一人で、泣いていた。

 私は何て恥ずかしい、甚だしい勘違いをしていたのだろう。

 ……私みたいに我が儘で、卑屈で、小汚ない貧相な体の女に構ってくれる仏の様な人間は、恐らく蓮君くらいだ。

 だけれども、対する蓮くんが選ぶ相手は何も私だけでは無いのだ。……今日、蓮くんの鞄に入っていた綺麗な形のチョコレートを見て改めて思った。

 私は料理が下手くそだ。私のチョコは形も崩れていて、味もきっと美味しくない。あの形のいい、誰かが蓮くんにプレゼントしたチョコに比べれば塵みたいな物だ。

「……これでも、頑張って作ったんだよ。私は」

 涙が流れる。涙が落ちる。分かっているんだよ、私が出来損ないだというのは。それでも頑張ったんだ。一生懸命、蓮くんに、喜んでもらおうと思って努力したんだよ……

 ……蓮くんは私のチョコを、美味しいと言って笑ってくれるだろう。だけども、私のチョコはあの綺麗なチョコには絶対に勝てない。それは目に見えている。

 私は蓮くんと古くからの付き合いだ。ずっとずっと仲良しで、このままいつまでも私だけの蓮くんで、蓮くんの為の私で居続けられると思ってたけど、幼なじみと結ばれるラブコメは、案外少ないものだ。

 ……ウェスターマーク効果だっけ?君が言ってたのは。

 つまり、私達の赤い糸は、長い間一緒に居た時間の中、きっとどこかで切れてしまったのだろう。

 ……だけど私は……

「……君を、愛してるよ」




 ※






「ふふふ、……久しぶりね」

 玄関前、やけに自信満々な表情で仁王立ちしている女。俺はその姿を見や否や悟られない態度に小さな溜め息を吐く。

「何しに来たんだよ」

「……姉ちゃん」

「何って、今日はバレンタインデーでしょ。丁度暇だったし、遊びに来たのよ」

「チョコなら今朝届いたよ。ポストに入っていたヤツだろ?」

「……私今年はチョコ送ってないわよ」

「え、マジで」

 ハート型のケースに、ハッピーバレンタインと書いた手紙が同封されてる郵便物。……てっきりこれは姉がくれたバレンタインチョコだと思っていたのだが……

「チョコレートを郵便ポストで届ける何てしないでしょ。多分シャイな子がこっそり入れていったのよ。……蓮ったら、モテモテね」

「……いや、そんなことねえよ」

「とりあえず、ハイ、バレンタインチョコ。私の本命よ♪」

「……このブラコンが」

 ……かくいう俺も実はシスコンだったらするのだが。

 それよりも、ポストに入っていたあのチョコレート。俺は姉が届けてくれたものとばかり思っていたが、どうやらそうでは無いらしい。

 ……一体誰が?謎は深まるばかりである。




 ※





 ……今朝ポストに届いた差出人不明のバレンタインチョコレート。

 俺はてっきりそのチョコレートは姉が送ってくれた物だとばかり思っていたのだが、姉いわくそうでは無いらしい。

 ……はてさて一体誰のものなのか?謎は未だに解けない。

「そういえばチョコレートに同封されてる手紙。それってもう読んだの?」

「……完全に忘れてたわ」

「ええ……」

 ……姉からの思わぬ可能性の提案に、俺は目を丸くする。

 灯台もと暗しとか、傍目八目ってヤツだな。決して俺の頭が固いわけでは無いことを、皆様肝に命じておいて欲しい。

「……とりあえず読むか」

 俺はチョコレートに同封された手紙を手に取り、読み上げる。

 ……そこに書かれていたのは……




 ※




 ……雨が、降り始めた。

 近頃は日も延びて、気温も上がってきたなあと思っていたのだが、こうやって雨風が吹くとまだまだ寒い。

 暖房も何もない、廃れた古倉庫となると尚更だ。不貞腐れて、勢いで家を出ていった事を私は僅かばかり後悔し始めていた。

「……寒いなあ」

 降り注ぐ雨は全く勢いを緩めない。それどころか勢力を増してきている。

「……今日はここで泊まろうかな」

 私は帰るタイミングを完全に失ってしまった。雨はきっと止まない。私はこのまま古倉庫で一夜を明かす事になってしまうだろう。

 ……そんな事を考えていると、雨の中を傘を刺して歩く、一人の人物の影が見えた。

「……蓮、くん?」

 私は彼の姿を見や否や、安堵感と共に一種の嫉妬心の様な感情が芽生えた。

 完全な逆恨みだという事は分かっている。分かっているのだが、それでもこの内なる思いを抑えられるほど、私は大人では無かった。

「……何しに来たの」

 私は敵意をありったけ込めた視線を彼に対して向ける。

 しかし、彼にとってはそんなものは大した事ではなくて、私の質問に飄々とした様子で答える。

「何って、お前を迎えに来たんだよ」

「……何で私なんかの為に……、あの綺麗なチョコをくれた可愛い女の子と一緒にいればいいじゃない!!」

 ……私の心がわからない。本当は蓮くんと一緒に居たいのに、見栄を張って声を張って、拒絶の言葉を投げ掛ける。天邪鬼な私の心が、自らのこころを締め付ける。

 私ではどうにもならない心の迷路。……そんな自分一人では何も出来ない私を、救ってくれるのはいつでも彼で……

「……そんなの、俺がお前を愛しているからだ」

「……ッ!」

 ……私の中に渦巻く不安を、彼は一言で消し去った。思わぬ言葉に、私は顔から火が出るほどに頬を赤く染め上げる。

 朴念仁な彼からの愛の告白。効果は抜群だった。

「……ありがとう。そして、ごめんなさい。私、貴方が貰ったあの綺麗なチョコに嫉妬して、でも絶対に勝てないから、勝つことは出来ないから、貴方に拒絶されるのが嫌で、だから私から突き放して、私のこころを守ろうとしてたの。ごめんなさい。本当にごめんなさい」

 気付けば、私の目からは再び涙が流れ始めていた。

「……お前、勘違いしているようだけど」

 蓮くんは優しく、そして呆れたように言葉を溢す。

「まずお前は鈍感で、自分を卑下しすぎてる。ちょっとだけ回りを見てみろ、お前ってモテモテだぞ、しかも滅茶苦茶。そりゃあちょっとドライで近付き難いかもしれないけど、甘え上手だし、顔も可愛いし、モテない訳が無いんだよ。俺とお前が付き合ってから、俺に脅迫状が送り付けられて来たこともある。全部破り捨てたけどな」

「……」

「……それに、このチョコの差出人がいつから女だと錯覚していた?」

「……え?」




 ※






「蓮、ちょっとその手紙読んでみてよ」

「あ、ああ」

 俺は手に取った手紙を読む。

『どうもご機嫌あそばせリア充の糞野郎。今世紀最大の天才研究者です。貴様にチョコを送ります。バレンタインチョコレートというのは何も恋人同士で渡し合うものではないというのは随分と有名な雑学です。それに貴様は知らないだろうがチョコレートにはこの前話した惚れ薬の成分である恋愛ホルモンとやらが含まれている。そのあまりに余ったチョコレートを貴様に渡します。本命っぽくラッピングすることでそれを見た紫苑ちゃんが嫉妬でぶち切れるかもしれません。くたばれ、ザコ共。ーー永易』

「……」

「……と、いう訳だ」

「……あとで覚えてやがれよ。あのホモ野郎が」

 ……と、そんな感じで、結局俺らはあのスーパーオカルトマンの手のひらの上で踊らされてただけだったという訳だ。

 ……その後、紫苑は永易はホモだという噂を学校中にばらまいた。

 疑いが解けるまで永易は大変だっただろうな。

 めでたしめでたし。










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